42 / 71
不足しているもの
しおりを挟む
「シュネイリア様」
「……痛みはどれほどですか?少し、失礼しますね」
近衛騎士に見えないようにドレスの裾に手を差し入れる。
王女相手に、とんでもない非礼を働いている自覚はあるが、怪我をしているのだ。
放置は危険だと判断した。
状態が分からないが、もし腫れて熱を持っているようなら、すぐに冷やした方がいい。
絹の靴下に覆われた足首に触れると、ファラビア王女が息を詰めた。
触れると、少し腫れているような感覚があった。
挫いてしまったのだろうか。熱を持っているようだった。
歩けてはいたようだから、骨は折れていないはずだ。
「……氷嚢を当てますね。痛みますか?」
ドレスの裾から氷嚢を差し入れると、彼女はくちびるをくっと引き結んだ。
そしてゆっくりと横に振る。
我慢しているのだとすぐにわかる顔だ。
「痛い時は痛いと仰ってください。我慢は良くありません。大丈夫です、聞いているのは私だけですから」
「…………」
「この後、ダンスがあります。欠席なさいますか?」
尋ねると、ファラビア王女は驚いたように目を見開いた。
そして、痛みを覚えたように勢いよく首を横に振る。
そう答えるだろうな、とは思っていた。
私は、氷嚢を押す手をそのままに、彼女に言う。
「では侍医を呼びましょう。今ここで無理をして、ダンスの時間に倒れでもしたら大変です。今、適切な処置をするべきです。内密に呼び出しますので、人の口にも登りません」
「……ですが」
「王女殿下は、たいへん聡明でいらっしゃいます。そのお年で、王族としての自覚を持ち、足の痛みを堪え、王女として振る舞おうとしていらっしゃる。たいへんご立派なことです。他国の、貴族に過ぎない私ではございますが、殿下のお姿には感銘を受けました。王族とはかくあるべき、という姿を見せていただいたような気がいたします」
褒め倒しの私に違和感を覚えたのか、ファラビア王女は困ったような顔をした。
「……シュネイリア様は、稀有な能力をふたつも兼ね揃えていると聞きました。どうしてそこまで私を褒めてくださるの?」
彼女の言葉に、そういえば、マーセルにも特異な能力を持つひとがいるのだったな、と思い出した。
マーセルではその能力を【祈術】と呼んでいるのだったか。
ヴィーリアのほとんどの人間は、誰が祈術を持っているのか、そもそも祈術がどういったものかもよくわかっていない。
マーセルはあまり祈術に纏わることを詳らかにしていないからだ。
さすがにヴィーリアの王家は把握しているだろうが、大半の国民はふんわりとしか知らないだろう。私もあまり詳しいとは言えない。
私はファラビア王女への返答に迷いながらも、言葉を探した。
「……能力の有無は、確かに他者からの評価に関わってくるのでしょう。ですが、ひとの評価は能力の有無だけで変わるものとは思いません。能力と、人間性。両方揃って初めて評価に値するのです。それまでは、未熟で、まだ、成長過程にあるというだけの話。評価は、あとから付いてくるものです。後から、自ずと、自然と、ついてくる。……私もまだ、成長過程にあり、未熟の身の上です。精進しないといけませんね」
苦笑すると、彼女は眉を寄せ、苦悩の表情を見せた。
「…………私は──」
ファラビア王女が何かを言いかけた時、ふと背後から声がかかった。
「ご歓談中、恐れ入ります。ご令嬢、侍医を呼ぶなら私が手配いたします」
驚いて背後を振り向くと、そこにいたのはマーセルの近衛騎士だった。
いつの間に近づいていたのか全く気が付かなかった。ヴィーリアの近衛騎士に睨まれているが、彼は全く気にしている様子はない。
私はその言葉にほんの少し戸惑ったが、彼に提案を断った。
「……いいえ。私が侍医を呼ぶことにします。マーセルの近衛騎士であるあなたが侍医を呼ぶとなると、不要な噂を招いてしまう恐れがありますでしょう?」
「…………」
彼はなにか言いたげな顔をしたが、頷いて引き下がった。
ふたたびファラビア王女に視線を向けると、彼女はくちびるを引き結び、黙っていた。
「……痛みはどれほどですか?少し、失礼しますね」
近衛騎士に見えないようにドレスの裾に手を差し入れる。
王女相手に、とんでもない非礼を働いている自覚はあるが、怪我をしているのだ。
放置は危険だと判断した。
