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過去と今 ⑹
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まさかこんなところで会うとは思わなかった。リズはレドリアスとは夜会の挨拶でしか顔を合わせたことはなく、個人的な会話を交わした経験はない。
リズとロビンは静かに臣下の礼を取り、アスベルトも軽く目礼したようだった。
「随分な態度だな、アスベルト。こんな時間から参加か?」
アスベルトはほかの王族と折り合いが悪い。その生まれを考えれば仕方の無いことなのかもしれないが、レドリアスはリズたちを無視してアスベルトに声をかけた。
「ごきげんよう、兄上。なにぶん、夜会への招待状が届いたのがつい先程でしたので」
(え……)
リズは内心狼狽えた。
招待状が開始数刻前に届くなどありえないことである。
しかし、それもレドリアスを始めとした王妃の嫌がらせだと思えば納得もいく。この夜会は王妃主催なのだから尚更。
随分陰湿な手を使うものだ、とリズが思っているとレドリアスが眉を寄せ、吐き捨てるように言った。
「兄と呼ぶな。汚らわしい。異国の血を引いたお前などが我が弟など……デッセンベルデングへの冒涜だとは思わないのか?アスベルト、お前は存在自体が卑しいのだ。下劣な血を持ち、穢れた女の肚から生まれ、さらにはデッセンベルデングの王族に瑕疵をもたらした。生きていることこそが罪だとは思わないのか」
リズは目を見開いた。レドリアスの言葉はあまりに酷すぎる。
(レドリアス殿下とアスベルト殿下の不仲は聞き及んでいたけど……ここまでとは思わなかった)
生まれを否定し、生きていることすら咎められるなど。半分とはいえ血の繋がった兄の言葉とは思えない。リズはロビンと半分しか血の繋がらない兄妹だが、彼はリズに優しくしてくれる。
腹違いの兄妹だが、ロビンの母は前妻で、リズの母は後妻に当たる。
ロビンの母はロビンを産むと産褥で命を落とした。
父公爵は、ロビンの育ての母としてリズの母を妻と招き、やがてリズが生まれたのだ。
王族とは経緯が異なるとはいえ、血が半分違う、というのはリズやロビンも同じだ。
リズがいたたまれない思いでいると、ふとレドリアスの目がこちらに向いた。
「!」
「お前がリーズリーの娘だな」
「……ごきげんよう。王太子殿下。今宵はお招きいただきましてありがとうございました」
リズがロビンと共に深く頭を下げると、レドリアスは鼻を鳴らした。
「ふん、招待状を送ったのは母上だ。お前たちは、どこの馬の骨ともしれぬ下賎な血を引く母は持っていないだろう。招待するのは当然のことだ」
アスベルトへの当てつけだ。
リズの母も、ロビンの母も格式高く身分高い家の令嬢だった。
返答に迷ったリズの代わりに、ロビンが答えた。
「ありがとうございます。殿下はもうお下がりになられるのですか?」
「つまらん夜会になど用はない。煩わしいことこの上ないな。女で遊ぶにしても、面倒なものしかいない。火遊びを楽しむには不向きだろう?」
「……そうでしたか。私達も今宵は退席しようと考えていたところです。このような場で殿下とお話させていただく場をいただけましたこと、光栄に存じます。では、我々は御前を失礼させていただきます。尊き方と長くお話するにあたりまして、まだまだ我らは未熟ですので」
ロビンの言葉にレドリアスはぴくりと顔をひきつらせた。彼の言葉に忍び込まれた皮肉に気がついたのだろう。
ロビンはリズの手を引いた。
「……失礼いたします」
リズもまたドレスの裾を掴み淑女の礼をとる。
そのまま立ち去ろうとしたところで、レドリアスが彼女を呼び止めた。
「リズレイン・リーズリー」
「……はい」
何の用だ、とリズは振り返った。
リズはレドリアスと決して親しくない。
こうして呼び止められる用などないはずだった。
振り向いたリズをレドリアスは意味深に見つめたがその時。
彼が空咳を繰り返した。
「……お風邪ですか?」
ロビンが社交辞令のように尋ねる。
それに、レドリアスは忌々しそうに顔を歪めた。
「ただの喘息だ」
彼は何回か空咳を繰り返したが、やがてじっとリズを見つめた。
上から下まで、じろじろと値踏みするように見られて、リズは居心地が悪い。
不思議と、嫌悪感が駆け上がった。
思わず一歩後ずさりそうになったところで、ロビンが彼女の前に立った。視界がロビンの背で塞がれ、レドリアスの姿は見えなくなる。
「私はそこの娘に声をかけたのだが、どういうつもりだ?ロビン・リーズリー」
不機嫌そうなレドリアスの声が聞こえて、リズは焦った。レドリアスの機嫌を損ねていいことは無い。ロビンの背をおしのけようとしたところで、彼が答えた。
「リズは本日の夜会で疲れたようでして。私の妹になにかご用でしょうか」
「……ふん。リズレイン。リーズリー家の娘よ。また会おう。私はお前が気に入った」
「……!?」
その驚きはリズだけではなかったようだ。ロビンも息を飲んだ気配がしたし、アスベルトも鋭い目付きでレドリアスを見ていた。
三者三様でレドリアスを見ていると、彼は「どけ」と短く言い、わざとロビンの肩にぶつかりながら歩いていった。
リズとロビンは静かに臣下の礼を取り、アスベルトも軽く目礼したようだった。
「随分な態度だな、アスベルト。こんな時間から参加か?」
アスベルトはほかの王族と折り合いが悪い。その生まれを考えれば仕方の無いことなのかもしれないが、レドリアスはリズたちを無視してアスベルトに声をかけた。
「ごきげんよう、兄上。なにぶん、夜会への招待状が届いたのがつい先程でしたので」
(え……)
リズは内心狼狽えた。
招待状が開始数刻前に届くなどありえないことである。
しかし、それもレドリアスを始めとした王妃の嫌がらせだと思えば納得もいく。この夜会は王妃主催なのだから尚更。
随分陰湿な手を使うものだ、とリズが思っているとレドリアスが眉を寄せ、吐き捨てるように言った。
「兄と呼ぶな。汚らわしい。異国の血を引いたお前などが我が弟など……デッセンベルデングへの冒涜だとは思わないのか?アスベルト、お前は存在自体が卑しいのだ。下劣な血を持ち、穢れた女の肚から生まれ、さらにはデッセンベルデングの王族に瑕疵をもたらした。生きていることこそが罪だとは思わないのか」
リズは目を見開いた。レドリアスの言葉はあまりに酷すぎる。
(レドリアス殿下とアスベルト殿下の不仲は聞き及んでいたけど……ここまでとは思わなかった)
生まれを否定し、生きていることすら咎められるなど。半分とはいえ血の繋がった兄の言葉とは思えない。リズはロビンと半分しか血の繋がらない兄妹だが、彼はリズに優しくしてくれる。
腹違いの兄妹だが、ロビンの母は前妻で、リズの母は後妻に当たる。
ロビンの母はロビンを産むと産褥で命を落とした。
父公爵は、ロビンの育ての母としてリズの母を妻と招き、やがてリズが生まれたのだ。
王族とは経緯が異なるとはいえ、血が半分違う、というのはリズやロビンも同じだ。
リズがいたたまれない思いでいると、ふとレドリアスの目がこちらに向いた。
「!」
「お前がリーズリーの娘だな」
「……ごきげんよう。王太子殿下。今宵はお招きいただきましてありがとうございました」
リズがロビンと共に深く頭を下げると、レドリアスは鼻を鳴らした。
「ふん、招待状を送ったのは母上だ。お前たちは、どこの馬の骨ともしれぬ下賎な血を引く母は持っていないだろう。招待するのは当然のことだ」
アスベルトへの当てつけだ。
リズの母も、ロビンの母も格式高く身分高い家の令嬢だった。
返答に迷ったリズの代わりに、ロビンが答えた。
「ありがとうございます。殿下はもうお下がりになられるのですか?」
「つまらん夜会になど用はない。煩わしいことこの上ないな。女で遊ぶにしても、面倒なものしかいない。火遊びを楽しむには不向きだろう?」
「……そうでしたか。私達も今宵は退席しようと考えていたところです。このような場で殿下とお話させていただく場をいただけましたこと、光栄に存じます。では、我々は御前を失礼させていただきます。尊き方と長くお話するにあたりまして、まだまだ我らは未熟ですので」
ロビンの言葉にレドリアスはぴくりと顔をひきつらせた。彼の言葉に忍び込まれた皮肉に気がついたのだろう。
ロビンはリズの手を引いた。
「……失礼いたします」
リズもまたドレスの裾を掴み淑女の礼をとる。
そのまま立ち去ろうとしたところで、レドリアスが彼女を呼び止めた。
「リズレイン・リーズリー」
「……はい」
何の用だ、とリズは振り返った。
リズはレドリアスと決して親しくない。
こうして呼び止められる用などないはずだった。
振り向いたリズをレドリアスは意味深に見つめたがその時。
彼が空咳を繰り返した。
「……お風邪ですか?」
ロビンが社交辞令のように尋ねる。
それに、レドリアスは忌々しそうに顔を歪めた。
「ただの喘息だ」
彼は何回か空咳を繰り返したが、やがてじっとリズを見つめた。
上から下まで、じろじろと値踏みするように見られて、リズは居心地が悪い。
不思議と、嫌悪感が駆け上がった。
思わず一歩後ずさりそうになったところで、ロビンが彼女の前に立った。視界がロビンの背で塞がれ、レドリアスの姿は見えなくなる。
「私はそこの娘に声をかけたのだが、どういうつもりだ?ロビン・リーズリー」
不機嫌そうなレドリアスの声が聞こえて、リズは焦った。レドリアスの機嫌を損ねていいことは無い。ロビンの背をおしのけようとしたところで、彼が答えた。
「リズは本日の夜会で疲れたようでして。私の妹になにかご用でしょうか」
「……ふん。リズレイン。リーズリー家の娘よ。また会おう。私はお前が気に入った」
「……!?」
その驚きはリズだけではなかったようだ。ロビンも息を飲んだ気配がしたし、アスベルトも鋭い目付きでレドリアスを見ていた。
三者三様でレドリアスを見ていると、彼は「どけ」と短く言い、わざとロビンの肩にぶつかりながら歩いていった。
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