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言いたかったな
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「シュネイリア!っくそ、彼女が銃で撃たれた!道を開けろ!」
彼が叫ぶ声が聞こえる。
それがどこか遠くに聞こえた。
自分の喘鳴音がうるさくて、他の音が全て遠い。
死んじゃうのかな、と思った。
予知と全然違う。
未来は変わったのだろうか。
変わってもなお、私は死んでしまうのだろうか。
そうだとしたら──。
このまま、彼と話せずに終わるのはやはり、彼の心残りに、なるのだろうな、と思った。
だから、私は笑って、言った。
きっと、笑えたはず。
「でん、か」
「話さないで」
鋭く、彼が言う。
体が揺れる。
きっと、どこかに連れていかれている最中なのだろう。
治療に効果的な特性はない。
どこを撃たれたか定かではないが、肺にしろ、心臓にしろ、この出血量だ。
おそらく私は、死ぬ。
予知通りに。
定められた運命のごとく、ここで退場だ。
「はなしたい、こと、ある……て」
「……話さないで。お願いだから」
彼が苦しそうに言う。
そんな声を、聞きたかったのではない。
きっと、云わなくて正解だった。
この感情を、伝えなくて、よかった。
だって、知っていたらきっと彼は、思い悩んでいた。
心残りを、後悔、という強い感情を、私に残していただろう。
そんなことを、それを、私が望むはずがない。
「わたし、でんかの、こと」
「……シュネイリア」
まずい。頭が、くらくらしてきた。
意識を保つので、精一杯だ。
手に、何かが伝う感覚。
きっと、血だ。
でも、言わなきゃ。
今、言わなきゃ。
「きらい、でし、た。だか、ら」
正反対の、嘘の言葉。
最期まで、私は嘘を吐く。
でもこれが、私なりの、彼への祝福。
だって、今愛の言葉なんて口にしたら、それは呪いの言葉になる。
私は、彼に呪いをかけたいわけじゃない。
「いい、から。言わないで。いいよ」
彼が私の口を手で覆おうとするから、首を横に振る。
……振れた、だろうか。
「しあわせに、なっ……て。それ、だけ」
私は、あなたを恨んでいない。
私は、悲しみのまま、苦しみに喘いで、死ぬのではない。
私は、幸せに満ち溢れて、悔いなんてひとつとなく、死んでいくのだ。
それを、彼に知って欲しかった。
リュアンダル殿下の、薄い青の瞳が見開かれる。
ああ、好きな色だ、と思った。
私の、好きな色。
私が、恋をした、瞳。
「しあわせに、ならなきゃ……ゆるさない、から」
言えた?
言えた、だろうか?
口にできた?
舌を、動かせた?
分からない。
だってもう、感覚なんてない。
意識も視界も何もかも、真っ暗。
聞こえない。分からない。
でも、言えたはず。
そう、思いたい。
初めての恋だった。
きっとこれは、恋、なんて言葉では表せないほどの愛だった。
好きだった。
だから、彼には幸せになって欲しい。
もう、いいの。
もう、いいから。
だって私、きっとこれを願っていた。
恋って、苦しいの。
相手は私じゃないから、リュアンダル殿下は、他人だから。
何を考えているのか、何を思っているのか、私には分からない。
だから、苦しいの。
何を考えているの?
私のこと、好きなの?
……女性として、異性として、私を愛している?
それを聞くだけで、よかった。
でも、聞けなかった。
怖かったから。
苦しげな顔をされたら?
困ったような、顔をされたら?
苦笑されて、誤魔化されたら、きっと私は深く傷つくの。
知ってるの。
だから、私は逃げたかった。きっと。
ずっと、逃げたかった。
だから、この運命に、予知に、戦うという選択肢を、最初から捨てていた。
諦めていたから。
怖かったから。
戦って、傷ついて、結局、何もしなければよかった、と後悔するのが怖かった。
だから私は先に、【死】という絶対的なものに逃げて、綺麗な記憶のまま終わりたかった。
彼に、シュネイリア・ヴァネッサは優しくていい娘だった、と思われるだけの過去になりたかった。
彼が過去に思いを馳せた時、ああ、シュネイリアはいい子だったな、と思って欲しかった。
それ以上の、それ以外の気持ちなんていらない。
私を思い出した時に、苦い記憶を思い出してほしくない。
想いを返せなかった、悪いことをした、なんて思って欲しくない。
それなら、大事で、大切な、妹のような存在のままで良い。
それで、良い。
思い出は、記憶を汚さないから。
過去は、過去のまま。
綺麗に、汚さずに、その記憶を保ってくれるから。
ああ、でも。
最期くらい、愛してるって。
大好きなの、って。
伝えたかったな、なんて。
やっぱり、思っちゃうのは、私の未練なのかな。
呪いの言葉になる、って分かってて言いたくなる。
それが、ひとを愛する、ということなのかな。
それなら、きっと。
私は最期まで、上手にひとを愛することが、できなかった。
もし、生まれ変わったら。
次は、今より少しくらい、上手に恋、できるだろうか。
好きなひとに好き、と言えるだけの勇気を、覚悟を、強さを。
私は、持てるだろうか。
