〈完結〉【電子書籍化・取り下げ予定】私はあなたのヒロインにはなれない。

ごろごろみかん。

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じわじわと壊れてゆく

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夜会も終わり、私は王太子妃の寝室の窓辺の前に立っていた。
窓の外にはロザリス湖が広がっている。
月光を受けて、湖面は淡く光っているように見える。

あの後、私はリュアンダル殿下とダンスを踊った。
彼とは、当たり障りのない話をした。
取り留めのない、他愛のない、社交辞令のような言葉を交わした。
ただ、それだけ。
夜会を終えると、彼は私をエスコートして、部屋まで送ってくれた。
今まで、誰よりも、何よりも、無条件に信頼を寄せていた彼の前で、こんなにこころが強ばることはなかった。
だけどその時の私は、誰を前にするよりも緊張していた。

リュアンダル殿下の、真意がわからない。
彼が何を考えているのか、私にはわからない。
道標を失ってしまったかのようだった。

『それじゃあ、また後で』

リュアンダル殿下は、私を王太子妃の私室まで送るとその言葉を残した。
彼はこの後、寝室を訪れるのだろう。

現実味はあまりない。

まるで、夢のようで。
触れれば割れる、淡い泡沫のようで。

何が真実で、何が偽りなのか、もう私にはわからない。
今になって、あの予知がほんとうに予知夢だったのかすら分からなくなって来た。

膠着状態だ。
身動きが取れない。

窓ガラスに映る私は、どこかぼんやりとしているように見えた。
ミャーラルに、不安そう、といわれたとおりだ。
窓ガラスに触れれば、冷たい感触がてのひらに伝わった。

「そうしていると、きみは神秘に満ちた妖精みたいだ。月光に溶けて、淡く消えてしまいそう」

「……!!」

突然部屋に声が響いて、反射的に肩が跳ねる。
そのまま振り返ると、紺の寝着を纏ったリュアンダル殿下がいた。

(いつの間に……)

息を呑む私に、彼は私の言いたいことが分かったのだろう。
苦笑して、背後を振り返ると扉を指し示す。

「ノックはしたんだけど。物思いの邪魔をしてしまったかな」

「…………そんなことは」

「構わないよ。押しかけてしまったのは僕だし。メイドにハーブティーを用意させた。きみも飲むでしょう?」

「……はい。いただきます」

いつの間にか、寝室にはワゴンも用意されていた。
ほんとうに私は気が付かなかったようだ。
ワゴンにはティーカップと、湯気の立つポットが置かれていた。蓋の閉められた小瓶もいくつかある。
ふと、メイドの姿を探すが退室しているようだった。

「メイドを呼びます」

「どうして?」

「……私では、あいにく殿下のお口に合うお茶は淹れられません」

私が言うと、リュアンダル殿下は初めてそのことに気がついたように瞳を瞬いた。
その仕草は、どこか幼くて、昔の恋心を想起させる。

「ああ、それ。そのことなら気にしなくていいよ。メイドほどじゃないけど、僕もそれなりに淹れられる。執務室では基本的に自分で淹れているんだよ」

「殿下がご自身で淹れられるのですか?」

「まあね」

彼は呟くように答えると、ワゴンからティーセットを取った。

「私が」

「いいから、シュネイリアは座っていて」

ワゴンに向こうとすると、それを制される。
彼が示すのは、カウチソファだ。

いつも淹れていると言っていたとおり、彼の手つきは慣れているように見える。
少なくとも、私よりはずっと上手だろう。
彼はティーポットとカップをローテーブルに置くと、小瓶の蓋を開けた。
ぽん、と軽快な音がする。

彼がハーブティーを淹れている間は、どうしても時間を持て余してしまう。
リュアンダル殿下が動いて私は座っている、というこの状況に慣れない。落ち着かない。
いたたまれずにいると、彼が静かな声で私に話しかけた。

「ねえ、シュネイリア」

「……はい」

「きみは昔、雨と晴れ、どちらが好きか僕に尋ねたよね?」

「…………へ」

思わぬ言葉に、間の抜けた声が出る。
咄嗟に口元を手で覆うと、ちら、と私を見たリュアンダル殿下が薄く笑った。

「あの時の回答を今、もう一度してもいいかな」

「……幼い頃の、無知からくる発言です。お忘れください」

当時のことを思い出すと、あまりの無知加減に我ながら身震いする。
彼と会った時、私はまだ世界を知らなかった。
自分はただ、自分であって、ほかの何者でもないとおもっていた。
そんなことはないのに。
私は、生まれながらにヴァネッサ公爵家の娘であり、三大公爵家の一員であり、社交界に身を置く貴族なのだ。
それを知らずに好き勝手に発言していたことを思うと、目眩がする思いだった。
リュアンダル殿下は、落ち着いた声を出した。

「そう?僕は忘れないよ。僕は雨も晴れもあまり好きじゃないかな。いや、どちらでもいい。好きでも嫌いでもない」

「そう、ですか」

彼の発言の意図が読めなかった。
かたん、と微かな音がして、ティーセットと一緒に並べられた砂時計がひっくり返された。

それを終えると、彼は私の隣に腰かける。

「僕が好きなのは、曇りだよ」

「……はい」

「きみの髪の色に、似ているから」

息が、止まるかと思った。

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