〈完結〉【電子書籍化・取り下げ予定】私はあなたのヒロインにはなれない。

ごろごろみかん。

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不足しているもの

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「シュネイリア様」

「……痛みはどれほどですか?少し、失礼しますね」

近衛騎士に見えないようにドレスの裾に手を差し入れる。
王女相手に、とんでもない非礼を働いている自覚はあるが、怪我をしているのだ。
放置は危険だと判断した。
状態が分からないが、もし腫れて熱を持っているようなら、すぐに冷やした方がいい。
絹の靴下に覆われた足首に触れると、ファラビア王女が息を詰めた。
触れると、少し腫れているような感覚があった。
挫いてしまったのだろうか。熱を持っているようだった。
歩けてはいたようだから、骨は折れていないはずだ。

「……氷嚢を当てますね。痛みますか?」

ドレスの裾から氷嚢を差し入れると、彼女はくちびるをくっと引き結んだ。
そしてゆっくりと横に振る。
我慢しているのだとすぐにわかる顔だ。

「痛い時は痛いと仰ってください。我慢は良くありません。大丈夫です、聞いているのは私だけですから」

「…………」

「この後、ダンスがあります。欠席なさいますか?」

尋ねると、ファラビア王女は驚いたように目を見開いた。
そして、痛みを覚えたように勢いよく首を横に振る。

そう答えるだろうな、とは思っていた。
私は、氷嚢を押す手をそのままに、彼女に言う。

「では侍医を呼びましょう。今ここで無理をして、ダンスの時間に倒れでもしたら大変です。今、適切な処置をするべきです。内密に呼び出しますので、人の口にも登りません」

「……ですが」

「王女殿下は、たいへん聡明でいらっしゃいます。そのお年で、王族としての自覚を持ち、足の痛みを堪え、王女として振る舞おうとしていらっしゃる。たいへんご立派なことです。他国の、貴族に過ぎない私ではございますが、殿下のお姿には感銘を受けました。王族とはかくあるべき、という姿を見せていただいたような気がいたします」

褒め倒しの私に違和感を覚えたのか、ファラビア王女は困ったような顔をした。

「……シュネイリア様は、稀有な能力をふたつも兼ね揃えていると聞きました。どうしてそこまで私を褒めてくださるの?」

彼女の言葉に、そういえば、マーセルにも特異な能力を持つひとがいるのだったな、と思い出した。
マーセルではその能力を【祈術きじゅつ】と呼んでいるのだったか。
ヴィーリアのほとんどの人間は、誰が祈術を持っているのか、そもそも祈術がどういったものかもよくわかっていない。
マーセルはあまり祈術に纏わることを詳らかにしていないからだ。
さすがにヴィーリアの王家は把握しているだろうが、大半の国民はふんわりとしか知らないだろう。私もあまり詳しいとは言えない。
私はファラビア王女への返答に迷いながらも、言葉を探した。

「……能力の有無は、確かに他者からの評価に関わってくるのでしょう。ですが、ひとの評価は能力の有無だけで変わるものとは思いません。能力と、人間性。両方揃って初めて評価に値するのです。それまでは、未熟で、まだ、成長過程にあるというだけの話。評価は、あとから付いてくるものです。後から、自ずと、自然と、ついてくる。……私もまだ、成長過程にあり、未熟の身の上です。精進しないといけませんね」

苦笑すると、彼女は眉を寄せ、苦悩の表情を見せた。

「…………私は──」

ファラビア王女が何かを言いかけた時、ふと背後から声がかかった。

「ご歓談中、恐れ入ります。ご令嬢、侍医を呼ぶなら私が手配いたします」

驚いて背後を振り向くと、そこにいたのはマーセルの近衛騎士だった。
いつの間に近づいていたのか全く気が付かなかった。ヴィーリアの近衛騎士に睨まれているが、彼は全く気にしている様子はない。
私はその言葉にほんの少し戸惑ったが、彼に提案を断った。

「……いいえ。私が侍医を呼ぶことにします。マーセルの近衛騎士であるあなたが侍医を呼ぶとなると、不要な噂を招いてしまう恐れがありますでしょう?」

「…………」

彼はなにか言いたげな顔をしたが、頷いて引き下がった。
ふたたびファラビア王女に視線を向けると、彼女はくちびるを引き結び、黙っていた。
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