〈完結〉【電子書籍化・取り下げ予定】私はあなたのヒロインにはなれない。

ごろごろみかん。

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七年の呪縛から

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彼がくすぐったそうに、からかうような声で、言った。

……覚えて?

それはつまり、私もその時、その場にいた、ということなのだろうか。

記憶を探るが、覚えがない。

「シュネイリアは、覚えていないかな。あの時きみは、落下の衝撃で気を失ってしまったし、そのあと数日、熱を出して寝込んだ」

「…………?ごめんなさい、覚えていません」

「うん。だから、教えてあげる。おいで、シュネイリア」

彼に誘われて、私はそっと歩き出す。
彼の前に立つと、彼が私の手を引いた。
そのまま王太子妃の私室を出て、寝室に戻った。

ソファの上には白のタオルが一枚。
そして──そばには、場に似つかわしくない、鋏が。

「せっかくだから、きみに切ってもらいながら、話そうか」

「…………はい」

彼との約束は、彼の髪を切ること、だった。
リュアンダル陛下は私が目を覚ますまで、髪を切らないと決めていた。
だからこそ、こんな長さになってしまったのだ。
だけど私が目覚めて、もう髪を伸ばす必要はなくなったから、彼は髪を切ると言った。

そして、その髪は、私に切って欲しい、とも。

初めて持った鋏は、少しだけ重たかった。
ゆっくり刃を開いたり閉じたり繰り返す。

とても切れ味が良さそうで、責任重大だ、と再び思う。
私はリュアンダル陛下の首元に白のタオルをかけると、彼の背後に回る。
そして、彼の長い白金の髪を手でたばねた。

初めて触れたけど──恐ろしいほどにさらさらだ。
とぅるとぅる、という言葉が頭に浮かぶ。
滑らかで、指から次から次に零れてしまう。
快諾したのはいいが──今になって少し、迷う。
こんな綺麗な髪を切ってしまって、いいのだろうか。

「ほんとうに良いのですか?こんなに綺麗な髪ですのに」

「男の髪が綺麗でどうするの。誰も見ないし、そもそも長くて手入れがけっこうめんどくさかったんだよ。夏は暑いし、洗うのにも時間がかかる。……肩も、軽くなるしね」

「そう、ですね」

私は、彼の髪に鋏を入れた。
しゃきん、と音がして、彼の白金の髪が落ちてゆく。
それを幾度も繰り返してようやく、彼の髪は顎元あたりまでになった。

「頭が軽い……」

七年、髪を伸ばしていたのだ。
しかも、髪は、足につくほどまでの長さだった。
髪を切って、その重みがなくなった今、とても新鮮に思えるのだろう。
私軽く毛先を整えてから、陛下に言った。

「頑張って整えてみましたが、明日にでも専門のものを呼んでください。きっと、ガタガタになってます」

「え、ガタガタなの?」

「今は大丈夫だと思うのですが……」

「今は……?」

彼が少し不安そうな声を出すので、私は慌てて取り繕うように言った。

「私は素人ですので、後から気になるところがあってはいけない、と言いたかったんです」

「え?うん、そっか、そうだね」

陛下は、私の勢いに押されて半ば困惑しつつも頷いたが、頭が軽くなったのが相当心地いいのだろう。顎先で切りそろえられた髪に触れて、機嫌が良さそうに言った。

「うん、悪くない」

「鏡をお持ちしましょうか?」

「いいよ。きみが、切ったんだ。それだけでじゅうぶん。多少ガタガタでも紐でくくればわからないし、いいよ」

「そういうわけには」

「それより、シュネイリア。きみは、聞きたかったんじゃないの?僕が、どうやって【全能】の特性を発現させたのか。その時のことを」

彼に手を取られて、へたりこむように隣に腰を下ろした。髪を首元で切り揃えたリュアンダル陛下は、先程よりも愛らしさがあって──なんと言うか、端的に言うなら落ち着かない。
胸が忙しなく音を立てているのを誤魔化すように、私は頷いて見せた。
その時、リュアンダル陛下が、私の腰を抱きあげて、そのまま彼の上に座らせる。

「きゃっ……!?」

「よっ……と。シュネイリアは、見た目はすごく大人っぽくなったけど……性格はあまり変わらないから、なんというか、こう」

「こう……?」

不思議になって首を傾げる。
銀の髪も、一緒に揺れた。
彼もまた、私と同じように首を傾げた。
さらりと、顎先で切り揃えた彼の金の髪も揺れた。

「悪いことをしている気分になってくる」

「──」

それ、はどういう意味なのだろうか。
困惑と動揺に言葉を無くした私に彼が言った。

「見た目はすごく大人っぽくて妖艶な女性なのに、シュネイリアはシュネイリアのままだから。それがすごく可愛い。うーん……一言で言うと、今のきみはすごく危うい」

「……だいぶ、漠然としていてよく分かりません」

「そう?これ以上なく今のきみを表していると思ったんだけど……」

リュアンダル陛下は、私の髪の先に触れながらら言葉を続けた。

「僕が全能の特性に目覚めたのはね。きみが、きっかけだよ。シュネイリア」

「え……」

「あの日、きみは僕を庇って──。そう、あの日もね、すごく綺麗に晴れた、快晴だった。僕ときみは、城内のバルコニーでお茶ををしていて──その時に、襲撃があったんだ。きっと、きみは覚えていない」

彼の指が、私の頬を撫でる。
彼が言った通り、記憶になかったので頷いた。
リュアンダル陛下は、私を真っ直ぐに見つめながら、記憶を辿っているようだった。

「襲撃者はすぐに捕縛されたけど、揉み合いになって……きみが、バルコニーから落ちた。三階だったんだ。ずいぶんな高さで、子供だったきみは、すごく怖かったと思う」

「……」

「吸い込まれるように地面に落ちていくきみを見て、何も出来ない自分が不甲斐なくて、守られるだけの自分が嫌で──その時、かな。特性が発現したのは。その時に使った特性が、風だったよ」

「……そう、なのですか?覚えていなくて」

「良いよ。覚えていない方がいい、あんな記憶は」

彼はばっさりと言った。
怖い思いをしたのだから、思い出さない方がいいだろう、という彼の気遣いなのはわかる。
だけど、私は思い出したかった。

いつか、思い出せる日が来るだろうか。
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