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変わるもの、変わらないもの 7
しおりを挟むリズはヴェートルに続きアスベルトにも会ったことに驚きを隠せなかったが、身についた淑女教育のおかげで、挨拶をすることは可能だった。
「……ご無沙汰しております。リーズリー公爵家の娘、リズレインです」
デイドレスの裾をつかみ頭を下げると、探るような視線を向けられる。
居心地が悪い思いでいると、アスベルトの視線がリズから隣に立つヴェートルへ向かった。
「こんなところで密会か?」
「……殿下のご想像通りかと思いますよ」
切れ長の目を細めてヴェートルが答える。
リズはいたたまれない思いで、とっさに机の上に置いている本を数冊手に取ると、それを胸の前に持って、ふたりの顔を見ることなく口早に告げた。
「私はこれで失礼します」
リズはそう言うなり、ふたりに背を向けて駆け出した。
「は?え、リーズリー公爵令嬢──」
アスベルトの戸惑いの声が聞こえてくるが、足を止めることはできなかった。
令嬢としてあるまじき態度だ。公爵令嬢として育てられたリズはそれを十分に理解していたが、彼女はここにこのまま居続けることは出来なかった。
ヴェートルにアスベルトまで揃ったら、きっと彼女の脆い仮面など剥がされてしまう。
今の覚悟が足りない状態で問い詰められれば彼女はあっさりと口火を切って、訳の分からない言葉を羅列し、過去のことを持ち出し、ヴェートルに泣き、とりすがり、責め立ててしまうだろう。
リズはそれを恐れた。そうなってしまうとわかっていたからこそ怖かったのだ。
(だから……会いたくなかったのに)
リズは螺旋階段を滑り落ちるようにして駆け下りた。
下で待機していた護衛騎士が転がるように降りてきたリズを見て目を丸くする。
リズは傍目から見てもヴェートルを慕っていたように見えたし、第二王子はヴェートルが親しくする友人であり、彼が仕える王家の人間である。
そのため、護衛騎士は彼らが話し込むに違いないと思っていたのだが──まるで犯罪者から逃げてくるような勢いで駆け下りてきたリズに、戸惑いを隠せない。
だけどリズは護衛騎士を置いてどんどん進んでしまうので焦って彼もリズを追った。
リズは受付の女性に、本を渡し返却を依頼する。本来であればリズが戻すべきだと理解しているが、ヴェートルとアスベルトがいる王立図書館にこれ以上滞在することは彼女にはできなかった。
くちびるを噛み、無言で馬車止めに向かう彼女の後を訳が分からない様子で護衛騎士が追う。
(まだ、会いたくなかった)
覚悟なんて出来ていなかったから。
きっと彼に今会ってしまえば、泣いてしまうし、責め立ててしまう。縋ってしまうとわかっていた。だから──だから、会いたくなどなかったのに。
「……どうして避けているのか、ですって?」
馬車の中でひとり、リズは震えた声を出した。今にも嗚咽をこぼしそうな泣き声で、リズは口を覆った。
(決まってる。あなたに殺されたというのに──)
リズを見殺しにし、目の前で殺させたというのに──。
それなのにまだ、彼女は彼を愛していた。慕っていた。好きだった。
一瞬の裏切りは現実味がなくて、まだ彼女に淡い期待を残してしまう。
信じたいと思ってしまうのだ。
「あれが……うそ、なんじゃないか……って」
ついに涙はこらえきれず、リズはしゃくりあげた。馬車は緩やかに動き始め、窓から見える王立図書館は少しづつ遠ざかった。
リズはきつく目を閉じた。
彼の姿を脳裏から消すように。
これではまだ、彼と会うことは出来ない。
彼女が彼と会えるようになるには、まだ、彼女の心は深く傷つきすぎていたし、彼に気持ちを残しすぎていた。
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