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ソフィア

すれ違う日 2

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「痛……」

つぅ、とソフィアの首の皮膚をナイフが僅かに裂いた。顔をしかめるソフィアに、しかしロウディオは顔色を変えない。

「落ち着いてください。殿下。私はソフィア・アーリーです。信じられないかもしれませんが、先程話したことが全てです」

「そんな与太話、僕が信じるとでも?」

13歳といえど王太子としてしっかり教育された賜物なのか、なかなかロウディオは信じようとしない。その上ナイフを持ってソフィアを問い詰めるところも含め、十三歳には思えない豪胆さだ。ソフィアはふと、思い出してしまった。
彼女はロウディオのそんなところを好きになったのだ、と。それに気づいて、ソフィアの胸は苦しくなった。喘ぐように唇を開き、彼に答える。

「お疑いですか」

「当たり前だ。僕に理解して欲しいなら、理解出来るように言え。聞いて、判断する」

(判断する余地を持たせてくれるあたり、まだ優しいと言うべきなのかしら……)

ソフィアはそう思ったが、しかし反論することを諦めた。ここで言い合っても埒が明かないと思ったのだ。ロウディオがソフィアを認めないのであれば、この話はそもそもの前提から成り立たなくなる。

「では、陛下にその旨お伝えして参ります」

「は?」

「殿下はそのままお待ちくださ──」

「ま、待て!」

ロウディオは僅かに上擦った顔でしっかりとソフィアの手首を掴んできた。成長途中にある少年の手は骨ばっていて、そしてかすかな痛みを彼女に与えた。

「っ……」

思わずソフィアは眉を顰めるが、ロウディオはそれには気が付かない。どこか困惑した様子をみせ、狼狽えたようにナイフを下げる。

「ほんとうに………ソフィアなのか?」

「……そうだと言っております」

「嘘だ。ソフィアは……そんな無感情な娘じゃない」

「殿下。陛下からご説明があったかと存じますが、既に十二年の月日がたっております。いつまでも少女のままではいられません。私は二十五です」

「二十五歳……」

繰り返すと、ロウディオはパタリと口を閉じてしまった。そのまま黙りこくる様子はソフィアに不安を抱かせた。生意気な物言いをする彼が黙るとよく出来た人形のようだ。顔立ちが綺麗すぎるゆえに、ロウディオは口を開かなければ人間味を感じない。

「………僕には、信じられない」

ぽつりと零されたその心細そうな声こそが今の彼の本心なのだろう。ソフィアは自分の十三歳の時のことを思い出す。引っ込み思案の割にちゃっかりしていたソフィアだが、メンタルはかなり弱かった。当時の彼女よりずっとメンタルが強い──少なくともソフィアはそう思っていた──ロウディオがこうも感情を露わにするということは、よほど混乱──不安を感じているのだろう。それもそうだろう。十三歳の少年が、いきなり結婚がどうの、周りは十二年後の世界で、知っている人間は誰もいない。しかも同衾せねばならないと言われれば不安にもなるし心細くもなる。ソフィアは僅かに胸を痛めたが、振り切るように言った。

「……先程の話はお聞きになりましたね」

まるで教師のように感情を見せない声で尋ねるソフィアに、ロウディオはするりとソフィアの掴んだ手首を離す。容赦なく掴まれたせいでソフィアの手首は薄く赤くなっていた。

「殿下は女性とベッドを共にする必要があります。突然のことで混乱しているかと思いますが、相手は女性であれば誰でもよいのです」
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