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過去と今 ⑺
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レドリアスがいなくなると、ようやくリズは息を吐いた。どうやら、知らない間に息を詰めていたようだ。
「……先程はすまなかったな、僕が口を挟むと余計こじれると考えた」
アスベルトの言葉にリズはハッとした。
「いいえ。でも……驚きました。レドリアス殿下はああいう方なんですね」
リズが率直な感想を口にすると、アスベルトは苦笑した。そして、人差し指を口元に立てる。
「どこで兄上の手のものが目を光らせているか分からない。兄上には優秀な部下がついているからな。目をつけられていいことは無い」
「……アスベルト殿下。レドリアス殿下の最後の言葉はどういう意味なのでしょうか」
ロビンが難しい顔で言う。
兄の言葉でリズもレドリアスが最後に意味深な言葉を残していったことを思い出した。
アスベルトは難しい顔で、口元に指を当てた。
「……兄上の考えることはしごく単純なことが多い。言葉通りの意味とも思えるが……だとしても、リズレイン嬢。あなたはしばらく彼とは会わない方がいいかもしれないな」
リズは息を詰めた。
レドリアスがどういう意味でリズを気に入ったと称したのかは分からない。
しかし、興味を持たれていることは事実なのだろう。
リズは、もし仮に──自分が王太子の妃となった時のことを考えた。恐れ多い考えだ。
だけどありえない話ではない。リズはデッセンベルデングでも屈指の名家、リーズリーの令嬢だし、彼女に婚約者はいない。
レドリアスの意向次第ではリズが妃に据えられることは十分にある。ぶるりと身震いした。
(レドリアス殿下の妃にはなりたくないわ)
あまり話したことはないが、彼の笑い方はとても嫌なものだった。ひとを馬鹿にしたような皮肉げなものだ。言葉の端々にも選民意識が染み込んでいる様子だった。リズとは気が合わないだろう。
──それから数日して。
リズは父公爵に呼び出しを受けた。
彼の書斎に呼び出されると、父公爵は難しい顔をして手元の書類に視線を落としていた。
「なにかご用事でしょうか?」
リズが尋ねると、父公爵が顔をゆっくりと顔を上げる。
眉を寄せ、口火を切りにくいのか難しそうな顔をしている。
「お父様?」
「……リズ。お前に婚約の話が来ている」
「………………は?」
リズはたっぷり間を開けてから、正直な感想を口にした。
(私に婚約の話。でもヴェートル様とのお話は断ったし……)
まさか、とリズは息を飲んだ。
レドリアスだろうか。彼は、リズを気に入ったと話していた。
でも、こんなすぐ行動するなど有り得るだろうか?もし相手がレドリアスだったなら、臣下であるリーズリー家は断るのが難しい立場だ。
断ることも可能だが、その際はリーズリー公爵、つまり父の立場が悪くなる可能性がある。
リズが硬直していると父公爵はため息を吐き、相手の名を口にした。
「相手は、アトソン伯爵家嫡男デストロイ・アトソンだ」
「………え?」
(レドリアス殿下でも、ヴェートル様でもない……?)
もしかしたらレドリアスかもしれなと思っていたリズは拍子抜けした。
(アトソン?アトソンって……ええと)
確か、アトソン伯爵家はリーズリー公爵家と縁の薄い間柄だ。そのアトソン伯爵家がなぜリズに?
(というか、デストロイ・アトソンって誰だったかしら……)
困惑するリズに、父公爵が彼女を見た。
「デストロイ・アトソンの強い希望だと聞くが……リズ、知り合いか?」
「いえ……。以前、挨拶程度なら……交わしたような、気がしますが」
明るい茶髪に自信満々で、女性の扱いにも長けたデストロイは、リズともそれなりに話が弾んだような気がする。
だけどそれは社交の範囲におさまるもので、特別親しくなったとかそういうわけではない。
なにより、リズはああした自分に自信のある男は苦手である。
リズ自身、気が強いと自負しているので互いに意志が強いと、話が盛り上がるに比例して意見もぶつかりやすいのだ。
「そうか。デストロイ・アトソンの方はどうしてもリズと話の場を設けて欲しいとのことだ。相手は伯爵家。序列でいえば格下の家柄だが──アトソンといえば、王族に縁のある家柄で、デストロイ・アトソンもまた第一王子、レドリアス殿下の筆頭補佐官を務めている。リーズリー公爵家としても無碍にできる相手ではなくてな」
レドリアスの名前にリズはぴくりと反応した。
(まさか、レドリアス殿下が手を回した?)
でも、何のために?
「むりに婚約を結ぶ必要はない。リーズリー公爵家としても積極的に縁を結びたい家柄ではないからな。だが、話し合いの場くらいは整える必要がある。……いいな?リズ」
「分かりました。お父様」
過去、デストロイから婚約の話が届いたという記憶はない。
過去、この時期すでにリズはヴェートルと婚約を結んでいた。だから他家から婚約の話が舞い込むこともなかったのだろう。
少しずつ、リズの知る過去からズレてきている。
(デストロイ・アトソン……死に戻る前もあまり関わりを持ったことがないひとだわ)
ただ、純粋にリズに興味を持っているとは考えにくい。
なぜならリズは彼とあまり話したことがないからだ。
その上、デストロイはあのレドリアスの筆頭補佐を務めているという。
(デストロイの目的は何?)
少しずつ、何かが変わってきている。
それは例えば、夜会でレドリアスに声をかけられたことだったり、デストロイから婚約を申し込まれたことだったり。
(私に好意を持って婚約を持ちかけたのでないのなら、他に理由があるはず)
レドリアスの差し金だったとして、それに何の意味がある?
(考えろ、考えるのよ……)
しかし、悩んだところで圧倒的に情報が不足している今、これといった推測は難しかった。リズは諦めて息を吐く。
少なくとも、彼と会うことが決定している今、リズはデストロイに何を聞くべきかだけ決めておいた方がいいだろう。
(これといった情報は得られないでしょうけど……悪魔について彼にも聞いてみようかしら)
あまり怪しまれてはいけないので、探る程度に留めておこう。
「……先程はすまなかったな、僕が口を挟むと余計こじれると考えた」
アスベルトの言葉にリズはハッとした。
「いいえ。でも……驚きました。レドリアス殿下はああいう方なんですね」
リズが率直な感想を口にすると、アスベルトは苦笑した。そして、人差し指を口元に立てる。
「どこで兄上の手のものが目を光らせているか分からない。兄上には優秀な部下がついているからな。目をつけられていいことは無い」
「……アスベルト殿下。レドリアス殿下の最後の言葉はどういう意味なのでしょうか」
ロビンが難しい顔で言う。
兄の言葉でリズもレドリアスが最後に意味深な言葉を残していったことを思い出した。
アスベルトは難しい顔で、口元に指を当てた。
「……兄上の考えることはしごく単純なことが多い。言葉通りの意味とも思えるが……だとしても、リズレイン嬢。あなたはしばらく彼とは会わない方がいいかもしれないな」
リズは息を詰めた。
レドリアスがどういう意味でリズを気に入ったと称したのかは分からない。
しかし、興味を持たれていることは事実なのだろう。
リズは、もし仮に──自分が王太子の妃となった時のことを考えた。恐れ多い考えだ。
だけどありえない話ではない。リズはデッセンベルデングでも屈指の名家、リーズリーの令嬢だし、彼女に婚約者はいない。
レドリアスの意向次第ではリズが妃に据えられることは十分にある。ぶるりと身震いした。
(レドリアス殿下の妃にはなりたくないわ)
あまり話したことはないが、彼の笑い方はとても嫌なものだった。ひとを馬鹿にしたような皮肉げなものだ。言葉の端々にも選民意識が染み込んでいる様子だった。リズとは気が合わないだろう。
──それから数日して。
リズは父公爵に呼び出しを受けた。
彼の書斎に呼び出されると、父公爵は難しい顔をして手元の書類に視線を落としていた。
「なにかご用事でしょうか?」
リズが尋ねると、父公爵が顔をゆっくりと顔を上げる。
眉を寄せ、口火を切りにくいのか難しそうな顔をしている。
「お父様?」
「……リズ。お前に婚約の話が来ている」
「………………は?」
リズはたっぷり間を開けてから、正直な感想を口にした。
(私に婚約の話。でもヴェートル様とのお話は断ったし……)
まさか、とリズは息を飲んだ。
レドリアスだろうか。彼は、リズを気に入ったと話していた。
でも、こんなすぐ行動するなど有り得るだろうか?もし相手がレドリアスだったなら、臣下であるリーズリー家は断るのが難しい立場だ。
断ることも可能だが、その際はリーズリー公爵、つまり父の立場が悪くなる可能性がある。
リズが硬直していると父公爵はため息を吐き、相手の名を口にした。
「相手は、アトソン伯爵家嫡男デストロイ・アトソンだ」
「………え?」
(レドリアス殿下でも、ヴェートル様でもない……?)
もしかしたらレドリアスかもしれなと思っていたリズは拍子抜けした。
(アトソン?アトソンって……ええと)
確か、アトソン伯爵家はリーズリー公爵家と縁の薄い間柄だ。そのアトソン伯爵家がなぜリズに?
(というか、デストロイ・アトソンって誰だったかしら……)
困惑するリズに、父公爵が彼女を見た。
「デストロイ・アトソンの強い希望だと聞くが……リズ、知り合いか?」
「いえ……。以前、挨拶程度なら……交わしたような、気がしますが」
明るい茶髪に自信満々で、女性の扱いにも長けたデストロイは、リズともそれなりに話が弾んだような気がする。
だけどそれは社交の範囲におさまるもので、特別親しくなったとかそういうわけではない。
なにより、リズはああした自分に自信のある男は苦手である。
リズ自身、気が強いと自負しているので互いに意志が強いと、話が盛り上がるに比例して意見もぶつかりやすいのだ。
「そうか。デストロイ・アトソンの方はどうしてもリズと話の場を設けて欲しいとのことだ。相手は伯爵家。序列でいえば格下の家柄だが──アトソンといえば、王族に縁のある家柄で、デストロイ・アトソンもまた第一王子、レドリアス殿下の筆頭補佐官を務めている。リーズリー公爵家としても無碍にできる相手ではなくてな」
レドリアスの名前にリズはぴくりと反応した。
(まさか、レドリアス殿下が手を回した?)
でも、何のために?
「むりに婚約を結ぶ必要はない。リーズリー公爵家としても積極的に縁を結びたい家柄ではないからな。だが、話し合いの場くらいは整える必要がある。……いいな?リズ」
「分かりました。お父様」
過去、デストロイから婚約の話が届いたという記憶はない。
過去、この時期すでにリズはヴェートルと婚約を結んでいた。だから他家から婚約の話が舞い込むこともなかったのだろう。
少しずつ、リズの知る過去からズレてきている。
(デストロイ・アトソン……死に戻る前もあまり関わりを持ったことがないひとだわ)
ただ、純粋にリズに興味を持っているとは考えにくい。
なぜならリズは彼とあまり話したことがないからだ。
その上、デストロイはあのレドリアスの筆頭補佐を務めているという。
(デストロイの目的は何?)
少しずつ、何かが変わってきている。
それは例えば、夜会でレドリアスに声をかけられたことだったり、デストロイから婚約を申し込まれたことだったり。
(私に好意を持って婚約を持ちかけたのでないのなら、他に理由があるはず)
レドリアスの差し金だったとして、それに何の意味がある?
(考えろ、考えるのよ……)
しかし、悩んだところで圧倒的に情報が不足している今、これといった推測は難しかった。リズは諦めて息を吐く。
少なくとも、彼と会うことが決定している今、リズはデストロイに何を聞くべきかだけ決めておいた方がいいだろう。
(これといった情報は得られないでしょうけど……悪魔について彼にも聞いてみようかしら)
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