〈完結〉【電子書籍化・取り下げ予定】私はあなたのヒロインにはなれない。

ごろごろみかん。

文字の大きさ
上 下
11 / 71

試合に勝って、勝負に負ける

しおりを挟む
眠るのが、怖くなった。
予知夢なのか、ただの夢なのか、もう判断できる気がしない。
目が覚めて頭痛を覚えればそれは予知夢だが、雨が降ったり、風邪をひいていたりすると途端、どちらか分からなくなってしまうのだ。
それでも、夜になれば眠らなければならない。

浅い眠りばかりの日々が続いた。
幸い、あれ以来予知夢は見ていない。
そもそも夢自体を見なかった。

死ぬことは怖いし、恐ろしいが、彼のためになるならそれもまた構わないと思う。
そのどちらも、私の本心だ。
だけど私の死が彼の心の傷となってしまうなら、できる限り死を避けるべきだと思った。

あれから数日が経過して、私はひとつ、決意した。

今、この婚約を破棄することは出来ない。
この婚約を破棄すれば、私は助かるかもしれない。
だけど、婚約を破棄して、私というカードを失ったリュアンダル殿下は分からない。
私が助かる代わりに、彼が命を落とす可能性があるのだ。

だから私は決めた。
私は、無事十六歳を迎え、生き延びる。
何があって私が死ぬのかは分からないが──例え何があっても、命を落とすことだけは避けるよう、努めるつもりだ。
そして、無事に十六を迎えることが叶ったなら。
この婚約を、破棄してあげようと思った。

夢の中で、彼は言っていた。
彼の初恋は、私ではない、と。

夢を見た翌日、リュアンダル殿下に会った時、私は『あれは予知夢ではない』と言ったが、正直分からなかった。
雨が降っていたから、頭が痛かったのかもしれない。
もしかしたらあれはただの夢だったのかも。
そう思う一方で、あれは予知夢なのではと疑う自分もいた。
セカンド特性の【予知】の力は不完全で、未完成で、制御が利かない。
それを今、実感している。

愛のない結婚で彼を縛り付けたくはない。
私だけが彼を愛し、私に同じ気持ちを返せないと苦悩する彼を見たくない。

(……ううん、違うわ)

私は、ドレッサーの前に座りながら鏡の中を覗き込んだ。
そこには、魔物のように煌めいた深紅の瞳を持つ女が私を見ている。

私はただ、嫌なのだ。
私を愛さない彼を見るのも、私以外の娘に想いを寄せる彼を見ることも。
だから、この婚約を止めたいとそう思っている。

彼のため。
蓋を開けてみれば、私のためだ。

彼のためなんかじゃない。
私が、嫌だから。
私が、見たくないから。
知りたくないから。
彼がどんな女性を好んで、愛するひとにはどんな瞳を向けるのか、なんて。 

私は酷く自己中心的な理由で、自分の欲求を優先して、この婚約を破談に持ち込もうとしている。





すぐに【祝福の日】は訪れた。
肌のコンディションは最悪だ。

浅い眠りしか取れていないからだろう。
化粧筆を手に持ったメイドが悲壮な顔をしたので、私は自身の肌が荒れていることを悟った。

「お嬢様の染み知らずのお肌が……!こんなにも荒れていらっしゃる……!」

「ローリー、ごめんなさい。お化粧でどうにかできないかしら」

「おまかせください。しかし、どうなさったのですか?隈も酷いですわ。今まで、こんなことなかったじゃありませんか」

私より十個年上のローリーは、私が十歳の時からの付き合いだ。
悲愴に満ちた彼女を見て、私は苦笑した。

「夜中によく目が覚めてしまうの……。きっとそのせいね」

「本日から、安眠効果のあるハーブティーをご用意いたします。……それにしても、やはり顔色が優れませんわ。お医者様をお呼びしますか?」

ローリーの言葉に首を横にする。
今は、あまり眠りたくなかった。

「大丈夫よ。なんだか眠れないってだけで、日常生活に支障が出るほどのことでもないもの」

「そうですか……」

私は鏡の中の自分を見る。
ローリーはこの世の終わりと言わんばかりの顔をしていたが、私自身はそこまで酷いとは思わない。
隈も、以前ほどではない。
うすらと影を帯びているが、化粧で隠せる範囲内だろう。

ローリーにお願いして、いつもより濃いめに化粧を施してもらった。
白粉を叩けば、ずいぶん顔色はましになった。目の下の隈も。
リュアンダル殿下には以前気づかれてしまったが、今回は薄いし、化粧も濃いめに施している。彼にも気付かれることはないだろう。

私はそう思って席を立つ。

彼と事前に打ち合わせをして、お針子に作らせたドレスを見下ろす。

落ち着いた空色のマーメイドラインのドレス。
腰から足元にかけて、レースを使用しているためグラデーションカラーのように見える。
私は、容姿が銀の髪に赤い瞳なので、濃い色のドレスを着ると、ぶつかり合ってしまう。
なんと言っても、この赤い瞳。
これが、あまりに鮮やかすぎるのだ。

暗闇にあっても輝くのでは、と思うほどに煌々とした瞳。
強い色合いのドレスは、私には似合わない。
流行りのデザインに合わせたため、やはり胸元と肩は出ているが、以前リュアンダル殿下に助言されたとおり、薄手のレースで首元まで覆っている。首には、アクセントとして黒のリボンを。
白髪の私には、明るい色よりも暗い色の方が似合っている。
それも、リュアンダル殿下とは正反対。

鏡の前で自身の姿を一度確認してから、私はひとつ頷いた。
少なくとも、殿下の隣を歩いても問題ない程度には着飾れているはずだ。
銀の髪はサイドを残し、残りをアネモネの赤い花と共に編み上げている。瞳と同じ色の花は、浮くことなく容姿に馴染んでいるように思えた。

「お嬢様、王太子殿下がお待ちになっていらっしゃいますわ。公爵閣下がお出迎えされております」

「ありがとう。行くわ」

ローリーに声をかけられて、私は彼女の手を借りて部屋を出た。マーメイドラインのドレスは裾が長く、歩きにくい。人の手を借りなければうっかり転んでしまいそうだ。
私の手を掴み、先導するローリーが私を見てにこやかに笑った。

「お嬢様、とってもお綺麗ですよ。今日の会場の皆様方の視線をさらうこと、間違いなしですね」

「何言ってるの。他の方も同様に着飾っているはずだわ。私は他の方に比べて見劣りしていないか、浮いていないか、そればかりが不安だわ。……ほら、この瞳もあるし」

「何をおっしゃっているのですか。お嬢様のルビーのような瞳は、何者をも引き寄せる魅力があります。ご存知でしょう?ルビーは勝利を呼ぶ石として知られているのですよ。幸運の石です。ルビーに限りなく似ている瞳を持つお嬢様の幸先もまた、祝福に満ち溢れているはずですよ」

ローリーが訳知り顔で話す。
彼女は、頬に浮いたそばかすがチャーミングだ。
優しい彼女も話すと心のこわばりが解けていくように感じた。
私は彼女の気遣いに苦笑する。

「ありがとう。少し気が楽になったわ」

私の瞳が真実、勝利を呼ぶ石のルビーであったなら。
私はその石の言葉通りに勝つことは出来るのだろう。
勝って──そして、死ぬのかもしれない。
それを、ふと理解した。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

〖完結〗幼馴染みの王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。

藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。 何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。 同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。 もうやめる。 カイン様との婚約は解消する。 でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。 愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません! 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

処理中です...