〈完結〉【電子書籍化・取り下げ予定】私はあなたのヒロインにはなれない。

ごろごろみかん。

文字の大きさ
上 下
45 / 71

もう、わからない

しおりを挟む

従僕に案内され、ミレーゼの元に行く。
彼女は私を見ると、ぱっとその大きなオリーブの瞳を輝かせた。

「ごきげんよう、ミレーゼ」

「シュネイリア様!今宵の夜会もいちだんと美しくいらっしゃいますわね」

周囲を気にしているのだろう。
彼女は畏まった口調で私に話しかけた。
ミレーゼは、周囲を取り囲んでいた令嬢たちに何言か声をかけると、するりとその輪から抜け出した。
通りかかった従僕からグラスをふたつ受け取り、そのひとつを、私に手渡してくる。
そしてふと、彼女はなにかに気がついたようにダンスホールに視線を向けた。

「……あら。なるほどね。今宵の騎士ナイトは私というわけね?」

どうやら、周囲の注目をさらって踊るリュアンダル殿下とファラビア王女を見て、色々と悟ったようだった。
話が早いのは助かるが、いくら何でも鋭すぎる。
私は苦笑した。

「お邪魔してしまったかしら。ごめんなさいね」

「いーえ?つまらないやり取りに飽き飽きしていたところなの。どうにか抜けられないものかと画策していたのよ。あなたが話しかけてくれて助かったわ。リュアンダル殿下のご采配に感謝ね」

茶目っ気交じりに彼女は言うと、開放されたテラスの手前で立ち止まった。
大きく開け放たれた扉の向こうに、人影がぽつぽつと見える。逢い引きをしている恋人たちだろうか。
私たちは、夜空を背にする形で、互いにグラスを軽く掲げた。

「あなたが幸せそうで何よりだわ。周囲の重圧に苦しんでいるかもと心配していたのだけど……」

「重圧?」

首を傾げると、ミレーゼは眉を寄せた。

「……あら?もしかして、それが誤りだったのかしら」

ミレーゼの話す言葉は意図が読めない。

「ミレーゼ、私にもわかるように話して」

「そうね。あなたが知らないとは思わなかったの。……ええと、あなたとリュアンダル殿下のご婚約期間が早められたのは、私達も既に知っているのよ。公に周知されたものね。その理由も、含めて」

「…………」

ミレーゼはどう思っただろうか。
私とリュアンダル殿下の婚約期間が短縮されたのは、婚前交渉が理由だ。
先日、月のものが訪れたので結婚式とほど変わらずに出産、という状況は避けられたように思う。
だけど、そもそも婚前交渉を行ってしまったこと自体が問題なのだ。
特に、リュアンダル殿下は王族なのだから。
ミレーゼはちらりと周囲に視線を向けると、さらに声を潜めた。

「……シュネイリア、あなたにどう伝わっているかは分からないけど、王家は世継ぎの誕生を急がせるために婚約期間を短くした、と発表したのよ。つまり、次の次の代──リュアンダル殿下の血を引く子を早く産むようあなたに求めていると宣言したも同然なの」

「え……?」

ミレーゼの言葉に、私は動揺した。
ミレーゼは心配そうに私を見ている。

私とリュアンダル殿下の婚前交渉は公にはなっていない……?
王家は、その事実を隠蔽するつもりなのだ。

ミレーゼは顎に指先を当てると、短く唸った。

「長年のしきたりを王家が破ったってことは、相当にまずい状況なのよ。少なくとも社交界の人間はそう勘ぐってしまうわね。それもあって、世継ぎの子を産むのは何も王太子妃だけでなくてもいいでしょ!と言わんばかりに第二妃や妾を狙う令嬢も多くいるし……」

ちら、とミレーゼは私を見た。
そのシトリンによく似た瞳は、私を案じているようだった。

「だから、早く子を成さなければならないという重圧にあなたが苦しんでいるのでは、と思ったのよ。……でも、そうでないなら良かったわ。さすが、リュアンダル殿下ね」

「…………」

「シュネイリア?どうかした?」

ミレーゼに呼びかけられて、ハッと我に返る。

つまり、王家は、王家の抱える問題のためにこの婚約を短縮したと社交界に公表したのだ。
実際の事実とは、異なるというのに。

動揺に息を飲む。
戸惑いと驚愕に、思考がまとまらない。
それに、いや、それ以上に。
王家の継承問題に触れるということは、国王陛下ならびに王妃陛下への批判にも繋がる。

事実のみを羅列するのであれば、現状の世継ぎ問題を生み出してしまったのは、国王陛下ご夫妻だ。

子は女神様からの授かりもの。
意図的に子を成すことは叶わない。
それは周知の事実だが、だからといって、子を産まなかったことが許される世界でもない。

王妃陛下は、リュアンダル殿下しか子を産めなかったことを痛烈に批判されたと聞く。
王妃陛下以外に妃を娶らず、妾も持たなかった国王陛下も同様に貴族から批判されたと聞くが、その声は王妃陛下ほどではなかったようだ。
もともと、王妃陛下がリュアンダル殿下以外にも男子を産めればそれで済んだ話なのだ、と彼らは考えたようだった。
ひとの心を容易く壊す残酷さだ。
だけど、それが社交界であり、ヴィーリアの貴族社会であることを、私は既に知っている。

今はリュアンダル殿下が成人を迎え、王太子として責務を果たされているからか、その声はずいぶん少なくなったようだ。
それでも未だ、ぜろではない。

静かな悪意に苛まれた王妃陛下はとても辛かったはず。
それは、私の想像を絶するものだろう。
子がひとりしか生まれず、王妃の責務を果たしていないと自身を罵る、声なき声が常に聞こえてくるのだから。
私は想像することしかできないが、それでもその環境がいかに悪意に満ちたものかは、分かる気がした。
王妃陛下が病弱な理由は、産後の肥立ちが悪かったのに加え、そういった心労もひとつの原因なのではないだろうか。

国王ご夫妻の過去を思うと、世継ぎ問題のためにリュアンダル殿下と私の婚約期間を短縮すると発表したのは、とても辛いことだったはずだ。
それなのに、発表した。
私とリュアンダル殿下の醜聞を公にしないために。

「ミレーゼ、あのね……。…………」

私は、言おうとした。
婚約期間を短縮したのは、王家の世継ぎ問題のためではない。
私とリュアンダル殿下が婚前交渉を行ってしまったからだ。
考えるよりも先に言葉が零れ、だけどすぐに気がついた。

王家が、隠そうとした事実だ。
婚前交渉という事実を隠し、王家のタブーとも言われる世継ぎ問題に王家自身が言及した。
その気遣いを、無駄にしてはならない。
私が真実を口にすれば、王家の思いやりを蔑ろにすることになる。

私に呼びかけられたミレーゼが、不思議そうに首を傾げた。

「……どうかした?何だか今日のシュネイリアは、不安そうな顔をしているわ。迷子の子供みたい……」

「…………」

ミレーゼの言葉は、正しいように感じた。
今の私は、もう、どう動けばいいかわからない。

私は何をしたいのか。
何をすればいいのかも。

灯火を失った暗闇にひとり放り込まれたように、歩む先が分からない。
道が、見えないのだ。

ふと、視線の先に水色の長髪が見えた。

……ミャーラルだ。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

【完結】さよならのかわりに

たろ
恋愛
大好きな婚約者に最後のプレゼントを用意した。それは婚約解消すること。 だからわたしは悪女になります。 彼を自由にさせてあげたかった。 彼には愛する人と幸せになって欲しかった。 わたくしのことなど忘れて欲しかった。 だってわたくしはもうすぐ死ぬのだから。 さよならのかわりに……

【完結】彼の瞳に映るのは  

たろ
恋愛
 今夜も彼はわたしをエスコートして夜会へと参加する。  優しく見つめる彼の瞳にはわたしが映っているのに、何故かわたしの心は何も感じない。  そしてファーストダンスを踊ると彼はそっとわたしのそばからいなくなる。  わたしはまた一人で佇む。彼は守るべき存在の元へと行ってしまう。 ★ 短編から長編へ変更しました。

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。 幼馴染に婚約者を奪われたのだ。 レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。 「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」 「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」 誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。 けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。 レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。 心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。 強く気高く冷酷に。 裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。 ☆完結しました。ありがとうございました!☆ (ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在)) (ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9)) (ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在)) (ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

処理中です...