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祈りの魔法 ⑸
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「……スノードーム?」
石を指先でつまみ、持ち上げると透明に見えた水晶の中に、きらきらとした雪のような淡い白の粉雪が舞っている。青白さを感じる幻想的な水晶玉の中で浮き上がったり沈んだりを繰り返す白の粒子は、どこか神秘的で、いつまでも眺めていたくなるほど美しい。
彼女がじっと見つめていると、ヴェートルから石の説明があった。
「それは私が魔術を使って作り上げた石です。宝石ではないので、社交の場にはつけることは出来ないと思いますが、あなたのお守りになればと」
「……私、これからずっとこのネックレスを身につけるわ」
「……ですが、その石は有名な鉱山で取れた石でもなければ、一流の研磨士に磨かせたものでもありません。価値は宝石のイミテーションにも劣るかと──」
「そんなの、関係ないもの。私にとってはあなたがくれた贈り物。それ以上でもそれ以下でもないわ。それに、これはヴェートル様がその……魔術?というもので作ってくれたのでしょう?ということは、これは世界で唯一無二の、私だけのものということよね。そんなものを贈られて、私が喜ばないはずがないじゃない」
なにせ、リズはこんなにもヴェートルを慕っているのだから。
むしろ、ヴェートルはなぜそれに気が付かないのだろう。くちびるを尖らせて反論する彼女に、ヴェートルは眉を寄せてリズを見た。
まるで、眩しいものを見るような瞳だ。
「……今ここで、あなたにつけてさしあげてもよろしいですか?」
「いいの?私もそうお願いしようか迷っていたの。でもすぐにつけてもらうようねだるのは少し恥ずかしいかしらって考えていたところなのよ。ヴェートル様は私の考えが読めるの?それも魔術というもの?」
矢継ぎ早に質問を重ねるリズに、ヴェートルは困ったようにかすかな笑みを浮かべた。
そのまま彼はリズの後ろに回り込む。リズは彼がやりやすいように編み込んでいない髪を片側に寄せて、首を晒した。遠目にふたりを監視しているメイドが動く気配がしたが、人差し指を立てて少しだけ見逃してもらうようお願いした。
メイドはアンだったので、そんな無茶を言うリズに困った顔をしたが、やがてため息を吐いた。
どうやら、メイドのお許し──目こぼしを貰えるようだ。
「魔術は万能なものではありません。この力は基本、暴力的なものですから……細かいことには向いていませんよ」
彼の指先がリズの細い首筋をくすぐる。
リズはその感触に耐えながら彼に尋ねた。
「私、魔術のことは何も知らないの。だって、デッセンベルデングは魔術のことを秘匿しているでしょう?」
「そうですね。秘匿事項ですから」
「……気になるわ」
「知ってもいいことなどありませんよ」
たった二歳差なのに、リズにはとても、彼が大人びて見える。ひとは秘密にされればされるほど気になる生き物だと言うのに、ヴェートルは慣れたようにリズをあしらってしまった。
彼にとってリズは、御しやすい小娘に違いないのだろう。むっとしてくちびるを尖らせていると、しゃらりとかすかな音が聞こえ、胸元に冷たい感触が走った。
「!」
ネックレスがかけられたのだ。
リズははっとして胸元を見下ろした。
銀のチェーンに下げられた、水晶のようなネックレスは小箱の中に納まっていた時よりもずっと魅力的に見えた。
リズは笑みを浮かべてぱっと振り返った。一刻も早くお礼が言いたかったからだ。
しかし、後ろを振り向いた彼女は驚いて言葉を忘れた。
ヴェートルは、今までリズが見たことの無いほど穏やかに、そして優しい笑みを浮かべていたからだ。
黙りこくり、言葉を失ってヴェートルをじっと見つめ──いや、見入ってしまったリズに、ヴェートルが不思議そうに首を傾げた。
「リズ?」
「あ……」
名を呼ばれてハッとした彼女は、今になってようやく、頬がじわじわと熱を持ち始めた。
(え?ちょっと……ヴェートル様は今、あんな顔をした自覚はないの?)
自分がとても……とても、柔らかく優しい表情をしていたことに、彼は気がついていないのだろうか。冷たい印象が拭えない、氷のような、抜き身の刃のような雰囲気を持つ彼がそんな優しい顔をするなど……。
(ヴェートル様のこんな優しい顔を見たことがあるのは私だけ……?)
きっと、リズだけだと思った。
じわじわ顔を赤くした彼女は、少しだけ俯いて視線を下げると、胸元に下げたネックレスを握り、つぶやいた。
「ありがとう……。とても、とても大切にするわ。すごく嬉しい」
「公爵家のご令嬢が普段使いするには向いていないかもしれませんが……お守りとして、そばに置いていただけると私としても嬉しいです」
「………肌身離さず、ずっとつけるわよ」
それを言うのは気恥ずかしくて、とても小さな声になってしまったがヴェートルには聞こえたのだろう。彼はリズから視線を外し、口元を手で覆った。その目尻は赤く染っている。
リズがとんでもなく恥じ入るから、羞恥が伝播してしまったのだろうか。
彼がこんなに照れた様子を見せるのは初めてだ。
リズもまた照れを隠せずに頬を赤く染めながら彼を見上げた。
ヴェートルは口元を手で覆っていたが──ちらりとリズを見て、短く言った。
「……それは、光栄です」
「ふふっ。うん、ええ。……そうよね」
ふたりで恥ずかしそうにしながらも、リズは笑った。
とても幸せだ、と感じた──リズが死ぬ半年前の話だ。
石を指先でつまみ、持ち上げると透明に見えた水晶の中に、きらきらとした雪のような淡い白の粉雪が舞っている。青白さを感じる幻想的な水晶玉の中で浮き上がったり沈んだりを繰り返す白の粒子は、どこか神秘的で、いつまでも眺めていたくなるほど美しい。
彼女がじっと見つめていると、ヴェートルから石の説明があった。
「それは私が魔術を使って作り上げた石です。宝石ではないので、社交の場にはつけることは出来ないと思いますが、あなたのお守りになればと」
「……私、これからずっとこのネックレスを身につけるわ」
「……ですが、その石は有名な鉱山で取れた石でもなければ、一流の研磨士に磨かせたものでもありません。価値は宝石のイミテーションにも劣るかと──」
「そんなの、関係ないもの。私にとってはあなたがくれた贈り物。それ以上でもそれ以下でもないわ。それに、これはヴェートル様がその……魔術?というもので作ってくれたのでしょう?ということは、これは世界で唯一無二の、私だけのものということよね。そんなものを贈られて、私が喜ばないはずがないじゃない」
なにせ、リズはこんなにもヴェートルを慕っているのだから。
むしろ、ヴェートルはなぜそれに気が付かないのだろう。くちびるを尖らせて反論する彼女に、ヴェートルは眉を寄せてリズを見た。
まるで、眩しいものを見るような瞳だ。
「……今ここで、あなたにつけてさしあげてもよろしいですか?」
「いいの?私もそうお願いしようか迷っていたの。でもすぐにつけてもらうようねだるのは少し恥ずかしいかしらって考えていたところなのよ。ヴェートル様は私の考えが読めるの?それも魔術というもの?」
矢継ぎ早に質問を重ねるリズに、ヴェートルは困ったようにかすかな笑みを浮かべた。
そのまま彼はリズの後ろに回り込む。リズは彼がやりやすいように編み込んでいない髪を片側に寄せて、首を晒した。遠目にふたりを監視しているメイドが動く気配がしたが、人差し指を立てて少しだけ見逃してもらうようお願いした。
メイドはアンだったので、そんな無茶を言うリズに困った顔をしたが、やがてため息を吐いた。
どうやら、メイドのお許し──目こぼしを貰えるようだ。
「魔術は万能なものではありません。この力は基本、暴力的なものですから……細かいことには向いていませんよ」
彼の指先がリズの細い首筋をくすぐる。
リズはその感触に耐えながら彼に尋ねた。
「私、魔術のことは何も知らないの。だって、デッセンベルデングは魔術のことを秘匿しているでしょう?」
「そうですね。秘匿事項ですから」
「……気になるわ」
「知ってもいいことなどありませんよ」
たった二歳差なのに、リズにはとても、彼が大人びて見える。ひとは秘密にされればされるほど気になる生き物だと言うのに、ヴェートルは慣れたようにリズをあしらってしまった。
彼にとってリズは、御しやすい小娘に違いないのだろう。むっとしてくちびるを尖らせていると、しゃらりとかすかな音が聞こえ、胸元に冷たい感触が走った。
「!」
ネックレスがかけられたのだ。
リズははっとして胸元を見下ろした。
銀のチェーンに下げられた、水晶のようなネックレスは小箱の中に納まっていた時よりもずっと魅力的に見えた。
リズは笑みを浮かべてぱっと振り返った。一刻も早くお礼が言いたかったからだ。
しかし、後ろを振り向いた彼女は驚いて言葉を忘れた。
ヴェートルは、今までリズが見たことの無いほど穏やかに、そして優しい笑みを浮かべていたからだ。
黙りこくり、言葉を失ってヴェートルをじっと見つめ──いや、見入ってしまったリズに、ヴェートルが不思議そうに首を傾げた。
「リズ?」
「あ……」
名を呼ばれてハッとした彼女は、今になってようやく、頬がじわじわと熱を持ち始めた。
(え?ちょっと……ヴェートル様は今、あんな顔をした自覚はないの?)
自分がとても……とても、柔らかく優しい表情をしていたことに、彼は気がついていないのだろうか。冷たい印象が拭えない、氷のような、抜き身の刃のような雰囲気を持つ彼がそんな優しい顔をするなど……。
(ヴェートル様のこんな優しい顔を見たことがあるのは私だけ……?)
きっと、リズだけだと思った。
じわじわ顔を赤くした彼女は、少しだけ俯いて視線を下げると、胸元に下げたネックレスを握り、つぶやいた。
「ありがとう……。とても、とても大切にするわ。すごく嬉しい」
「公爵家のご令嬢が普段使いするには向いていないかもしれませんが……お守りとして、そばに置いていただけると私としても嬉しいです」
「………肌身離さず、ずっとつけるわよ」
それを言うのは気恥ずかしくて、とても小さな声になってしまったがヴェートルには聞こえたのだろう。彼はリズから視線を外し、口元を手で覆った。その目尻は赤く染っている。
リズがとんでもなく恥じ入るから、羞恥が伝播してしまったのだろうか。
彼がこんなに照れた様子を見せるのは初めてだ。
リズもまた照れを隠せずに頬を赤く染めながら彼を見上げた。
ヴェートルは口元を手で覆っていたが──ちらりとリズを見て、短く言った。
「……それは、光栄です」
「ふふっ。うん、ええ。……そうよね」
ふたりで恥ずかしそうにしながらも、リズは笑った。
とても幸せだ、と感じた──リズが死ぬ半年前の話だ。
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