……そうだったら、良いな。
そうなれたら、良い。
そう願ったのを最後に、私の意識は闇に沈んだ。
彼が叫ぶ声が聞こえる。
それがどこか遠くに聞こえた。
自分の喘鳴音がうるさくて、他の音が全て遠い。
死んじゃうのかな、と思った。
予知と全然違う。
未来は変わったのだろうか。
変わってもなお、私は死んでしまうのだろうか。
そうだとしたら──。
このまま、彼と話せずに終わるのはやはり、彼の心残りに、なるのだろうな、と思った。
だから、私は笑って、言った。
きっと、笑えたはず。
「でん、か」
「話さないで」
鋭く、彼が言う。
体が揺れる。
きっと、どこかに連れていかれている最中なのだろう。
治療に効果的な特性はない。
どこを撃たれたか定かではないが、肺にしろ、心臓にしろ、この出血量だ。
おそらく私は、死ぬ。
予知通りに。
定められた運命のごとく、ここで退場だ。
「はなしたい、こと、ある……て」
「……話さないで。お願いだから」
彼が苦しそうに言う。
そんな声を、聞きたかったのではない。
きっと、云わなくて正解だった。
この感情を、伝えなくて、よかった。
だって、知っていたらきっと彼は、思い悩んでいた。
心残りを、後悔、という強い感情を、私に残していただろう。
そんなことを、それを、私が望むはずがない。
「わたし、でんかの、こと」
「……シュネイリア」
まずい。頭が、くらくらしてきた。
意識を保つので、精一杯だ。
手に、何かが伝う感覚。
きっと、血だ。
でも、言わなきゃ。
今、言わなきゃ。
「きらい、でし、た。だか、ら」
正反対の、嘘の言葉。
最期まで、私は嘘を吐く。
でもこれが、私なりの、彼への祝福。
だって、今愛の言葉なんて口にしたら、それは呪いの言葉になる。
私は、彼に呪いをかけたいわけじゃない。
「いい、から。言わないで。いいよ」
彼が私の口を手で覆おうとするから、首を横に振る。
……振れた、だろうか。
「しあわせに、なっ……て。それ、だけ」
私は、あなたを恨んでいない。
私は、悲しみのまま、苦しみに喘いで、死ぬのではない。
私は、幸せに満ち溢れて、悔いなんてひとつとなく、死んでいくのだ。
それを、彼に知って欲しかった。
リュアンダル殿下の、薄い青の瞳が見開かれる。
ああ、好きな色だ、と思った。
私の、好きな色。
私が、恋をした、瞳。
「しあわせに、ならなきゃ……ゆるさない、から」
言えた?
言えた、だろうか?
口にできた?
舌を、動かせた?
分からない。
だってもう、感覚なんてない。
意識も視界も何もかも、真っ暗。
聞こえない。分からない。
でも、言えたはず。
そう、思いたい。
初めての恋だった。
きっとこれは、恋、なんて言葉では表せないほどの愛だった。
好きだった。
だから、彼には幸せになって欲しい。
もう、いいの。
もう、いいから。
だって私、きっとこれを願っていた。
恋って、苦しいの。
相手は私じゃないから、リュアンダル殿下は、他人だから。
何を考えているのか、何を思っているのか、私には分からない。
だから、苦しいの。
何を考えているの?
私のこと、好きなの?
……女性として、異性として、私を愛している?
それを聞くだけで、よかった。
でも、聞けなかった。
怖かったから。
苦しげな顔をされたら?
困ったような、顔をされたら?
苦笑されて、誤魔化されたら、きっと私は深く傷つくの。
知ってるの。
だから、私は逃げたかった。きっと。
ずっと、逃げたかった。
だから、この運命に、予知に、戦うという選択肢を、最初から捨てていた。
諦めていたから。
怖かったから。
戦って、傷ついて、結局、何もしなければよかった、と後悔するのが怖かった。
だから私は先に、【死】という絶対的なものに逃げて、綺麗な記憶のまま終わりたかった。
彼に、シュネイリア・ヴァネッサは優しくていい娘だった、と思われるだけの過去になりたかった。
彼が過去に思いを馳せた時、ああ、シュネイリアはいい子だったな、と思って欲しかった。
それ以上の、それ以外の気持ちなんていらない。
私を思い出した時に、苦い記憶を思い出してほしくない。
想いを返せなかった、悪いことをした、なんて思って欲しくない。
それなら、大事で、大切な、妹のような存在のままで良い。
それで、良い。
思い出は、記憶を汚さないから。
過去は、過去のまま。
綺麗に、汚さずに、その記憶を保ってくれるから。
ああ、でも。
最期くらい、愛してるって。
大好きなの、って。
伝えたかったな、なんて。
やっぱり、思っちゃうのは、私の未練なのかな。
呪いの言葉になる、って分かってて言いたくなる。
それが、ひとを愛する、ということなのかな。
それなら、きっと。
私は最期まで、上手にひとを愛することが、できなかった。
もし、生まれ変わったら。
次は、今より少しくらい、上手に恋、できるだろうか。
好きなひとに好き、と言えるだけの勇気を、覚悟を、強さを。
私は、持てるだろうか。
……そうだったら、良いな。
そうなれたら、良い。
そう願ったのを最後に、私の意識は闇に沈んだ。
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