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ソフィア
裏切りは死をもって
しおりを挟むソフィアがそろそろ眠ろうかと日記を片付けていると、扉がノックされた。声掛けがないので、侍女ではない。ソフィアは不思議に思いながらショールを手に取ると、そちらに向かった。
「どなた?」
「僕だよ。ロウディオだ。ソフィアに渡したいものがあって」
「ロロ?」
ソフィアはショールを軽く羽織ったまま、扉を開けた。そこには、まだ儀礼服のままのロウディオがソフィアを見留めて、安堵するような笑みを浮かべる。眩いばかりの少年の純粋な微笑みは、ソフィアの胸を跳ねさせた。ロウディオはそんな彼女の様子に気づくことなく、手に持った包みを彼女に見せる。
「寝るところだった?」
「いえ……ううん。そうだけど……でも」
言葉がまとまらないソフィアに、ロウディオはまだソフィアが寝る前だったと知り、そのまま部屋に入ってくる。扉に控える騎士に恭しく頭を下げられて、王太子妃の部屋は閉ざされた。
ロウディオはソフィアが片付けていた日記に気がついたようだった。
「ああ。日記書いてたんだ」
「ええ……日課ですもの」
「僕も書いてるよ。同じだね」
「ロロも?」
ソフィアは驚いたようにロウディオを見上げた。
貴族で日記を書く習慣があるものはそれなりにいるが、王族、それも王族の男性が日常を綴るなど考えられなかったからだ。それは、主に機密情報の漏洩を恐れているためでもあり、その日記が他者に渡った時のリスクを考えているためでもある。
だからこそ、次期王位継承者であり王太子のロウディオが日記を書いてるなど、ソフィアは露とも思わなかったのだ。
ソフィアが彼を見上げると、ロウディオはまた背が伸びたようだった。
呪い解呪からいくらも経っていないのに、とソフィアは少年の成長期に感心する。感心している場合でもないが。
驚いた様子を見せたソフィアに、ロウディオは頷いて答えた。
「そう。とは言っても、僕が作った暗号みたいなものでね」
「暗号?」
「その内容はソフィにも教えられないんだ。でも、楽しいよ。僕だけの世界を広げられているみたいで。だけどわかってもいる。誰をも知らない暗号としても、全てを書き記すべきじゃない。だから、些事に留めてるよ」
「そうなの………」
「覚えてる?ソフィがさ、毎日僕への恨み言を日記に書いてるって言ったの」
突然の昔話に、ソフィアは目を丸くする。だけどそれが不敬であり不遜な発言をした過去であることを思い出すと、にわかに顔色が悪くなった。そんなことも言ったような………気がするのである。遠い記憶なのでいつだったかはハッキリしない。
ソフィアが狼狽えながら視線をさまよわせると、ロウディオが弾けるような笑い声を上げた。
「覚えてるんだ。良かった」
「ごめんなさい。ロロ、あの、子供の失言だと思って忘れてくれないかしら……」
「いいや、だめ。あれは僕も驚いたんだから。まさかソフィアにそんなこと言われるとも思わなかったし、日記を書くということ自体思いつかなかった」
「ご、ごめんなさい」
今思えばひどい文句だ。当時のソフィアは口下手で、内気な性格が災いしてあまりうまくものを話せなかった。すぐ泣くし、すぐ言葉に詰まるし、すぐ落ち込んだ。それはからかいの格好な標的となっただろう。
会う度にイタズラや意地悪や少年少女の無邪気な、ともすれば危険な冒険に無理やり付き合わされることもあった彼女はそれなりに鬱憤を溜め込んでいた。それが、ある日爆発したのだ。
泣きながら、まるで手に入れた玉璽でも掲げるかのような声で。
『知らないんでしょ!私、毎日あなたへの恨み言をずぅっと日記に書いてるんだから!紙は覚えているのよ、私の気持ちを!ずっと忘れてなんてくれないんだから!』
そう言ってスッタカタッタと逃げていったのだ。
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