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きっと、それは愛じゃない。
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今思えば、きっとあれは予知夢ではなかったのだろう、と思う。
最初に見たヴァーゼルとファラビア王女……夫人が向き合って話していたのは、きっと予知夢だ。
何より、あの夢は明晰夢に近かった。
私の予知夢では、必ず夢の中で私に自我がある。
だけど、その後立て続けに見た夢は──そのどちらもが、夢の中の私に意思はなかった。
まるで、演劇を見ているような感覚。つまり、通常の夢とあまり変わらなかった。
それに、あの時、雨が降っていた。
目覚めてからの頭痛はおそらく、それが原因だったのではないか、と私は思っている。
そうだ、リュアンダル陛下と話した時も、私は口にしていたはず。
あの時は雨が降っていて、だから、頭痛があった。
あれが予知夢とは限らない、と自分でもそう思っていたのに──。
私自身、あれはきっと予知夢に違いないと思い込んでいた。
もしかしたら私は死ぬのかもしれない。
そう思ったら、それが正解のように思えてしまって。
「愛、というのは」
ぽつり、声を出す。
リュアンダル陛下が水差しを取り、グラスに水を注いでくれた。ふわりと、ライムの香りがした。
「ん?」
「愛というのは……様々なかたちがあるのだと思いますが、今、思うに、今までの私が抱いていた気持ちは……きっと、愛、なんて綺麗なものじゃなかった」
リュアンダル陛下は、沈黙を保ったまま私にグラスを手渡した。
静かに聞いてくれる、彼の気遣いが有難かった。
グラスを手で持ちながら、私は水面に視線を投げた。
「きっと、それは愛じゃない。……いえ、愛ではあるのでしょうが、私の求めるかたちではなかった」
だって、あれは自己愛だった。
少なくとも、ひとを想う気持ちそのものではなかった。
愛というのはきっと、たくさんの種類があるけど、私が求めるのは、互いが互いを想い合い、受け入れあって、話し合って、理解し合う、愛。
自分だけの──ひとりの感情を押し付けることだけが、愛ではない。
私はそれにずっと、気がつけなかった。
『リュアンダル殿下のため』
その言葉の真実は、私のためだった。
泥臭い感情だ、と思う。
綺麗事では収まらない感情だ。
だけど、その内側をさらけ出して、初めて私はそれを愛、と呼ぶような、そんな気がした。
「私も、本音を出す練習をします。あなたに。難しいけれど……黙っているだけでは、あなたに私の気持ちは伝わらないから」
相手と真摯に向き合うなら、まず対話は不可欠だと言うのに。
いつの間にか、私はその選択肢をすっかり消し去っていた。
王太子妃教育で、まず初めに教えられたのは、自身の感情を封じることだった。
感情に乱されるというのは、恥ずべき行為だ。
自身の感情は二の次で、状況を整理し、成すべきことを考えなさい。
毎日のように教育係からそう、言われた。
授業中、私が、不満や愚痴をほんの少しでも零したら、当然のごとく鞭が振るわれた。
痛かったけれど、それ以上にとても怖かった。
私は、感情が豊かで、表情に出やすいから、今一度気を引き締めるよう、何度となく注意を受けた。
視線ひとつ、指先一本、意識しろ、と。
発言する時は、よくよく判断しなさいと、そう言われた。
公人として、確かにそれは必要なことだったのかもしれないだろう。
だけど、ひとりのひととしてそれでは、いけないと知った。
「私は、王妃としてまだまだ未熟です。それに、七年という環境の変化にもついていけていない。……そんな私を、助けてくれますか?」
尋ねると、彼にそっと、抱き寄せられた。
「もちろん。……きみの気持ちを教えて欲しい。僕も、きみの気持ちに気がつけるよう……寄り添えるよう、努めるよ。だから僕と、戦ってくれる?この、社交界で」
いたずらっぽく笑う彼に、私もまた、笑ってしまった。
「……はい。よろしくお願いします。リュアンダル陛下」
リュアンダル陛下が、優しい瞳のまま、どこか懐かしむように──思い出すように、言った。
「きみは、僕の人生の光だと言った。……僕にとってきみは、僕の人生に色を与えてくれたひとだ」
「色も……光も、どちらも大切ですね」
「色がなければ全てが無味乾燥だ。光がなければ、何も見えない。僕たちは互いに、大切なものを相手からもらっていたんだね」
彼が笑う。私も、笑みを返した。
もっと、強くなりたい、と思った。
彼から聞いた、前王妃陛下のように。
与えられた人生に嘆き悲むのではなく、それに立ち向かうだけの強さを持ちたい、と思った。
きっと、今の私はまだまだ未熟で、不安定だ。
だけど彼がいるから。
リュアンダル陛下が隣にいてくれるから──きっと。
例え、その先に怖い未来があったとしても。大丈夫。
【あなたのヒロインにはなれない。 完】
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