状態が分からないが、もし腫れて熱を持っているようなら、すぐに冷やした方がいい。
絹の靴下に覆われた足首に触れると、ファラビア王女が息を詰めた。
触れると、少し腫れているような感覚があった。
挫いてしまったのだろうか。熱を持っているようだった。
歩けてはいたようだから、骨は折れていないはずだ。
「……氷嚢を当てますね。痛みますか?」
ドレスの裾から氷嚢を差し入れると、彼女はくちびるをくっと引き結んだ。
そしてゆっくりと横に振る。
我慢しているのだとすぐにわかる顔だ。
「痛い時は痛いと仰ってください。我慢は良くありません。大丈夫です、聞いているのは私だけですから」
「…………」
「この後、ダンスがあります。欠席なさいますか?」
尋ねると、ファラビア王女は驚いたように目を見開いた。
そして、痛みを覚えたように勢いよく首を横に振る。
そう答えるだろうな、とは思っていた。
私は、氷嚢を押す手をそのままに、彼女に言う。
「では侍医を呼びましょう。今ここで無理をして、ダンスの時間に倒れでもしたら大変です。今、適切な処置をするべきです。内密に呼び出しますので、人の口にも登りません」
「……ですが」
「王女殿下は、たいへん聡明でいらっしゃいます。そのお年で、王族としての自覚を持ち、足の痛みを堪え、王女として振る舞おうとしていらっしゃる。たいへんご立派なことです。他国の、貴族に過ぎない私ではございますが、殿下のお姿には感銘を受けました。王族とはかくあるべき、という姿を見せていただいたような気がいたします」
褒め倒しの私に違和感を覚えたのか、ファラビア王女は困ったような顔をした。
「……シュネイリア様は、稀有な能力をふたつも兼ね揃えていると聞きました。どうしてそこまで私を褒めてくださるの?」
彼女の言葉に、そういえば、マーセルにも特異な能力を持つひとがいるのだったな、と思い出した。
マーセルではその能力を【祈術】と呼んでいるのだったか。
ヴィーリアのほとんどの人間は、誰が祈術を持っているのか、そもそも祈術がどういったものかもよくわかっていない。
マーセルはあまり祈術に纏わることを詳らかにしていないからだ。
さすがにヴィーリアの王家は把握しているだろうが、大半の国民はふんわりとしか知らないだろう。私もあまり詳しいとは言えない。
私はファラビア王女への返答に迷いながらも、言葉を探した。
「……能力の有無は、確かに他者からの評価に関わってくるのでしょう。ですが、ひとの評価は能力の有無だけで変わるものとは思いません。能力と、人間性。両方揃って初めて評価に値するのです。それまでは、未熟で、まだ、成長過程にあるというだけの話。評価は、あとから付いてくるものです。後から、自ずと、自然と、ついてくる。……私もまだ、成長過程にあり、未熟の身の上です。精進しないといけませんね」
苦笑すると、彼女は眉を寄せ、苦悩の表情を見せた。
「…………私は──」
ファラビア王女が何かを言いかけた時、ふと背後から声がかかった。
「ご歓談中、恐れ入ります。ご令嬢、侍医を呼ぶなら私が手配いたします」
驚いて背後を振り向くと、そこにいたのはマーセルの近衛騎士だった。
いつの間に近づいていたのか全く気が付かなかった。ヴィーリアの近衛騎士に睨まれているが、彼は全く気にしている様子はない。
私はその言葉にほんの少し戸惑ったが、彼に提案を断った。
「……いいえ。私が侍医を呼ぶことにします。マーセルの近衛騎士であるあなたが侍医を呼ぶとなると、不要な噂を招いてしまう恐れがありますでしょう?」
「…………」
彼はなにか言いたげな顔をしたが、頷いて引き下がった。
ふたたびファラビア王女に視線を向けると、彼女はくちびるを引き結び、黙っていた。
331
お気に入りに追加
1,392
あなたにおすすめの小説

【完結】大好きな幼馴染には愛している人がいるようです。だからわたしは頑張って仕事に生きようと思います。
たろ
恋愛
幼馴染のロード。
学校を卒業してロードは村から街へ。
街の警備隊の騎士になり、気がつけば人気者に。
ダリアは大好きなロードの近くにいたくて街に出て子爵家のメイドとして働き出した。
なかなか会うことはなくても同じ街にいるだけでも幸せだと思っていた。いつかは終わらせないといけない片思い。
ロードが恋人を作るまで、夢を見ていようと思っていたのに……何故か自分がロードの恋人になってしまった。
