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数ある分岐点のひとつ
しおりを挟む思えば、ミャーラルの狙いは、きっと私だったのだろう。
私は特性攻撃は無効化出来るが、それ以外の──物理攻撃に関しては、抵抗するすべをもたない。
逆に、リュアンダル殿下は、自身の特性攻撃で、物理攻撃を相殺するか、あるいは弾くことが出来る。
だからきっと、あの襲撃──国家間王族襲撃事件のほんとうの標的は、私だったのではないかと思う。
ルディグラン公爵一派は、ほんとうにリュアンダル殿下の命を狙っていたのかもしれないけど、ミャーラルは違うはずだ。
彼女は、私を長年、敵視していた。
私を殺し、王太子妃の地位を誰よりも切望していたひとだ。
推測の域を出ないが、襲撃に物理攻撃を使用した点から、それはじゅうぶん考えられる話だと思った。
ミャーラルは尋問でも黙秘を貫いたという。
だけど彼女がその特性を使ったのは確実だということで、北の修道院に入れられることが決まった。
北の修道院は、寒さが厳しく、また戒律も厳しいと有名だ。
彼女は今、そこで、何を思っているだろう。
☆
式を終えて、昼食会、夜会を途中で抜ければ、既に空は真っ暗だった。
今日は、朝から何かと忙しかったせいか、寝室にたどり着くころには倒れ込みそうになっていた。
(と、とても疲れた……)
起床もいつもより早かったためだろう。
このままヘッドに倒れ込んでしまいたいが──この後、私はリュアンダル陛下と、約束があった。
ベッドに腰かけたら、危うく眠ってしまいかねないので、私は窓辺のカウチに腰を下ろした。
窓に映る二十二歳の私は未だ見慣れなくて、少しびっくりする。
顔かたちは大きく変わっていないが、やはり大人っぽくなった、ように感じる。
それもそうだ。
だって、七年経っているのだから。
窓に映る私の髪は、サイドを残し、後ろはざっくりと編み込まれている。至る所にイベリスの生け花が挿されていて、それが少しくすぐったい。
二十二の私は、リュアンダル陛下の隣に並んでも見劣りしない程度には大人だと、思いたい。
だけど肝心な中身は、十五のまま。
彼が十八の時でさえ、私は彼がとても年上に感じて仕方なかったのに──。
今は、十個の開きがある。
軽く呻いてた時、ふと、ファラビア王女からもらった手紙をまだ開封していないことに気がついた。
彼女の手紙は今日、届いたのだ。
ファラビア王女はヴィーリアの騎士と結婚したが、マーセルで生活している。
祈術の存在が国外に漏れることを恐れたマーセルが、ヴィーリアに結婚の許可の際、条件を出したためだ。
リュアンダル陛下は、私の命を救ったファラビア王女に恩があるから、と彼女の恋路をたいへんサポートしたと聞く。
ずいぶんな無茶振りもされた、と苦笑する彼を思い出して、私は口元に淡い笑みを浮かべる。
七年、私は眠っていた。
その時間を取り戻すことはできない。
命があっただけ、感謝しなければ。
そう思うけれど、同じくらい──彼のそばにいて、共に過ごしたかったな、と。
そう、思ってしまうのだ。
私は、寝室を抜け出すと、続き部屋の王太子妃の私室へ向かった。
そして、後で読もうとしまっていた手紙を取りだし、引き出しからペーパーナイフを取り出した。
封を切り、中の手紙を取り出した。
ファラビア王女は、十九になったと聞いている。
あまり、想像がつかない。
予知で見た彼女の姿は、二十代前半に見えた。あの姿に近いのだろうか。
手紙は一枚、丁寧に折りたたまれている。
開くと、彼女らしい静かな筆跡で、文字が記されていた。
『親愛なるシュネイリア様。
無事、目を覚まされたとお聞きして飛び上がるほど喜びました。
ほんとうに、とても嬉しく思います。
陛下からお聞きしたかと思いますが、私は十九になりました。子にも恵まれ、毎日忙しく、充実した日々を送っています──』
ファラビア王女は、ヴィーリアの騎士と結婚した。それが、あまり現実味を帯びなかった。
だって、私の知る予知では──。
既に、私とリュアンダル陛下が結婚している以上、私の見た予知など破綻していることに気がついていたが、それでも、思ってしまう。
リュアンダル陛下と結ばれるのは、ファラビア王女だったのではないか、と。
だけどその考えは、リュアンダル陛下だけでなく、ファラビア王女、そして彼女と結婚した騎士にも失礼な考えだ。
彼女の手紙は、七年前の過去に思いを馳せる内容だった。
『きっと私は、陛下とシュネイリア様のお言葉があったから、祈術に目覚めたのだと思います。能力を使用して、よく、分かりました。能力の使用に必要なのはきっと、ひとを想うこころ。能力の内容が絶対的なもの──ひとの不可侵に近づけば近づくほど、きっと、それが大切になるのではないか、と私は思いました。子を持つ母になってなお、そう思います。それに気が付けたのは、あなたと陛下のおかげです。ありがとうございます』
彼女の手紙は、労りと親愛の言葉で締めくくられていた。
『近いうちに、お会いしたく思います。まだ子供が生まれて日も浅いのですぐに、というわけにはいきませんが、落ち着いたら、必ず。陛下とシュネイリア様に会いに、ヴィーリアへ訪れたく思います。お身体ご自愛くださいませ。
ファラビア・ル・ドゥール』
ル・ドゥール、というのが夫の姓なのだろう。
ドゥール……ドゥール卿。
聞き覚えがないので、マーセルであらたに爵位を授かったのかもしれない。
そう思って手紙をしまおうとした時、扉がノックされた。
「!」
驚いて振り返ると、開いた扉の内側をノックしながら、背をもたれているリュアンダル陛下が。
「驚きました……」
素直に気持ちを零せば、彼が苦笑する。
「ごめんね。前にシュネイリアに注意されたからノックしたんだけど、そもそも扉が開いてたんだ」
そういえば、私は扉を閉めなかった。
自分の失態に、細く息を吐いた。
「……ファラビア夫人?」
彼が、尋ねる。
王女、ではなく彼女はもう夫を持つ夫人なのだ。
慣れないけれど、慣れていくしかない。
私は頷いて答えた。
「はい。……感謝が書かれていました。能力の使用に必要なのは、思いだと、それを気づかせてくれてありがとう、と」
「そう。大切なことに気がつけてよかった」
訳知り顔──というわけではないが、何となく彼の言葉に引っかかったので、顔を上げる。
リュアンダル陛下が、不思議そうに首を傾げた。
「……陛下の、特性が発現したきっかけはなんだったのですか?」
「んー……。覚えてない?」
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