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過去への回帰 ⑶
しおりを挟むたしかにヴェートルは、人並外れた容姿をしているがだからといって感情がないようではなさそうだし、目を合わせただけで相手を凍らせる力の持ち主でもない。
ただ、夏の日差しの下にはあまりにも似合わない白肌に、アリスブルー色の冷々とした髪色が彼をこの世のものではなさそうに思わせるのだろう。
リズも、初めて彼を見た時は魔物かと疑ったほどだ。
じっと熱心に彼を監視し続けるリズに、彼はいい加減居心地が悪くなったのだろう。
ほんの少し眉を寄せたのを見て、やはり、とリズは思う。
(このひと、ちゃんと人間だわ)
当たり前のことを、再確認。
「ねぇ、あなた。雪女の末裔ってほんとう?」
「お、お嬢さま……!」
先程から歯に衣着せぬはっきりとした物言いばかり繰り返すリズに、そばに控えるメイドは慌てた。
それもそのはず。彼は公爵が招待した客だと言うのなら、公爵は彼に一目置いている、ということだ。そんな相手に、あまりにも失礼なのではないかとメイドは焦ったのだが、ヴェートルはその直球すぎる質問にしばし硬直した。
「…………」
それから、彼は彼女が何を尋ねようとしているのか探ろうとしたのだろう。
僅かな沈黙の後、諦めたようなため息混じりに彼が答えた。
「……そういう話は聞いたことがありませんね」
「そうなの。それは残念ね」
なにが?と彼が不思議に思った時だった。
「さ、リーズリー邸に戻るわよ!」
甘やかされて育った十四歳の少女は無邪気に笑った。気を揉むメイドを後ろに従えながら、彼女は立ち尽くす彼を振り返って不思議そうな顔をする。
「なにしてるの?あなたも行くのよ」
「は?私もですか?」
「そうよ。我が公爵家のシェフはすごいのよ。彼が作るマチュドニアはほっぺが落ちてしまいそうなほど美味しいの!この暑さにはぴったりだわ」
だから早く行きましょう、と彼女は笑った。
裏のない、純粋無垢な笑顔だった。
髪はさきほどの水浴びで濡れ、前髪は横に流れてしまい額が見えてしまっているお転婆ぶりだが、その姿を見て彼も諦めたのだろうか。
「その姿で席に着いたとなると、メイド長が失神してしまうのではないですか?」
「そうね、さすがに椅子を水浸しには出来ないわ」
「着替えてからきてください。もう一度お邪魔することにはなりますが、私はサロンでお待ちしています」
「!分かったわ。ねえ、あなたってまったく暑くなさそうね。こんな茹だるような暑さなのに、暑いと思わないの?」
少女の疑問は尽きることがない。
彼女たちは湖に背を向けて、城に足をす進めながら雑談に花を咲かせた。……もっとも、せっせと種をまき、水をやっているのはリズひとりだが。
「多少暑いとは思いますよ」
(多少、だなんて!)
リズなど城にいた時から暑さのあまり汗みずくとなって、救いを求めるようにこの湖まで足を運んだのだ。
それなのに、彼はあまり暑さを感じていないも言う。世の中不公平だ。
「こんな真夏日なのに、涼し気な顔してしかも長袖なんて正気の沙汰じゃないわ。見ている方が暑くてどうにかなりそうよ」
「……これは着たくて着ているわけではありません。これが私の正装服なので、好き嫌いで着用をやめたりできないんですよ」
「正装服?あなた──」
リズが目を丸くしたところで、城の前まで辿り着いてしまった。そこにつくと、案の定と言うべきか未婚の淑女が異性の男性の前で濡れ髪を見せ、さらには水を浴びた後の姿を見せた、ということに彼女の教師が悲鳴をあげた。
すぐさまリズはひったくられるようにその場から連れ出され、着替えへと連行されてしまったのだ。
リズが十四歳、ヴェートルが十六歳。
この時が、ふたりの初めての出会いだった。
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