〈完結〉【電子書籍化・取り下げ予定】私はあなたのヒロインにはなれない。

ごろごろみかん。

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幸せを求める結婚/守るための結婚

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「諦めて僕のもとに嫁いでおいで。大丈夫。きみのこころは、僕が守るよ。誰にも文句は言わせない。言ったでしょう。王家の直系不足は、ヴィーリア国存続の危機に直結しているんだ。もし、きみが僕の子を宿しているなら、祝福を受けることはあれど批判されることは無い。そんなやつがいたら、不敬罪で投獄してしまおうか」

「──」

「それに、偽りだったとしても、真実にしてしまえばいいんだよ」

ぼそ、とちいさく彼がつぶやく。
独り言のようなつぶやきは、私の耳まで届かない。

「え……」

「さて、シュネイリア。式なんだけどね、これは半年後に決まった。できれば年内が理想かな。もしきみが僕の子を宿しているなら、お腹が大きくなる前に式をあげたいからね。詳細の日程は少し調整するけど……秋、は難しいと思う。少し時期外れになってしまうけど、構わない?」

「で……殿下。お待ちください。結婚式は、初夏と決まっておりますでしょう?今代の国王陛下も、先代も、初夏に式を挙げられたと聞いております」

初夏は、神にもっとも祝福される季節シーズンとして知られている。代々ヴィーリア国の王族は、初夏に式を挙げている。
恐る恐る言う私に、リュアンダル殿下が優しく微笑んだ。

「そうだけど。やりようは色々あるよ」

「ですが」

「シュネイリアは何も心配しなくていいよ。大丈夫だから。僕が、きみの憂いを払ってあげる」

「…………」

私が心配しているのは、それではない。
私が不安に思っているのは、国民の、貴族の批判が、彼に集中しないか、ということ。
しきたりを無視するのは、王家の歴史を蔑ろにしているのに近い。
国民が、貴族が、ヴィーリアに誇りを持っていれば持っているほど、非難を受けるはずだ。
リュアンダル殿下が私の頬を撫でる。
彼の春の湖面のような瞳のなかに、不安そうに瞳を揺らす私が映る。

「……心配?」

「……殿下の治世に影響が出るのでは、と危惧しています」

「きみは僕のことばかり。少しは自分のことを気にした方がいい」

そうだろうか。
でも、王太子の婚約者であり、王家に仕える貴族である私が、彼を心配するのは理にかなっている。当然のことだ。
彼が、困ったように微笑を浮かべた。

「シュネイリア。きみは、昔はもっと、楽しそうに笑う子だったのに。どうして今は、貼り付けたように同じ笑みしか見せないの」

それは、問いかけというよりも、つぶやきのように聞こえた。
私は、彼の言葉に困惑する。
貼り付けたように同じ笑み、と言われても、自分では分からない。
淑女として、ふさわしい表情を浮かべている……と思うのだけど、もしかして不自然なのだろうか。困惑する私に、リュアンダル殿下がさらに言葉を続けた。

「……イベリスの花を、覚えてる?」

「え?あ……はい」

初夏に花をつける、イベリス。
今、ヴァネッサ公爵家でも満開を迎えている。
白の花弁が、重なるように幾重にも咲いている。
小ぶりだが、清廉で、可憐な花だ。
頷くと、彼もまた、はにかんだ。
私の長い髪を耳にかけ、彼が言う。

「十年前、僕はヴァネッサ公爵家で初めて見たんだ。きみに好きな花を尋ねられて……あの花が好きだと答えた。いちばん、目に留まったからだ」

「……はい」

彼と出会った時のことは、あまり鮮明に覚えていない。
ただ、立て板に水のごとく、鈍い反応しか示さない彼にひたすら話しかけたのを覚えている。
しかも、そのほとんどが他愛ない世間話で、今思うとあまりの非礼ぶりに背筋が凍る。
私が戸惑いながら頷くと、彼はなにかを思い出すように瞳を細めた。

「今思うと……僕は、あの花に魅せられたのではなく、きみに似ていると思ったから、あの花を指さしたのだと思う」

「イベリスに似ている……ですか?私が?」

確かに、イベリスの花は白だし、私の髪もまた、銀色で近い色合いではあるが、私の髪はくすんだ白だし、あんなに綺麗なオフホワイトではない。

「……うん。似ていたんだよ。きみと、あの花は」

「そう……ですか」

言葉を返しながら、自身の髪に視線を送る。
だけど、やはりあの花の色と似ているとは思えない。
戸惑っていると、彼が不意に、ソファから降りた。
どうしたのだろうと見ていると、彼は赤のシュールコーをはらい、私の足元に跪いた。
突然のことに驚いていると、私の手を、彼が取った。

そっと、彼の頭が伏せられる。
それを、私は息を呑んで見つめた。
まるで、時の流れが遅くなったかのように、ゆっくりと、彼は私の手の甲に口付けた。
やわらかな感触が、手の甲に触れる。
彼は、静かに口付けた後、顔を上げた。
リュアンダル殿下は、真摯な眼差しで私を見ている。
太陽の光が差し込むような、強い青空の瞳が私を射抜く。まるで、逸らすことを許さないかのような、強い瞳だ。

「僕と結婚してくれますか?」

「──」

私は、言葉を失った。
そもそも、結婚することは決まっているのだ。
婚約期間の短縮だって、彼が一方的に決めてしまった。
今更求婚なんて、何を考えているのだろう。

金髪の、王子様。
私の足に跪き、手の甲に口付け、求婚の言葉を口にする。
いつか見た、絵本のようだ、と思い、胸に痛みが走る。
あの絵本は、昔、とても好きだったはずなのに今は私に焦りしか呼び起こさない。
焦りと、切なさと、苦しみと、悲しさと。
様々な思いを呼び起こす根源ルーツにしかならない。
それが悲しかった。
 
リュアンダル殿下は、絵本の中の王子様のようだ。
いつか、幼い頃の私が夢見た王子様の姿そのまま。
胸に走る痛みを隠して、私は微笑んだ。

「……誠心誠意、お仕えいたします」

恋心を、隠して。
貴族としての、臣下としての、義務感や責任感で言葉を覆い、本心を偽った。
いずれ訪れるお別れの時に、苦しまないように。
何の憂いなく、お別れ、できるように。

「僕は、きみにも幸せになってほしい。きみの幸福を、僕が守りたいと思っている。この求婚は、その宣言でもあるんだ」

リュアンダル殿下は訳の分からないことを言った。
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