それも女避けのための(仮)の恋人に。
そしてとうとうロードには愛する女性が現れた。
ダリアは、静かに身を引く決意をして………
★ 短編から長編に変更させていただきます。
すみません。いつものように話が長くなってしまいました。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。
かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。
ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。
二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

【完結】愛してました、たぶん
たろ
恋愛
「愛してる」
「わたしも貴方を愛しているわ」
・・・・・
「もう少し我慢してくれ。シャノンとは別れるつもりだ」
「いつまで待っていればいいの?」
二人は、人影の少ない庭園のベンチで抱き合いながら、激しいキスをしていた。
木陰から隠れて覗いていたのは男の妻であるシャノン。
抱き合っていた女性アイリスは、シャノンの幼馴染で幼少期からお互いの家を行き来するぐらい仲の良い親友だった。
夫のラウルとシャノンは、政略結婚ではあったが、穏やかに新婚生活を過ごしていたつもりだった。
そんな二人が夜会の最中に、人気の少ない庭園で抱き合っていたのだ。
大切な二人を失って邸を出て行くことにしたシャノンはみんなに支えられてなんとか頑張って生きていく予定。
「愛してる」
「わたしも貴方を愛しているわ」
・・・・・
「もう少し我慢してくれ。シャノンとは別れるつもりだ」
「いつまで待っていればいいの?」
二人は、人影の少ない庭園のベンチで抱き合いながら、激しいキスをしていた。
木陰から隠れて覗いていたのは男の妻であるシャノン。
抱き合っていた女性アイリスは、シャノンの幼馴染で幼少期からお互いの家を行き来するぐらい仲の良い親友だった。
夫のラウルとシャノンは、政略結婚ではあったが、穏やかに新婚生活を過ごしていたつもりだった。
そんな二人が夜会の最中に、人気の少ない庭園で抱き合っていたのだ。
大切な二人を失って邸を出て行くことにしたシャノンはみんなに支えられてなんとか頑張って生きていく予定。

【完結】彼の瞳に映るのは
たろ
恋愛
今夜も彼はわたしをエスコートして夜会へと参加する。
優しく見つめる彼の瞳にはわたしが映っているのに、何故かわたしの心は何も感じない。
そしてファーストダンスを踊ると彼はそっとわたしのそばからいなくなる。
わたしはまた一人で佇む。彼は守るべき存在の元へと行ってしまう。
★ 短編から長編へ変更しました。

【完結】母になります。
たろ
恋愛
母親になった記憶はないのにわたしいつの間にか結婚して子供がいました。
この子、わたしの子供なの?
旦那様によく似ているし、もしかしたら、旦那様の隠し子なんじゃないのかしら?
ふふっ、でも、可愛いわよね?
わたしとお友達にならない?
事故で21歳から5年間の記憶を失くしたわたしは結婚したことも覚えていない。
ぶっきらぼうでムスッとした旦那様に愛情なんて湧かないわ!
だけど何故かこの3歳の男の子はとても可愛いの。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない
曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが──
「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」
戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。
そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……?
──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。
★小説家になろうさまでも公開中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる