〈完結〉【電子書籍化・取り下げ予定】私はあなたのヒロインにはなれない。

ごろごろみかん。

文字の大きさ
上 下
55 / 71

あなたと過ごす最後の日

しおりを挟む
「王女殿下!こちらにいらっしゃったのですか!探しましたわ!」

ファラビア王女に付いているメイドのようだ。
よほど慌てていたのだろう。その顔は青ざめ、髪も乱れていた。城勤めのメイドにしては、珍しい姿だ。
それほどファラビア王女の不在は彼女に動揺をもたらしたのだろう。

それも当然か。
ファラビア王女の身になにかあれば、それは国家間の問題になる。

私もそう思ったから、こうして彼女を探しに外に出たのだから。

彼女は、続いて私とリュアンダル殿下に気がつくと、驚いた様子を見せた。

「あ、王太子殿下。シュネイリア様。おはようございます。早朝の散歩……ですか?ですが、シュネイリア様のそのご格好は……」

「私が無理を言って連れ出してしまったんだ。そしたら偶然、ファラビア王女と出会ってね。彼女を部屋まで送ってくれるかな。ああ、シュネイリアのメイドたちもついてあげて。シュネイリアは、私が部屋まで連れていくから」

リュアンダル殿下が、何気なくそう言って、私の腰を引き寄せた。
その仕草に、驚きよりも歓喜を感じてしまい、顔を伏せる。
布越しに触れただけで、こんなにも嬉しい。

好きなひとが私に触れている。
それだけで、こんなにも。

「かしこまりました。では、シュネイリア様。後ほど、朝のご準備のため、お部屋に向かわせていただきますね」

私付きのメイドたちが、頭を下げる。
私はそれを見て、ぎこちなく、頷いた。
彼女たちは恐らく、知っているのだろう。
私とリュアンダル殿下の関係を。

ファラビア王女とメイドたちがいなくなり、私は顔を上げた。
リュアンダル殿下と、視線が交わる。
穏やかな、春の湖面のような色合いの瞳は、私を真っ直ぐに見つめていた。

「こんな時間に、こんな格好で出歩くのは良くないよ」

「……申し訳ありません」

「出会ったのが僕だったからよかった」

「はい」

「部屋に戻ろうか」

「はい」

私は、同じ文句だけを繰り返した。
それ以外、何を言えるだろう。

好き、と一言言えば、それで済む話。
だけどその一言が、私はどうしても、言うことが出来ない。

だってそれは、きっと、呪いの言葉になるから。





その日は、ヴィーリアとマーセルの国家間の友好を願って、パレードが開かれた。

朝は雨が降って天候が心配されたが、昼にはすっかり青空が広がっていた。

澄み渡る夏の空は、彼の瞳より少しだけ深い色合いをしている。

私は、ヴィーリアを示す赤のエンパイアラインのドレスに、白のボレロを纏っている。ざっくり開いた胸元はそのままに、しかし首元は隠すように、金糸で刺繍された合わせで留めている。
女性の魅力と品の良さを併せ持つドレスだ。
国家間の友好を示すパレードであるためか、腰から下には紺の差し色が流されている。

全体的に雰囲気を重たくしないようにするためだろう。
腰にはシフォンとフリルでリボンが作られ、年相応なデザインとなっているように思う。
ハーフアップしている髪には、薔薇を一輪。
私の髪は白にほど近い銀なので、ヴィーリアの赤い薔薇は見栄えするほうだと思う。

リュアンダル殿下にエスコートされて、ドロスキー馬車に乗り込む。
さすが国家行事のパレードというだけあって、馬車が豪奢だ。
金と赤の二色で塗料された馬車は、名のある細工師が手がけたのだろう。
ヴィーリアの国を示す薔薇が掘られた馬車に乗り込むと、周囲を馬上の近衛騎士が並走した。

前方には既に陛下が乗り込まれておられる。
王妃陛下は、体調不良のため不在だ。

そのため、私が出席することは必至だった。

「パレードの後は、国民への挨拶。そして昼食会になる。……シュネイリア、無理、していない?」

彼が小声で尋ねてくる。
昨夜のことを言っているのだろう。

私はほんの僅かに体を強ばらせた。
明確に、昨夜のことを思い出してしまったから。

「……していません。今日も、早くに目が覚めてしまったのです」

「それならいいけど……。きみは、きみが気が付かないうちに無理をするから」

「そんなことは」

「ごめんね。僕が、無理をさせたせいだ。今日の予定は予め決められていたのに、自分を抑えることが出来なかった」

リュアンダル殿下が、静かな声で言った。
跳ね橋が下ろされ、王族を一目見ようと国民が橋のすぐ近くまで集まってきている。
歓声と熱気が、次第に近づいてくる。

「シュネイリア。今日の夜、きみに話したいことがある」

「……?」

「聞いて、くれる?」

彼がふと、私を見た。
心細そうな、不安を滲ませた瞳だった。
私はそれに驚いた。
いつも穏やかで、余裕に満ちた彼が──そんな瞳をするなんて、思わなかったから。
すぐに、私は不安を抱いた。
話とは、なんだろうか。
察するに、ふたりきりでないとできない類のものなのだろう。

(やっぱり愛せない、とか……?)

『努めてみたけれど、やはりきみを愛せない』

なんて、言われたらどうしよう。
想像はどんどん悪い方に傾いていった。

彼は、私を大切にしてくれているがそれは性愛ではない。彼は、義務だから、私を抱く。
早く子を成さなければならないから。
次世代の王子を早く誕生させなければならないから。
その責務だけで。

大切にしてくれている、のだと思う。
大事に思ってくれているのだと思う。

だけどそれは、結局。
家族への、近しいものに対してへの、情に過ぎないのではないだろうか。
私は恐れを抱いた。

「……シュネイリア?」

「殿下。私、私は」

──ここまできたら、もう、言ってしまおう。

そう、思った。

もし、彼に愛せないと。
謝られたとしても。
私は本心を話そう。

こんなぐちゃぐちゃな状態で死んだらきっと、後悔する。
私だけではない。きっと、彼も。
だから、本音で話すことが、大切だ。

そう思って、私は顔を上げた。
もう、跳ね橋はすぐ近く。

「……私も、お話したいことがあります」

真っ直ぐ見つめて言うと、彼が少し、驚いたように目を見開いた。
そして、ふわりと笑う。
私が、好きな、優しい笑みを乗せて。

「……うん。聞かせて」
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。

かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。 ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。 二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

手放したくない理由

ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。 しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。 話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、 「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」 と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。 同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。 大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

【完結】彼の瞳に映るのは  

たろ
恋愛
 今夜も彼はわたしをエスコートして夜会へと参加する。  優しく見つめる彼の瞳にはわたしが映っているのに、何故かわたしの心は何も感じない。  そしてファーストダンスを踊ると彼はそっとわたしのそばからいなくなる。  わたしはまた一人で佇む。彼は守るべき存在の元へと行ってしまう。 ★ 短編から長編へ変更しました。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

【完結】大好きな幼馴染には愛している人がいるようです。だからわたしは頑張って仕事に生きようと思います。

たろ
恋愛
幼馴染のロード。 学校を卒業してロードは村から街へ。 街の警備隊の騎士になり、気がつけば人気者に。 ダリアは大好きなロードの近くにいたくて街に出て子爵家のメイドとして働き出した。 なかなか会うことはなくても同じ街にいるだけでも幸せだと思っていた。いつかは終わらせないといけない片思い。 ロードが恋人を作るまで、夢を見ていようと思っていたのに……何故か自分がロードの恋人になってしまった。 それも女避けのための(仮)の恋人に。 そしてとうとうロードには愛する女性が現れた。 ダリアは、静かに身を引く決意をして……… ★ 短編から長編に変更させていただきます。 すみません。いつものように話が長くなってしまいました。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり(苦手な方はご注意下さい)。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

処理中です...