〈完結〉離縁予定の王太子妃は初恋をやり直す

ごろごろみかん。

文字の大きさ
上 下
22 / 55
ソフィア

変わる日 2

しおりを挟む
 ルゴプス・アンフィスバエナ。
 それは【ドラゴンズ・ティアラ】のファンならば誰もが嫌悪する、作中最悪の悪役だ。

 このキャラクターはクズの中のクズと言って遜色ない。
 ネルヴァがまだかわいく見えるほどの、ありとあらゆる悪に手を染めて災厄をまき散らす、悪意と傲慢の結晶体そのものだ。

 ヤツはここアンフィス王国の第二王子、さらに魔法学院の生徒会長である立場を利用して、これから暴虐の限りを尽くすことになる。

 本来、関わるべき人物ではない。
 敵対関係となってしまう主人公に全てを任せてしまいたい、最悪の敵だ。

 しかしこのルゴプス王子は、俺とメメさんが愛するミシェーラ皇女を狙っている。
 ルゴプス王子の狙いは皇帝家への婿入りだ。

 自分が次の皇帝となって、世継ぎである兄を追い落とし、最終的に世界を我が物とする。そんな馬鹿げた夢のために、これから多くの者が犠牲になる。

 当然、主人公の座を横取りするならば、この最悪の悪役との敵対関係が必要となる。それが多くのイベントのトリガーとなる。
 とはいえ俺にはミシェーラ皇女との友好関係があるので、既に敵視されている可能性も高い。

 しかし念には念を入れて、主人公登場前に、ルプゴス王子との敵対イベントをこれから起こす。

 このイベントのトリガーとなるのは、クラスメイトであり攻略キャラであるコルリ・ルリハだ。
 ルプゴス王子は邪魔者であるコルリを生徒会から追放するために、彼女を卑劣な罠にかける。

 このイベントは主人公の転入前から既に始まっているはずだ。

 かくして4月13日。
 コルリの良くない噂を耳にした俺は、ライバル関係強奪のためにコルリに接触した。

「おまえー、なやみとかー、あんのー?」

「え……っ」

 とはいえあまり接点のないクラスメイトだ。
 男性恐怖症気味の彼女との接点を持つには、まおー様という『ぷにぷに』の緩衝材が必要不可欠だった。

 コルリは教室に独り残り、悲しそうに教室の黒板を見つめていた。

「ワレ、まおー。おまえのはなし、きかせろー?」

「まおーさん、ですか?」

「さまをつけろよー、でこすけやろー」

「わ、私っ、そんなにオデコちゃんじゃないです……っ」

 と言いながらも額を抱えられると、教頭ではないがまあ気になってしまう。
 てか頼むよ、まおー様、話が脱線してるってっ。

「なやみ、あんだろー? きいてやるよー」

「スライムさんにはわかりません……」

「ワレ、さわっていいからさー。さっさと、はなせ、めんどくせーなー」

 ぷにぷにのスライムに触っていいと言われたら、それは当然触る。
 コルリ・ルリハはまおー様のヘブンな触り心地に目を広げた。

「私、やってません……。お金なんて、盗んでません……」

「おうー、それ、つれーなー……」

 コルリ・ルリハのエピソードはそういう話だ。
 最初からぶっちゃけてしまうと、コルリは最悪のルプゴス王子に冤罪を着せられた。

「装備共同購入制度のお金を、私が盗んだとみんなが言うんです……」

「そっかー。でもなー、ワレにはなー、そうはみえねーなー」

「ありがとう、まおー様……」

「なんか、ムカつくなー。なんかー、やだなー、そういうのー」

 装備共同購入制度というのは、何かと高価な武器防具を学生が少しでも安く購入するための仕組みだ。
 共同購入者が集まるまで1~3ヶ月がかかるが、人さえ集まれば市場価格の7~9割ほどのお値段で武器防具が買える。

 この制度は購入前に代金を積み立てる。
 代金は金属製の【空色の小箱】に積められ、学校側が大切にこれを保管する。

「そのお金がね……消えてしまったの……。私は確かに先生に渡したはずなのに、保管中に箱の中から、お金が消えてしまったんですって……」

「えーー? ならおまえー、わるくないと、おもーけどなー?」

「箱を開けるには、パスワードが必要なの……。そのパスワードを知っているのは、業者の人か、私か、私に任せた生徒会長さんしかいないの……」

「へへへー、ワレ、はんにん、わかったー。はんにんは、せーとかいちょー、だな」

「そう、なのかしら……」

 普段、あれだけ温厚な少女コルリが人を疑う顔をした。
 だがまおー様の推理には穴がある。生徒会長ルプゴス王子にはアリバイがあった。コルリも同じことをまおー様に説明した。

「それ、うら、あんなー」

「裏、ですか……?」

「だってさー、べつにさー、せいとかいちょーが、じっこーはん? ならなくても、いいしなー?」

「あ、言われてみれば……そうですね……?」

「ぱすわーど? ほかのやつにさー、おしえれば、いいだろー? だったらアリバイなんて、いみねーし」

 まおー様、やるな。
 今回の事件、ぶっちゃけてしまうとその通りだ。

 今回の事件の実行犯は若い用務員の男だ。
 ルプゴス王子は普段から飼っていたこの男にパスワードを教え、金を盗ませた。
 生徒会から書記コルリを追い出し、もっと操りやすい腐った人間に交代させるために。

