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過去への回帰 ⑷

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どうやら、少しの間うたたねをしていたらしかった。
扉がノックされる音に、リズは夢の世界から戻ってくる。ずいぶん、懐かしい夢を見た。

「どなた?」

「オーレリーです、お嬢さま。ベロルニア公爵様よりお嬢さまにお手紙と贈り物がございます」

「……いいわ。入って」

リズが許可を出すと、頭を下げた執事長が部屋に入ってきた。彼が持つ銀のトレイには、一枚のメッセージカードが置かれている。

「こちらを」

「ありがとう。ご苦労さま」

リズはそのメッセージカードを受け取ると、サイドチェストの上に放り投げた。
すぐには目を通せる気分ではない。
そんな彼女の仕草に、オーレリーは彼女を案じるような顔で彼女を見た。

「お嬢さま。公爵様はお嬢さまのお返事をお待ちで──」

「分かってるわ」

「ですが……」

リズはこれまで、ヴェートルの手紙には欠かさず返事を書いたし、手紙がなくても彼女から便りを出した。彼女はヴェートルが好きで好きでたまらなかったので、彼の手紙を待つ、なんてことはしなかったのだ。
それが突然、何を思ったのか急に彼女はヴェートルへ手紙を出さなくなった。
それだけではない。彼女はヴェートルに一切会おうとしなくなったのだ。
これは執事長だけでなく、彼女の父も、彼女の兄も、そして友人と彼女を心配した。
一体、なにがあったのか、と。

(でも……言えるわけないじゃない?)

まさか、過去、ヴェートルに殺されたから避けています、なんて。
リズはきゅっとくちびるを引き結ぶと、先程放ったばかりのメッセージカードを手に取った。

「読むから、出ていって」

「かしこまりました」

オーレリーはリズが手紙を読むことに少し、安堵したようだった。
彼らはずっとふたりを見てきた。
少女の頃のリズはなにかとヴェートルに構い、ヴェートルもまたそんな彼女を邪険にすることなく、彼らはごく自然に婚約者という間柄になった。
仲は良好そのもの。それがどうして、いきなりリズがかたくなになってしまったのか。彼らには分からない。

オーレリーが部屋を去ると、彼女はため息をついてそっとメッセージカードを裏返した。
真っ白なメッセージカードはまるで彼のようだ。

『仕事先で見つけました。
あなたの心の安らぎとなりますように』

「………」

リズは思わず、そのメッセージを握りしめていた。
ぐしゃ、と音がして紙が潰れる。

(……どうして、あんなことをしたの?それに……悪魔の生贄って……なに?)

過去に戻ってからも、彼女は彼に聞くのが恐ろしくて直接尋ねることは出来ていない。

リズは過去に戻ったその日から、ヴェートルに会おうとしていない。

(だって、会えば聞いてしまう。責めてしまう。きっとわたしは……)

泣いてしまうだろう。
三年をかけて育んだ恋心を殺されたのは一瞬だった。
しかし、叩き潰されたのはあっという間のことで、現実味を帯びていない。
だって彼女は直接、彼に聞いていない。
なぜリズを殺したのか。
なぜ、リズは『生贄』にされる必要があったのか。
彼がリズに近づいたのは最初から『生贄』に捧げるつもりだったのか……。

今までの優しさはすべて、嘘だったのか………。

せっかく過去に戻ったのだ。
巻き戻ってしまったことでもうそれは『存在しえない未来』に過ぎなくなってしまったが、それでもリズ本人は覚えている。
あの時の恐怖を、苦しみを、痛みを。
裏切られた時の、深い悲しみを。
過去に戻ったのだから、今からでも証拠を探すなり、父に相談したりして、彼を断罪する手筈を整えるべきだ。
分かってはいるのに、動けないのは未だに彼を信じたいと心のどこかで思っているから。
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