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ひどいこと

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「なにを──」

彼が、私の手を取って指先に口付けた。
ちゅ、と可愛い音がする。
しかしその瞳は、強く私を射抜いていた。

「理由が必要?きみには」

「それは……。いえ、ですが」

私の言葉は、まとまらない。
だって、私は既に理由を知っている。

彼は、知らないのだろう。
私が知っていることを、彼は知らない。

だから視線を彷徨わせると、彼の手がネグリジェの裾をめくりあげた。

「僕も大概に、間違いを犯している。やり直せたら、と切に願うよ。そんな奇跡は、起こり得ないのに」

やり直す──。
それは、あの日の夜のことを言っているのだろうか。
彼が襲撃を受け、セカンド特性の攻撃を受けた日。
私が、無効の特性を発動させていれば。

リュアンダル殿下の瞳が、私を捕らえる。
冷たいようにすら感じる瞳は、確かに炎が見えたような気がした。
揺らめくような、青い、炎。
展翅板に縫い止められた蝶は、果たしてこんな気持ちになるのだろうか。

「過ぎたことを悔やむのは、もうやめた。悔やんでも、やり直したいと願っても、それが叶わないことを僕は知っている。……だから、これ以上手遅れにならないように、僕は、僕のやり方で、僕の理想を叶えることにした」

「……殿下の、お言葉は……よく、わかりません」

私が言うと、彼は笑った。
当然だ、と言わんばかりに。

「そうだろうね。わからなくてもいい。意思疎通という手段を捨てたことを、きみと分かり合おうとする選択肢を捨てたことを、きみは恨む?」

リュアンダル殿下の言葉はあやふやで、意味が掴みにくい。
考えるより先に返答を求められて、私は正直に答えた。

「恨……むことは、しません。決して。だけど……私は、知りたいと思います」

「きみは、きみのこころを教えてくれないのに?」

「それは」

だって、あなたが求めているのは私のこの気持ちじゃないでしょう。
私にこの想いを伝えられて、殿下はどうするというの。
くちびるを噛んだ私に、彼がふわりと笑う。
安心させるように、穏やかに。

「いいよ。だけど、だからこそ。僕もまた、きみに伝えないまま、僕の思うようにする。公平でしょう」

「よく、わかりません」

「うん」

彼が、私のくちびるにまた、口付けを落とす。
思えば、以前はくちびるに口付けをくれなかった。
今、こうして口付けを落としてくれるのは、彼なりに心境の変化があったのだろうか。
その理由が私には分からないけれど、私には得られないものだと思っていたから。

すごく、嬉しかった。

「んっ……」

彼の手が、ネグリジェの間に深くもぐり、足の間に触れる。

「触るね」

「ぁっ……あ、のリュアンダル、殿下」

「なに?先に言っておくけど、やめないよ。きみが、望んでも」

私は首を横に振る。
彼は、私が彼を拒否するように見えているのだろうか。

「違います。……は、恥ずかしくて」

「…………」

彼の手が、止まる。
どうしたのかと顔を上げると、彼はきょとんとしていた。
驚いているように見える。
だけど、私と視線が合うと、彼は我に返ったようだった。

「あ、ああ。うん、そっか」

今になって思い当たった、というような反応だ。
つい先日まで、私は男を知らない身体だったのだ。
この行為に羞恥心を覚えているのは当然だと思う。
私は顔を横に向けた。
少しでも、この恥ずかしさが消えれば、と願って。

「……そっか。そう、だね、うん」

彼はひとり悩んでいたようだったけど、ふと私から離れると、ベッド横のサイドチェストに向かった。
そして、引き出しを開け、なにか手に取っている。

「……殿下?」

体を起こして待てばいいのか、それとも横になったままか。
寝て待つのは、ずいぶん間抜けなように感じて体を起こそうとしたところで、くるりとリュアンダル殿下がこちらに振り返る。

その手には──白の、ハンドタオル。

「恥ずかしいなら、視界を覆ってしまえばいいと思って」

「え……?」

「それに僕も、したいと思ったんだ」

何を……?
戸惑う私に近付くと、また彼が私の上に乗り上げた。

「こうして」

彼が、私の手を掴んで、手首をそろえる。
そして、ずいぶんと慣れた仕草で──私の手を、ハンドタオルで縛ってしまった。
困惑して、リュアンダル殿下を見た。

「次に、目だね。見えないなら、きみも少しは恥ずかしさが軽減されるんじゃないかな」

「え?わ、私の視界を覆うのですか?それはちょっと……」

「嫌?」

「…………」

リュアンダル殿下の言葉に、僅かに悩む。
視界を隠せば、ほんとうに羞恥心は軽減されるのだろうか。
考え込んだ私の返答を待つことなく、リュアンダル殿下がするりと、私の目元をハンドタオルで覆ってしまう。

「!」

「よし、これでいいね。どう?シュネイリア」

「何も見えなくて……」

「怖い?」

頷いて答える。
髪が揺れた。
彼が、髪の先に触れているようだ。

「これはいいね。こうしていれば、きみは逃げられない」

「……私は、殿下から逃げるつもりはありません」

「そうかな。ほんとうに?」

「はい」

「……嘘つき」

「っきゃ……!」

突然、耳に温いものが触れる。
それが彼の舌であることに気が付き、ちいさな悲鳴がこぼれた。
彼は、そのまま私の上に伸し掛るような体勢で耳朶を食んだ。

「あっ……や、ぁっ!」

「そうやって、きみは自分の本心を隠すんでしょう。そうやって隠されるとね……僕がどう思うか、きみにわかる?」

「わか、っあ!」

視界を奪われる。
それが、どういうものか具体的にわからなかった。
しかし今、私は身をもってそれを知ることになった。
見えないから、彼が何をしようとしているのか、わからない。
全ての感覚が突然に訪れて、驚いてしまう。
彼はそのまま耳朶に口付けて、頬にくちびるを寄せると、私の首に吸い付いた。

「っ……!っ……!」

「こうやってね、全てを……全部を、暴きたくなってしまう。だから、あまり僕に隠さないで。ひどいことはされたくないでしょう」

ぴり、と高い音が聞こえた。
布の裂ける音だと気がついて、彼がネグリジェの胸元を裂いていることを知る。
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