「私、どうすればいいんでしょうか……」

「へへへー、ワレが、たすけてやろーかー?」

「え、まおー様が……?」

「ワレ、こーみえてなー、つかえるこぶん、もってんだよなー」

「子分がいるんですかっ、そのお姿で!?」

「よぶかー? よんでやろーかー? あたま、まあまあいいし、つえーし、けっこー、つかえるぜー?」

「もう……なんでもいいです……。助けて下さるなら、もう誰でもいいです!! 助けて下さい、まおー様っ!!」

「だってよー、さっさとこいよなー、ヴァレリウスー」

「えっっ、ヴァレリウスくんっ?!」

 子分扱いがちょっとしゃくだが、なかなか面白い切り口だった。
 俺はのぞき見を止めて本校舎2階に壁をすり抜けると、コルリとまおー様のいる教室にノックをしてから踏み入った。

「待ったか、まおー親分」

「へっ、これ、よべばくるやつなー。なまえ、ヴァレリウス」

「調子に乗るな。……あー、ご紹介に与りました、ヴァレリウスだ」

 コルリさんは男性恐怖症だ。
 女の子同士なら無邪気に笑える女の子だが、男を前にするとてんでダメだ。
 そんないたいけな女性が恐怖にひきつった目で俺を見る。

 3回も攻略したのに、現実の好感度はゼロどころかマイナスだった……。

「よ……よろしく、お願いします……」

「話はまおー様から聞いた。その、テレパシー的な、何かで。……とにかく、まおー様の忠実な下僕である俺が、この事態を解決してみせよう」

 これは俺が主役になるより、まおー様を立てた方が話が早いな。
 俺が下僕と認めたことがそんなに嬉しいのか、まおー様は高々と跳ねて喜んでいた。

「うまくやれよー、めーたんてー。コルリのためにー、どれーとなって、はたらけよなー?」

 安心したようにコルリがまおー様に微笑んだ。
 コルリさんは冤罪を着せられ、いつ退学させられるかもわからない立場だ。
 その微笑みには黄金よりも高い価値があった。

「まおー様のお言葉のままに。では、俺は調査に向かいますので、明日あらためてご報告を」

「ほらねー、ワレの、ちゅーじつな、こぶんでしょー? ワレ、きょうはコルリとー、ねたいなー? だめかー?」

「い、いえっっ、ぜひご一緒して下さい! 部屋に独りだと、胸が、潰れてしまいそうで……」

「へっ、ワレがあたためてやんよー、べいべー」

 ディスプレイ越しに見ていた頃は、これは結局のところ介入の出来ない別世界の出来事だった。
 だがこうしてこの世界に立ち、実際に事案を目の当たりにすると無性に腹が立つ。

 生徒会を我が物にするために、なぜ真面目な女子生徒を退学まで追い込む必要があるのか。
 ルプゴス・アンフィスバエナ王子ってやつは相当にヤバい。コイツは人の破滅を楽しんでいる。

 俺は今日だけまおー様の下僕として、事件をスピード解決させるべく動き出した。
しおりを挟む
感想 53

あなたにおすすめの小説

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

貴方の事なんて大嫌い!

柊 月
恋愛
ティリアーナには想い人がいる。 しかし彼が彼女に向けた言葉は残酷だった。 これは不器用で素直じゃない2人の物語。

【完結】愛くるしい彼女。

たまこ
恋愛
侯爵令嬢のキャロラインは、所謂悪役令嬢のような容姿と性格で、人から敬遠されてばかり。唯一心を許していた幼馴染のロビンとの婚約話が持ち上がり、大喜びしたのも束の間「この話は無かったことに。」とバッサリ断られてしまう。失意の中、第二王子にアプローチを受けるが、何故かいつもロビンが現れて•••。 2023.3.15 HOTランキング35位/24hランキング63位 ありがとうございました!

【完結】旦那様の幼馴染が離婚しろと迫って来ましたが何故あなたの言いなりに離婚せねばなりませんの?

水月 潮
恋愛
フルール・ベルレアン侯爵令嬢は三ヶ月前にジュリアン・ブロワ公爵令息と結婚した。 ある日、フルールはジュリアンと共にブロワ公爵邸の薔薇園を散策していたら、二人の元へ使用人が慌ててやって来て、ジュリアンの幼馴染のキャシー・ボナリー子爵令嬢が訪問していると報告を受ける。 二人は応接室に向かうとそこでキャシーはとんでもない発言をする。 ジュリアンとキャシーは婚約者で、キャシーは両親の都合で数年間隣の国にいたが、やっとこの国に戻って来れたので、結婚しようとのこと。 ジュリアンはすかさずキャシーと婚約関係にあった事実はなく、もう既にフルールと結婚していると返答する。 「じゃあ、そのフルールとやらと離婚して私と再婚しなさい!」 ……あの? 何故あなたの言いなりに離婚しなくてはならないのかしら? 私達の結婚は政略的な要素も含んでいるのに、たかが子爵令嬢でしかないあなたにそれに口を挟む権利があるとでもいうのかしら? ※設定は緩いです 物語としてお楽しみ頂けたらと思います *HOTランキング1位(2021.7.13) 感謝です*.* 恋愛ランキング2位(2021.7.13)

さよなら私の愛しい人

ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。 ※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます! ※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

処理中です...