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甘い誘惑/初恋の思い出

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リュアンダル陛下の言葉通り、私は日に日に外見が成長していった。
朝起きると少しずつ、見慣れない自分になっていく。それは想像以上の恐れを私にもたらしたけど、彼がいたから、そんなに怖く思うことはなかった。

彼は毎日、私に笑いかけてくれるから。

『また少し大人っぽくなった?元々きみは大人びた顔立ちをしていたけど──惜しいな。このきみを見られるのも、あと少しなのかと思うと』

日が経過するにつれ、少し目付きが悪くなってきているような気がした。睨んでいるつもりはないのに、ひとを睨んでいるような、そんな目つきの悪さだ。
胸も少し、大きくなったように思う。
今の私の外見年齢がいくつか分からない以上、成長が止まるタイミングも分からない。
だけど確実に、私の顔立ちは、体は、大人の女性のものへと変化していた。

そして、一ヶ月後。

「ずいぶんとまぁ……お綺麗になられましたな」

会ったのは、宰相のゲイル。
伯爵位から公爵位に陞爵されたことで、彼はゲイル・ロイドと名乗っている。
この国では、伯爵位以下のものはセカンドネームを名乗ることが義務付けられており、ゲイルもその例に漏れなかった。
だけど、公爵位になったことでセカンドネームを廃したのだ。
結婚式の日取りの打ち合わせのため、応接室に訪れるとそこには宰相のゲイルと──背筋を真っ直ぐに伸ばした、物静かな女性がいた。

その女性は、焦げ茶の髪に、シトリンの瞳をしていて──。
雰囲気が、少し異なるけれど。
もしかして、と思って、尋ねた。

「ミレーゼ……?」

呼びかけると、彼女は私を見て、まん丸に目を見開いた。その仕草から、彼女がミレーゼだと知る。

「シュネイリア……?その、ずいぶん綺麗になったわね……!?いえ、もともと綺麗な顔立ちをしているとは思ったの。でも……今のあなたはなんというか」

「……怖い?」

外見年齢が十五歳の頃は、幼さが残っていたのか、あどけなさがあったような気がする。
だけど今の私は、ひとを威圧するような切れ長の瞳をしていて、何もしていなくても怖がられてしまうような、そんな顔立ちになってしまった。
リュアンダル陛下は、今の私も『可愛い』とおっしゃるけれど、正直あまり自信はない。
鏡で見た自分も、きつい顔立ちをしていて、これが二十二の自分とは、すぐには受け入れにくい。
ミレーゼはまじまじと私を見た後、ちいさくため息を吐いた。

「いいえ?ただ……恐ろしいくらいの美人ね……。ヴァネッサ公爵夫人によく似ていらっしゃるわ……。十五のあなたは、綺麗、という言葉より可愛い、という言葉の方が似合うように感じたけど……。今のあなたは、綺麗、の一言だわ。視線だけで、男性を切り伏せてしまいそうなくらいね。魔性の瞳……いえ、蠱惑的な、女王の瞳?鞭とか持っていそうだわ……」

「冗談はやめて。ミレーゼは……今、お腹に子供がいると聞いたけど……無理をしていない?」

ミレーゼは、十九で結婚し、既に二児の母だ。
そして今、第三子を妊娠中だと聞いていた。
知らない間にたくさんのことが変わってしまっていて、まだ、頭が追いつけていないところはある。
だけど、彼が、寄り添ってくれているから。
一緒にいてくれているなから。
孤独を、感じずに済んでいる。

ミレーゼは、首を傾げて微笑んだ。

「ええ。次男の時に比べると、ずいぶん楽なの。おかげさまで王城にも足を運べているのよ」

「……こほん。ミレーゼ」

そこで、宰相が咳払いをする。
恐らく、ここから本格的に打ち合わせをするから改めるよう伝えたのだろう。
ミレーゼは彼に軽く笑って見せた。

「分かったわ。お父様。……では、シュネイリア様。結婚式の打ち合わせですがひとつ、提案がありますの。これは──私の予想なのですけれどね?」






ミレーゼの提案は、結婚式のフラワーシャワーにイベリスの花を使おう、というものだった。
王城には、薔薇しか咲いていない。
だけどリュアンダル陛下が即位してから、彼は自らイベリスの庭園をあらたに造ったという。

薔薇を愛する女神の国、ヴィーリアの王城に、薔薇以外の花を植えるなど前代未聞だ。
だけど、リュアンダル陛下は自分の趣味だと言い、即位から二年、毎日自分の手で水を上げている、とのことだった。
そこから、ミレーゼは、リュアンダル陛下はイベリスの花をたいへんお気に召しているのでは、と考え、フラワーシャワーに使用しようと思ったのだそうだ。
その話を聞いて、私はうろたえてしまった。
幸い、表情には出ていなかったようで、ミレーゼは楽しげに話を進めていた。

リュアンダル陛下が、イベリスの花を大切にしてくれていることは、私も知っている。
初めて、彼と会った夏の日のこと。
私は彼に、好きな花を尋ねた。

『王子様は何の花がいちばん好きですか?やっぱり薔薇?』

彼が答えたのが、イベリスの花。
小ぶりの花弁があくつも寄り添い、ひとつの花房となる。その可愛らしい姿から、砂糖菓子とも言われる花だ。

『イベリスですね!王子様は、イベリスがお好きなのね』

あの時から、彼はイベリスの花を好きなのだろう。
いえ、もしかして──。

私との、思い出の花だから……?

うぬぼれかもしれない。
そう思ったが、それは、真実であるかのように感じた。

その時、ミレーゼが感心するように言った。

「それにしても、陛下は結構ロマンチストであらせられるのね。イベリスの花言葉と言ったら──」
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