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いずれ訪れる後悔、それは確実に
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愛のない夫婦。
だけど、きっと愛以外のものは、彼に捧げると伝えても、問題ないはずだ。
彼も、そのはずだから。
「私は、殿下を……リュアンダル殿下を、尊敬しています。殿下の御世に貢献できるよう、殿下のお役に立てるよう、励むつもりです」
「僕のことを嫌ってるのに、僕を尊敬しているんだ。シュネイリアは変わってるね」
「……敬愛しています」
愛している、は、言えないから。
代わりになる言葉を、私は選ぶ。
リュアンダル殿下は、薄い笑みを浮かべた。
嘲笑うかのような、皮肉げな笑みだった。
「敬愛、ね」
「……私にできることがあれば、仰ってください。この身を賭して、尽力いたします」
「……そう。それじゃあ、ひとつ、きみに命を出しておこうかな」
彼が、私の胸の上に指を置いた。
とん、と人差し指が私の心臓の上を指す。
戸惑いながらリュアンダル殿下を見ると、彼は柔らかい笑みを浮かべていた。
「まず、きみには僕の子を産んでもらう必要がある」
「──」
「あまり多すぎても王位継承争いを招きそうだから……そうだな。男子を三人ほど」
ひとりで、男子三人。
狙って産むことができるとも思えない。
くら、とめまいがした。
リュアンダル殿下はこう言っているのだ。
【僕を嫌っていても、子は産んでもらう】と。
王太子妃として、大切な役目だ。役割だ。
理解している。
それでも、男子三人は多すぎないか。
よっぽど壮健な体でなければ、男子を三人も産むのは難しいだろう。
先代の王妃陛下は、男子をふたり出産された。
ひとりは、今の国王陛下。もうひとりは、ヴァーゼルの亡き、お父君。
先代の国王は、ほかに妾や側妃を持っていた。
非嫡出子も含めると、結構な数の男子がいたようで、王位継承争いを激化させる要因となったのは聞き及んでいる。
だからこそ、リュアンダル殿下は私にのみ、産ませようとしているのだろう。
母の違う男子は、王位継承争いを激化させる要因に成り得る。
しかし、あからさまに行為を仄めかされて、私は絶句してしまった。
そもそも私は、近いうちに死ぬかもしれない運命なのだ。
子を宿したところで、無事に産めるか……。
言葉を無くす私を見て、リュアンダル殿下が薄く笑う。
失望の交じった笑みに、私は自身の沈黙が彼に誤解を招いていることに気がついた。
「嘘を真実にしてしまえばいい。先日の交わりで、きみが子を宿していないことがわかったら、またきみを抱くよ。シュネイリア。きみが、子を孕むまで」
「──」
彼のその言葉に、底知れない暗穴を見た気がして、足が震えた。
あれから私は、まだ月のものが訪れていない。
それが遅れているためか、それとも先日の交わりが実を結んだのかは、まだわからない。
すっ、と彼が瞳を細めた。
「きみは、王太子妃になるんでしょう。貴族の義務だと、理解しているはず」
「……殿下は、それで、よろしいのですか?」
「なにが?」
「私を……。私で、いいのですか」
彼は、私を女として見ていないはずだ。
それなのに、彼は私に子を産ませるという。
おそらく、王太子の義務として。
国王陛下の子がひとりということで、リュアンダル殿下は幼い頃から想像を絶するような重圧を受けて育った。
その肌ひとつ傷をつけないように、慎重すぎるほどに守られて、生きてきたのだ。
彼はそれを苦々しく思っていた。
十八になってなお、彼は城内の移動の際にも護衛をつけることを義務付けられていると聞く。
その苦い経験と記憶があるからこそ、男子は一人以上。出来れば、三人、と明確に言葉にしたのだろう。
王位継承者がひとりであることの重圧を、彼は知っているから。
「……殿下は、ほかに愛している女性はいないのですか」
だけどそれは、彼のこころを捨てる行為だ。
もし、私が近い未来に死ぬことなく、生き長らえることができたのなら。
私は、彼にとっての足枷となる。
私がいるから、彼は恋を知ることが出来ない。
彼は、恋をする自分を許さないだろう。
そして永遠に、その一生を義務に縛り付けて、生涯を終えるつもりなのだろう。
そんなの、そんなのは、あまりにも。
私の言葉に、リュアンダル殿下は怪訝に眉を寄せた。
そんな彼を見ていると、私はもっと言葉を尽くすべきだと思った。
来月には、マーセルの使節団がヴィーリアを訪問する。
マーセルの王女も表敬訪問に訪れることは既に知らされている。
私は、リュアンダル殿下の服を掴んだ。
冷たいミリタリーボタンの感触が、指に伝わる。
「リュアンダル殿下。殿下はもし、愛する女性が現れたらどうしますか?意図せず、恋におちてしまったらどうしますか。あなたはさっき仰った。こころは、なにものにも縛られないのだと。義務にも、法にも、立場にも縛られないのだと。では、思いがけないタイミングで、思いもしない相手を好きになってしまったらどうしますか」
「シュネイリア」
彼は、怒涛のようにまくしたてる私を制止するように、私を呼んだ。
だけど、私はさらに言葉を続けた。
今、言葉を止めたら、もう言えないと思った。
「きっとあなたは、悟られないようにするのでしょう。想いよりも義務を優先して、なかったことにする。だけど、こころは縛られない。あなたは、人知れず相手を想う気持ちを抱いて、それを愛おしみ、慈しみ、大切に大切に守るのでしょう。ですが、それでよろしいのですか。私と結婚し、私にのみ子を産ませるということは、そういうことです。いつか、あなたが愛するひとに出会い、そのひとに子を望んでも、それは果たされない。あなたは、未来のご自分を縛る発言をされている自覚がありますか?」
いつの間にか、彼の服の裾を強く握りしめていた。
引き寄せるようにして、私はリュアンダル殿下を見つめていた。
思えば、彼にこんなに、私の気持ちを伝えるのはずいぶん久しぶりのことだった。
王太子妃教育が進められ、立場や肩書きの重みを理解するようになってからは、私は自身の発言を意識的に減らしていた。
【私が】の意思は、王太子妃には不要なものだ。
王太子妃に必要なのは自主性よりも、王太子を支えること。
出しゃばるのではなく、殿下の心身に寄り添うことが重要視される。
だけど、今言わなければならないと思った。
彼が、蔑ろにしているものが何なのか。
いずれ後悔を呼ぶ発言なのかもしれないと思ったら、なおさら。
止められなかった。
「殿下は、国王陛下ただひとりのお子であり、王家唯一の直系の血を引く方でもあります。殿下ご自身が、いちばんその血の尊さを理解されているものだと、私は思っています。……ですが、だからといって、殿下ご自身の人生すべてを縛り付けるような真似は、どうかと思います」
「つまりきみは、いつか僕が、シュネイリアを妻にしたことを後悔する日が来る、と言いたいの」
だけど、きっと愛以外のものは、彼に捧げると伝えても、問題ないはずだ。
彼も、そのはずだから。
「私は、殿下を……リュアンダル殿下を、尊敬しています。殿下の御世に貢献できるよう、殿下のお役に立てるよう、励むつもりです」
「僕のことを嫌ってるのに、僕を尊敬しているんだ。シュネイリアは変わってるね」
「……敬愛しています」
愛している、は、言えないから。
代わりになる言葉を、私は選ぶ。
リュアンダル殿下は、薄い笑みを浮かべた。
嘲笑うかのような、皮肉げな笑みだった。
「敬愛、ね」
「……私にできることがあれば、仰ってください。この身を賭して、尽力いたします」
「……そう。それじゃあ、ひとつ、きみに命を出しておこうかな」
彼が、私の胸の上に指を置いた。
とん、と人差し指が私の心臓の上を指す。
戸惑いながらリュアンダル殿下を見ると、彼は柔らかい笑みを浮かべていた。
「まず、きみには僕の子を産んでもらう必要がある」
「──」
「あまり多すぎても王位継承争いを招きそうだから……そうだな。男子を三人ほど」
ひとりで、男子三人。
狙って産むことができるとも思えない。
くら、とめまいがした。
リュアンダル殿下はこう言っているのだ。
【僕を嫌っていても、子は産んでもらう】と。
王太子妃として、大切な役目だ。役割だ。
理解している。
それでも、男子三人は多すぎないか。
よっぽど壮健な体でなければ、男子を三人も産むのは難しいだろう。
先代の王妃陛下は、男子をふたり出産された。
ひとりは、今の国王陛下。もうひとりは、ヴァーゼルの亡き、お父君。
先代の国王は、ほかに妾や側妃を持っていた。
非嫡出子も含めると、結構な数の男子がいたようで、王位継承争いを激化させる要因となったのは聞き及んでいる。
だからこそ、リュアンダル殿下は私にのみ、産ませようとしているのだろう。
母の違う男子は、王位継承争いを激化させる要因に成り得る。
しかし、あからさまに行為を仄めかされて、私は絶句してしまった。
そもそも私は、近いうちに死ぬかもしれない運命なのだ。
子を宿したところで、無事に産めるか……。
言葉を無くす私を見て、リュアンダル殿下が薄く笑う。
失望の交じった笑みに、私は自身の沈黙が彼に誤解を招いていることに気がついた。
「嘘を真実にしてしまえばいい。先日の交わりで、きみが子を宿していないことがわかったら、またきみを抱くよ。シュネイリア。きみが、子を孕むまで」
「──」
彼のその言葉に、底知れない暗穴を見た気がして、足が震えた。
あれから私は、まだ月のものが訪れていない。
それが遅れているためか、それとも先日の交わりが実を結んだのかは、まだわからない。
すっ、と彼が瞳を細めた。
「きみは、王太子妃になるんでしょう。貴族の義務だと、理解しているはず」
「……殿下は、それで、よろしいのですか?」
「なにが?」
「私を……。私で、いいのですか」
彼は、私を女として見ていないはずだ。
それなのに、彼は私に子を産ませるという。
おそらく、王太子の義務として。
国王陛下の子がひとりということで、リュアンダル殿下は幼い頃から想像を絶するような重圧を受けて育った。
その肌ひとつ傷をつけないように、慎重すぎるほどに守られて、生きてきたのだ。
彼はそれを苦々しく思っていた。
十八になってなお、彼は城内の移動の際にも護衛をつけることを義務付けられていると聞く。
その苦い経験と記憶があるからこそ、男子は一人以上。出来れば、三人、と明確に言葉にしたのだろう。
王位継承者がひとりであることの重圧を、彼は知っているから。
「……殿下は、ほかに愛している女性はいないのですか」
だけどそれは、彼のこころを捨てる行為だ。
もし、私が近い未来に死ぬことなく、生き長らえることができたのなら。
私は、彼にとっての足枷となる。
私がいるから、彼は恋を知ることが出来ない。
彼は、恋をする自分を許さないだろう。
そして永遠に、その一生を義務に縛り付けて、生涯を終えるつもりなのだろう。
そんなの、そんなのは、あまりにも。
私の言葉に、リュアンダル殿下は怪訝に眉を寄せた。
そんな彼を見ていると、私はもっと言葉を尽くすべきだと思った。
来月には、マーセルの使節団がヴィーリアを訪問する。
マーセルの王女も表敬訪問に訪れることは既に知らされている。
私は、リュアンダル殿下の服を掴んだ。
冷たいミリタリーボタンの感触が、指に伝わる。
「リュアンダル殿下。殿下はもし、愛する女性が現れたらどうしますか?意図せず、恋におちてしまったらどうしますか。あなたはさっき仰った。こころは、なにものにも縛られないのだと。義務にも、法にも、立場にも縛られないのだと。では、思いがけないタイミングで、思いもしない相手を好きになってしまったらどうしますか」
「シュネイリア」
彼は、怒涛のようにまくしたてる私を制止するように、私を呼んだ。
だけど、私はさらに言葉を続けた。
今、言葉を止めたら、もう言えないと思った。
「きっとあなたは、悟られないようにするのでしょう。想いよりも義務を優先して、なかったことにする。だけど、こころは縛られない。あなたは、人知れず相手を想う気持ちを抱いて、それを愛おしみ、慈しみ、大切に大切に守るのでしょう。ですが、それでよろしいのですか。私と結婚し、私にのみ子を産ませるということは、そういうことです。いつか、あなたが愛するひとに出会い、そのひとに子を望んでも、それは果たされない。あなたは、未来のご自分を縛る発言をされている自覚がありますか?」
いつの間にか、彼の服の裾を強く握りしめていた。
引き寄せるようにして、私はリュアンダル殿下を見つめていた。
思えば、彼にこんなに、私の気持ちを伝えるのはずいぶん久しぶりのことだった。
王太子妃教育が進められ、立場や肩書きの重みを理解するようになってからは、私は自身の発言を意識的に減らしていた。
【私が】の意思は、王太子妃には不要なものだ。
王太子妃に必要なのは自主性よりも、王太子を支えること。
出しゃばるのではなく、殿下の心身に寄り添うことが重要視される。
だけど、今言わなければならないと思った。
彼が、蔑ろにしているものが何なのか。
いずれ後悔を呼ぶ発言なのかもしれないと思ったら、なおさら。
止められなかった。
「殿下は、国王陛下ただひとりのお子であり、王家唯一の直系の血を引く方でもあります。殿下ご自身が、いちばんその血の尊さを理解されているものだと、私は思っています。……ですが、だからといって、殿下ご自身の人生すべてを縛り付けるような真似は、どうかと思います」
「つまりきみは、いつか僕が、シュネイリアを妻にしたことを後悔する日が来る、と言いたいの」
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