上 下
15 / 75

氷を溶かす恋心 ⑵

しおりを挟む
「ご馳走様でした。こちらはいただいてもいいのですか?」

「え、ええ……。その、気に入ったなら持っていってもいいのよ?……次は、もっと美味しいのを作るわ」

「じゅうぶん美味しかったですよ。このお礼は後日、お持ちしますね」

彼は指先に付着したクッキーのかけらを舌で舐めとって答えた。
その仕草に、リズは少女ながらも色っぽいものを感じ取ってしまったのだろう。
顔を真っ赤に染めた彼女に、ヴェートルがゆっくりと首を傾げた。

「リズレイン嬢?」

「……リズでいいわ」

「………」

「いいわよね、ね!?お父様!」

突然話を振られた父公爵は、ふたりの話に参加できずにいたのだが、突然娘に振られその勢いに押されるように頷いた。

「え!?あ、そうだな……!」

父親の許可を得たのなら、ヴェートルも断る理由がない。彼はため息混じりに頷いた。

「分かりました。では、リズ、と」



***



十五歳のデビュタントは、ヴェートルにエスコートを任せることになった。
リズは彼にじゅうぶん懐いていたし、それを目にしていた父公爵も娘の思いを汲み取り、ベロルニア公爵家にエスコートを依頼することを決めた。
それに、父公爵としてもベロルニア公爵と縁続きになることは願ってもみないことだった。
リズはまだ幼かったため知らされていなかったが、ヴェートルが度々リーズリー公爵家に足を運んでいたのは、意味があったのだ。

ある日、ヴェートルが帰ったあとリズは五つ年上の兄、ロビンに呼び止められた。
リズの異母兄であるロビンは、リズとは違いその肌は褐色で、髪も黒く、金色の瞳をしている。リズとふたり並んでも彼らが兄妹だと気付くひとは少ないだろう。
リズは真っ白な肌に、真紅色の髪、そして同色の瞳である。

「お前、よくあのベロルニア公爵の息子とふつうに話すことが出来るな」

感心したように呟くロビンに、リズは眉を寄せた。

「どういうこと?」

「怖くないのか?お前には恐れというものがないのか」

(怖い?恐れ?)

難しそうに顔を渋くするリズに対し、ロビンはそんな妹こそが理解できないとばかりに眉を寄せる。

「お前、あの男がなんて呼ばれているか知っているのか?」

「冷酷公爵でしょ。聞いたことがあるわ」

「そうだ。そして、それは事実だ」

「……どういうこと?」

首を傾げると、彼女の赤い髪もさらりと首筋を流れた。ロビンはそんな妹を見て、苦虫を噛み潰したような苦々しい顔になる。

「いいか、あいつは魔術師なんだ」

「まじゅつし?」

「夜な夜な怪しい儀式に取り組んでいると聞くし、儀式に捧げる生贄をずっと探しているらしい」

「………」

リズは閉口した。
そんな迷信にもひとしい与太話を至って真剣に話す兄が馬鹿馬鹿しく見えたのである。

「よく聞け、リズ。儀式に必要なのは若い娘らしい。つまり、こういうことだ。あいつは、お前をよくわからん怪しげな儀式の生贄にするために、お前によくしているんだ」

「よくわかったわ。お兄様もしょせん、くだらない噂話に踊らされるひとということね」

「リズ!」

兄の慌てたような声を尻目に、彼女は今しがた去ったばかりの彼のことを思い出していた。

(どうしてみんな、くだらない噂を信じてしまうのかしら。少し話してみれば、彼はそんなことしない、いたって普通の性格の青年だって分かるはずなのに)

その後、ロビンはさらにどこで収集してきたのか分からない、ヴェートルについての怪しげな噂をことごとく彼女に言い聞かせたが、憎からず思っている相手のことを悪くいうような内容を、まだ幼い少女が真剣に取り合うはずもなかった。
どころか、兄の話を聞く度にリズは眉を寄せ、どんどんその顔は渋くなる。
しまいには

「お兄様、いい加減にして!ヴェートル様を悪くいうお兄様なんて嫌いよ!」

と、言われて兄は口を閉じざるを得なかったのである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたへの想いを終わりにします

四折 柊
恋愛
 シエナは王太子アドリアンの婚約者として体の弱い彼を支えてきた。だがある日彼は視察先で倒れそこで男爵令嬢に看病される。彼女の献身的な看病で医者に見放されていた病が治りアドリアンは健康を手に入れた。男爵令嬢は殿下を治癒した聖女と呼ばれ王城に招かれることになった。いつしかアドリアンは男爵令嬢に夢中になり彼女を正妃に迎えたいと言い出す。男爵令嬢では妃としての能力に問題がある。だからシエナには側室として彼女を支えてほしいと言われた。シエナは今までの献身と恋心を踏み躙られた絶望で彼らの目の前で自身の胸を短剣で刺した…………。(全13話)

報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜

矢野りと
恋愛
『少しだけ私に時間をくれないだろうか……』 彼はいつだって誠実な婚約者だった。 嘘はつかず私に自分の気持ちを打ち明け、学園にいる間だけ想い人のこともその目に映したいと告げた。 『想いを告げることはしない。ただ見ていたいんだ。どうか、許して欲しい』 『……分かりました、ロイド様』 私は彼に恋をしていた。だから、嫌われたくなくて……それを許した。 結婚後、彼は約束通りその瞳に私だけを映してくれ嬉しかった。彼は誠実な夫となり、私は幸せな妻になれた。 なのに、ある日――彼の瞳に映るのはまた二人になっていた……。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※お話の内容があわないは時はそっと閉じてくださいませ。

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

【完結】「冤罪で処刑された公爵令嬢はタイムリープする〜二度目の人生は殺(や)られる前に殺(や)ってやりますわ!」

まほりろ
恋愛
【完結しました】 アリシア・フォスターは第一王子の婚約者だった。 だが卒業パーティで第一王子とその仲間たちに冤罪をかけられ、弁解することも許されず、その場で斬り殺されてしまう。 気がつけば、アリシアは十歳の誕生日までタイムリープしていた。 「二度目の人生は|殺《や》られる前に|殺《や》ってやりますわ!」 アリシアはやり直す前の人生で、自分を殺した者たちへの復讐を誓う。 敵は第一王子のスタン、男爵令嬢のゲレ、義弟(いとこ)のルーウィー、騎士団長の息子のジェイ、宰相の息子のカスパーの五人。 アリシアは父親と信頼のおけるメイドを仲間につけ、一人づつ確実に報復していく。 前回の人生では出会うことのなかった隣国の第三皇子に好意を持たれ……。 ☆ ※ざまぁ有り(死ネタ有り) ※虫を潰すように、さくさく敵を抹殺していきます。 ※ヒロインのパパは味方です。 ※他サイトにも投稿しています。 「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 ※本編1〜14話。タイムリープしたヒロインが、タイムリープする前の人生で自分を殺した相手を、ぷちぷちと潰していく話です。 ※番外編15〜26話。タイムリープする前の時間軸で、娘を殺された公爵が、娘を殺した相手を捻り潰していく話です。 2022年3月8日HOTランキング7位! ありがとうございます!

無価値な私はいらないでしょう?

火野村志紀
恋愛
いっそのこと、手放してくださった方が楽でした。 だから、私から離れようと思うのです。

婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい

矢口愛留
恋愛
【全11話】 学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。 しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。 クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。 スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。 ※一話あたり短めです。 ※ベリーズカフェにも投稿しております。

王子妃だった記憶はもう消えました。

cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。 元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。 実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。 記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。 記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。 記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。 ★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日) ●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので) ●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。  敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。 ●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

処理中です...