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ソフィア

真実を伝える日 8

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「………」

それは、ソフィアには分からない。そして、十三歳のロウディオにも。ロウディオはややあってから顔を上げた。その薄青の瞳には涙の膜が張っている。彼の涙など、幼い頃は一度も見なかった。ソフィアは動揺した。狼狽える彼女に、ロウディオが尋ねる。

「ねえ。ソフィア。僕は……二十五歳の僕に、戻りたくない」

「──」

「それでも僕は、戻らなきゃいけない?」

「…………」

ソフィアはロウディオの冬の冷たい空を思わせる瞳をじっと見た。もう、二度と見ることが出来ないと思っていた、ソフィアを真っ直ぐに見る、この瞳。

(戻りたくない。私だって、そう──)

二十五歳の、ソフィアを"ほかの娘"と同じように並べて扱うロウディオを見るくらいなら。ソフィアだって。だけど。でも。

「……殿下。殿下には、責務があります」

ソフィアは、妃殿下だ。王太子の妻で、次期王妃という立場にある、人間だ……まだ。こんな時こそ、自分が諌めずどうする。ロウディオは十三歳だ。子供を導くのは大人がすること。ロウディオと同じようにソフィアもまた彼のように"戻りたくない"などということは許されない。ソフィアは大人だから。王太子妃なのだから。

「戻らなければなりません」

「………」

「仮に……もし、戻らないでいたとして。今後どうなるか、殿下はお分かりになりますか?」

「……わかんない。けど、どうにでもなるよ」

「なりません」

歳若い、幼い頃は"どうにかなる"と無意味に信じていられた。その愚直さが、素直さが、ソフィアは苦しく思う。ソフィアはもう、そんなふうには思えない。いつか、いつか──

(また、彼と昔のように話せたら、など)

なんの根拠も無く信じられるほど、ソフィアは子供ではなくなってしまった。ソフィアのにべもない答えにロウディオは唇を噛んだ。彼も分かってはいるのだろう。自分のわがままが──許されるなど。

万が一リスクマネジメントの話です。もしも、殿下の呪いを解呪しないことによる予想外の事態が発生したら、誰が責任を負うことになるのですか」

「それは……」

「何らかの原因で殿下が王位を継承できなくなるようなことはあってはなりません。不測の事態は可能性のうちに排除せねば。私は、殿下の妻である前に一臣下でもあります。呪いの解呪を拒むことをよしとすることは出来ません」

「…………」

ぽつり、とロウディオが言った。

「ソフィアは変わった……」

「………」

そうかもしれない、とソフィアは思う。昔のソフィアであればロウディオに、こんなにはっきりものを話すことは出来なかった。それも、こんな事務的な話を。ロウディオは今になって変わってしまったソフィアに寂しく思っているのだろう。だけどソフィアにはどうしようもできない。

「……分かった。元から、無理だと思ってた。ダメで元々聞いてみただけだ」

"諦め""諦念"その感情がひとを大人にさせるとはよく言ったものだ。ソフィアは諦めすぎてしまって今のソフィアとなったし、そう小さく呟いたロウディオはいつもより大人びて見えた。
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