11 / 75
変わるもの、変わらないもの 5
しおりを挟むリズはアーロン侯爵家を後にすると、その足で王都の王立図書館へと向かった。
なぜ、彼が凶行に走ったのか。リズをどうするつもりだったのか。それを彼に尋ねずに知るためには、情報が必要だ。そして、その情報の収集場所としては王都でいちばん大きな王立図書館へ以外ない。
安直な考えだが、まずは行動。
(ただでさえ私は過去に戻ってから今までの間、ただ思い悩み怖がるだけで無為に時間を過ごしてしまったのだから……)
今いる時間を有効活用しなくては、と彼女は拳を握る。
馬目立たないよう王立図書館のすぐ近くで馬車を止め、先程同様に御者の手を借りて下車するを
護衛騎士に付き添われながら、彼女は図書館へと足を踏み入れた。
リズ自身、図書館に入るのは巻き戻った過去を含め初めてのことだ。見慣れない景色と、もの慣れない場所に多少緊張しながら玄関扉をくぐる。
(王都一広大と言われるだけあって広いわね……)
リズはあちこち視線をさまよわせると、受付へと足を進めた。
国が管理する王立図書館は、誰もが自在に立ち入れる場所ではない。
平民は、金をかけないと発行できない利用カードが必要だし、貴族は男爵以上の爵位を持つ直系の血を引いた人間のみが立ち入りを許される。
利用カードは、年間単位で支払わなければならず、それなりの金額がするらしい。
リズはティーパーティーかなにかの折で聞いただけなので詳しい金額を知らないが、知識に投資出来るだけの資金を持つ、裕福な平民層のみがカードを手にすることができるようだ
リズはリーズリー公爵家の一人娘なので問題なく入館が許される。受付で自身の名をさらさらと記した彼女は、一部の人間しか入ることが出来ないからか、閑散とした館内を見上げた。
螺旋階段によって、三階まである天井は吹き抜けとなっていて、至る所に本棚が設置され、本が並べられている。
この中から彼女の求める情報だけを探し当てるのは骨が折れる作業だ。
(どうしようかしら……?まさか、従業員を捕まえて尋ねるわけにもいかないし……)
『悪魔について調べている』などと言った日には、次の週には社交界で噂になっていることだろう。リーズリー公爵家の娘は、風邪をこじらせたばかりに頭までおかしくなってしまった、と。そもそも貴族の娘が図書館に足を踏み入れること自体が異例なのだ。
通常、娯楽本の類はメイドを通して市井で買うか、商人を介して購入するのが常で、令嬢がわざわざ足を運び、その上『借りる』など有り得ない。リズが王立図書館に訪れたという事実でさえ、社交界では面白おかしく吹聴されるだろう。
情報を得るためだ。
多少のリスクは覚悟の上。
「……あまり帰りが遅くなっても良くないわよね」
リズはため息をついた。
どうやら、手当り次第、目に付いた場所から探していく他手立てはなさそうだった。
それから三時間。
リズは宗教や建国神話の類が並ぶ本棚を見つけることに成功はしたものの、それらしい本を見つけることは叶わなかった。
護衛騎士は少し離れたところでリズを見ていて、その距離に彼女は大いに助かっていた。
何を探しているのか気づかれるのは避けたいところだ。
リズは、ステンドガラスが嵌められた窓に沿うように置かれた一人がけのライティングデスクに腰掛けると、持ってきた本を数冊机に置いた。
(宗教と建国神話は似通ったところがあるのよね……)
神話によればこの国、デッセンベルデングはその昔、女神が人間の青年に恋をしてこの地に降り、その力をもってこの地にはびこるすべての災難を封印したとある。
女神はすべての不運、天災、悲劇、災いを閉じ込めた箱をデッセンベルデングのどこかに隠し、人々を救った。あらゆる悲劇を招く災いを封じ込めた彼女に国王は深く感謝し、彼女に青年を与え、共に爵位も贈った。
それが今のリーズリー公爵領とされている。
今もその災厄を詰め込んだ箱は公爵領のどこかに隠されているとされているが、神話なんておとぎ話のようなものだし、内容的にも存在しないほうがいいとリズは思っていた。
何冊目かの本を閉じ、リズはため息をついた。
どの本も似たようなことが書かれ、リーズリー公爵領の歴史に纏わる本となっている。
リーズリー公爵領が封建されてからの公爵の働きや、当時の事件、風土に適した食料品、リーズリー公爵家の名産品などの紹介文に変わっていく。どれも、リズが求めているような記載はない。
(悪魔病についても調べてみたけど……どの本を読んでも原因不明、治療法は確立されておらず対症療法しかないという意見に収まっている。めぼしい情報はないわね……)
なにか情報がないかと思い、王立図書館まで足を運んでみたはいいものの空振りに終わってしまった。
もう陽も沈む頃合だし、ここら辺で切り上げた方がいいだろう。
そう思って腰をあげようとした時、ふいにリズの隣に誰かが立った。
(護衛騎士かしら……)
王立図書館にはかなり長居してしまったし、早く邸宅に戻るよう注意されるのかもしれない。そう思って彼女は顔を上げて──硬直した。
「っ………」
そこには、彼女が過去に戻ってからずっと避け、さらには過去の中で彼女を殺した男たちのひとりであるヴェートル・ベロルニアがいたのだから。
103
お気に入りに追加
600
あなたにおすすめの小説
あなたへの想いを終わりにします
四折 柊
恋愛
シエナは王太子アドリアンの婚約者として体の弱い彼を支えてきた。だがある日彼は視察先で倒れそこで男爵令嬢に看病される。彼女の献身的な看病で医者に見放されていた病が治りアドリアンは健康を手に入れた。男爵令嬢は殿下を治癒した聖女と呼ばれ王城に招かれることになった。いつしかアドリアンは男爵令嬢に夢中になり彼女を正妃に迎えたいと言い出す。男爵令嬢では妃としての能力に問題がある。だからシエナには側室として彼女を支えてほしいと言われた。シエナは今までの献身と恋心を踏み躙られた絶望で彼らの目の前で自身の胸を短剣で刺した…………。(全13話)
恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ
棗
恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。
王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。
長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。
婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。
ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。
濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。
※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています
【完結】都合のいい女ではありませんので
風見ゆうみ
恋愛
アルミラ・レイドック侯爵令嬢には伯爵家の次男のオズック・エルモードという婚約者がいた。
わたしと彼は、現在、遠距離恋愛中だった。
サプライズでオズック様に会いに出かけたわたしは彼がわたしの親友と寄り添っているところを見てしまう。
「アルミラはオレにとっては都合のいい女でしかない」
レイドック侯爵家にはわたししか子供がいない。
オズック様は侯爵という爵位が目的で婿養子になり、彼がレイドック侯爵になれば、わたしを捨てるつもりなのだという。
親友と恋人の会話を聞いたわたしは彼らに制裁を加えることにした。
※独特の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。
※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。
【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない
曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが──
「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」
戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。
そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……?
──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。
★小説家になろうさまでも公開中
【改稿版・完結】その瞳に魅入られて
おもち。
恋愛
「——君を愛してる」
そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった——
幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。
あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは……
『最初から愛されていなかった』
その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。
私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。
『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』
『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』
でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。
必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。
私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……?
※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。
※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。
※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。
※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。
【完結】旦那様、わたくし家出します。
さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。
溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。
名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。
名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。
登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*)
第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中
【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる