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あなたと過ごす最後の日
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「王女殿下!こちらにいらっしゃったのですか!探しましたわ!」
ファラビア王女に付いているメイドのようだ。
よほど慌てていたのだろう。その顔は青ざめ、髪も乱れていた。城勤めのメイドにしては、珍しい姿だ。
それほどファラビア王女の不在は彼女に動揺をもたらしたのだろう。
それも当然か。
ファラビア王女の身になにかあれば、それは国家間の問題になる。
私もそう思ったから、こうして彼女を探しに外に出たのだから。
彼女は、続いて私とリュアンダル殿下に気がつくと、驚いた様子を見せた。
「あ、王太子殿下。シュネイリア様。おはようございます。早朝の散歩……ですか?ですが、シュネイリア様のそのご格好は……」
「私が無理を言って連れ出してしまったんだ。そしたら偶然、ファラビア王女と出会ってね。彼女を部屋まで送ってくれるかな。ああ、シュネイリアのメイドたちもついてあげて。シュネイリアは、私が部屋まで連れていくから」
リュアンダル殿下が、何気なくそう言って、私の腰を引き寄せた。
その仕草に、驚きよりも歓喜を感じてしまい、顔を伏せる。
布越しに触れただけで、こんなにも嬉しい。
好きなひとが私に触れている。
それだけで、こんなにも。
「かしこまりました。では、シュネイリア様。後ほど、朝のご準備のため、お部屋に向かわせていただきますね」
私付きのメイドたちが、頭を下げる。
私はそれを見て、ぎこちなく、頷いた。
彼女たちは恐らく、知っているのだろう。
私とリュアンダル殿下の関係を。
ファラビア王女とメイドたちがいなくなり、私は顔を上げた。
リュアンダル殿下と、視線が交わる。
穏やかな、春の湖面のような色合いの瞳は、私を真っ直ぐに見つめていた。
「こんな時間に、こんな格好で出歩くのは良くないよ」
「……申し訳ありません」
「出会ったのが僕だったからよかった」
「はい」
「部屋に戻ろうか」
「はい」
私は、同じ文句だけを繰り返した。
それ以外、何を言えるだろう。
好き、と一言言えば、それで済む話。
だけどその一言が、私はどうしても、言うことが出来ない。
だってそれは、きっと、呪いの言葉になるから。
☆
その日は、ヴィーリアとマーセルの国家間の友好を願って、パレードが開かれた。
朝は雨が降って天候が心配されたが、昼にはすっかり青空が広がっていた。
澄み渡る夏の空は、彼の瞳より少しだけ深い色合いをしている。
私は、ヴィーリアを示す赤のエンパイアラインのドレスに、白のボレロを纏っている。ざっくり開いた胸元はそのままに、しかし首元は隠すように、金糸で刺繍された合わせで留めている。
女性の魅力と品の良さを併せ持つドレスだ。
国家間の友好を示すパレードであるためか、腰から下には紺の差し色が流されている。
全体的に雰囲気を重たくしないようにするためだろう。
腰にはシフォンとフリルでリボンが作られ、年相応なデザインとなっているように思う。
ハーフアップしている髪には、薔薇を一輪。
私の髪は白にほど近い銀なので、ヴィーリアの赤い薔薇は見栄えするほうだと思う。
リュアンダル殿下にエスコートされて、ドロスキー馬車に乗り込む。
さすが国家行事のパレードというだけあって、馬車が豪奢だ。
金と赤の二色で塗料された馬車は、名のある細工師が手がけたのだろう。
ヴィーリアの国を示す薔薇が掘られた馬車に乗り込むと、周囲を馬上の近衛騎士が並走した。
前方には既に陛下が乗り込まれておられる。
王妃陛下は、体調不良のため不在だ。
そのため、私が出席することは必至だった。
「パレードの後は、国民への挨拶。そして昼食会になる。……シュネイリア、無理、していない?」
彼が小声で尋ねてくる。
昨夜のことを言っているのだろう。
私はほんの僅かに体を強ばらせた。
明確に、昨夜のことを思い出してしまったから。
「……していません。今日も、早くに目が覚めてしまったのです」
「それならいいけど……。きみは、きみが気が付かないうちに無理をするから」
「そんなことは」
「ごめんね。僕が、無理をさせたせいだ。今日の予定は予め決められていたのに、自分を抑えることが出来なかった」
リュアンダル殿下が、静かな声で言った。
跳ね橋が下ろされ、王族を一目見ようと国民が橋のすぐ近くまで集まってきている。
歓声と熱気が、次第に近づいてくる。
「シュネイリア。今日の夜、きみに話したいことがある」
「……?」
「聞いて、くれる?」
彼がふと、私を見た。
心細そうな、不安を滲ませた瞳だった。
私はそれに驚いた。
いつも穏やかで、余裕に満ちた彼が──そんな瞳をするなんて、思わなかったから。
すぐに、私は不安を抱いた。
話とは、なんだろうか。
察するに、ふたりきりでないとできない類のものなのだろう。
(やっぱり愛せない、とか……?)
『努めてみたけれど、やはりきみを愛せない』
なんて、言われたらどうしよう。
想像はどんどん悪い方に傾いていった。
彼は、私を大切にしてくれているがそれは性愛ではない。彼は、義務だから、私を抱く。
早く子を成さなければならないから。
次世代の王子を早く誕生させなければならないから。
その責務だけで。
大切にしてくれている、のだと思う。
大事に思ってくれているのだと思う。
だけどそれは、結局。
家族への、近しいものに対してへの、情に過ぎないのではないだろうか。
私は恐れを抱いた。
「……シュネイリア?」
「殿下。私、私は」
──ここまできたら、もう、言ってしまおう。
そう、思った。
もし、彼に愛せないと。
謝られたとしても。
私は本心を話そう。
こんなぐちゃぐちゃな状態で死んだらきっと、後悔する。
私だけではない。きっと、彼も。
だから、本音で話すことが、大切だ。
そう思って、私は顔を上げた。
もう、跳ね橋はすぐ近く。
「……私も、お話したいことがあります」
真っ直ぐ見つめて言うと、彼が少し、驚いたように目を見開いた。
そして、ふわりと笑う。
私が、好きな、優しい笑みを乗せて。
「……うん。聞かせて」
ファラビア王女に付いているメイドのようだ。
よほど慌てていたのだろう。その顔は青ざめ、髪も乱れていた。城勤めのメイドにしては、珍しい姿だ。
それほどファラビア王女の不在は彼女に動揺をもたらしたのだろう。
それも当然か。
ファラビア王女の身になにかあれば、それは国家間の問題になる。
私もそう思ったから、こうして彼女を探しに外に出たのだから。
彼女は、続いて私とリュアンダル殿下に気がつくと、驚いた様子を見せた。
「あ、王太子殿下。シュネイリア様。おはようございます。早朝の散歩……ですか?ですが、シュネイリア様のそのご格好は……」
「私が無理を言って連れ出してしまったんだ。そしたら偶然、ファラビア王女と出会ってね。彼女を部屋まで送ってくれるかな。ああ、シュネイリアのメイドたちもついてあげて。シュネイリアは、私が部屋まで連れていくから」
リュアンダル殿下が、何気なくそう言って、私の腰を引き寄せた。
その仕草に、驚きよりも歓喜を感じてしまい、顔を伏せる。
布越しに触れただけで、こんなにも嬉しい。
好きなひとが私に触れている。
それだけで、こんなにも。
「かしこまりました。では、シュネイリア様。後ほど、朝のご準備のため、お部屋に向かわせていただきますね」
私付きのメイドたちが、頭を下げる。
私はそれを見て、ぎこちなく、頷いた。
彼女たちは恐らく、知っているのだろう。
私とリュアンダル殿下の関係を。
ファラビア王女とメイドたちがいなくなり、私は顔を上げた。
リュアンダル殿下と、視線が交わる。
穏やかな、春の湖面のような色合いの瞳は、私を真っ直ぐに見つめていた。
「こんな時間に、こんな格好で出歩くのは良くないよ」
「……申し訳ありません」
「出会ったのが僕だったからよかった」
「はい」
「部屋に戻ろうか」
「はい」
私は、同じ文句だけを繰り返した。
それ以外、何を言えるだろう。
好き、と一言言えば、それで済む話。
だけどその一言が、私はどうしても、言うことが出来ない。
だってそれは、きっと、呪いの言葉になるから。
☆
その日は、ヴィーリアとマーセルの国家間の友好を願って、パレードが開かれた。
朝は雨が降って天候が心配されたが、昼にはすっかり青空が広がっていた。
澄み渡る夏の空は、彼の瞳より少しだけ深い色合いをしている。
私は、ヴィーリアを示す赤のエンパイアラインのドレスに、白のボレロを纏っている。ざっくり開いた胸元はそのままに、しかし首元は隠すように、金糸で刺繍された合わせで留めている。
女性の魅力と品の良さを併せ持つドレスだ。
国家間の友好を示すパレードであるためか、腰から下には紺の差し色が流されている。
全体的に雰囲気を重たくしないようにするためだろう。
腰にはシフォンとフリルでリボンが作られ、年相応なデザインとなっているように思う。
ハーフアップしている髪には、薔薇を一輪。
私の髪は白にほど近い銀なので、ヴィーリアの赤い薔薇は見栄えするほうだと思う。
リュアンダル殿下にエスコートされて、ドロスキー馬車に乗り込む。
さすが国家行事のパレードというだけあって、馬車が豪奢だ。
金と赤の二色で塗料された馬車は、名のある細工師が手がけたのだろう。
ヴィーリアの国を示す薔薇が掘られた馬車に乗り込むと、周囲を馬上の近衛騎士が並走した。
前方には既に陛下が乗り込まれておられる。
王妃陛下は、体調不良のため不在だ。
そのため、私が出席することは必至だった。
「パレードの後は、国民への挨拶。そして昼食会になる。……シュネイリア、無理、していない?」
彼が小声で尋ねてくる。
昨夜のことを言っているのだろう。
私はほんの僅かに体を強ばらせた。
明確に、昨夜のことを思い出してしまったから。
「……していません。今日も、早くに目が覚めてしまったのです」
「それならいいけど……。きみは、きみが気が付かないうちに無理をするから」
「そんなことは」
「ごめんね。僕が、無理をさせたせいだ。今日の予定は予め決められていたのに、自分を抑えることが出来なかった」
リュアンダル殿下が、静かな声で言った。
跳ね橋が下ろされ、王族を一目見ようと国民が橋のすぐ近くまで集まってきている。
歓声と熱気が、次第に近づいてくる。
「シュネイリア。今日の夜、きみに話したいことがある」
「……?」
「聞いて、くれる?」
彼がふと、私を見た。
心細そうな、不安を滲ませた瞳だった。
私はそれに驚いた。
いつも穏やかで、余裕に満ちた彼が──そんな瞳をするなんて、思わなかったから。
すぐに、私は不安を抱いた。
話とは、なんだろうか。
察するに、ふたりきりでないとできない類のものなのだろう。
(やっぱり愛せない、とか……?)
『努めてみたけれど、やはりきみを愛せない』
なんて、言われたらどうしよう。
想像はどんどん悪い方に傾いていった。
彼は、私を大切にしてくれているがそれは性愛ではない。彼は、義務だから、私を抱く。
早く子を成さなければならないから。
次世代の王子を早く誕生させなければならないから。
その責務だけで。
大切にしてくれている、のだと思う。
大事に思ってくれているのだと思う。
だけどそれは、結局。
家族への、近しいものに対してへの、情に過ぎないのではないだろうか。
私は恐れを抱いた。
「……シュネイリア?」
「殿下。私、私は」
──ここまできたら、もう、言ってしまおう。
そう、思った。
もし、彼に愛せないと。
謝られたとしても。
私は本心を話そう。
こんなぐちゃぐちゃな状態で死んだらきっと、後悔する。
私だけではない。きっと、彼も。
だから、本音で話すことが、大切だ。
そう思って、私は顔を上げた。
もう、跳ね橋はすぐ近く。
「……私も、お話したいことがあります」
真っ直ぐ見つめて言うと、彼が少し、驚いたように目を見開いた。
そして、ふわりと笑う。
私が、好きな、優しい笑みを乗せて。
「……うん。聞かせて」
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