〈完結〉【電子書籍化・取り下げ予定】私はあなたのヒロインにはなれない。

ごろごろみかん。

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十年後の膠着

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予知夢かそうでないかの違いは、目覚めてからの頭痛でわかる。
起き上がるのも苦労するほど、吐き気をもたらす頭痛は、間違いなく予知夢だ。
加えて、予知の特性の時は、必ず明晰夢を見る。夢の中でも自我があり、思考することが可能だった。

ある日、社交デビューを目前にした私が見たのは、私の未来に纏わるものだった。

夢の中で、私はとん、と足をついた。
手を開いたり閉じたりを繰り返し、自覚があることを知る。
つまりこれは、予知夢だ。
私はそっと、周りを見渡した。

ここは、ヴィーリア王国の首都ネガッサのデビリニア城のようだ。
デビリニア城は、王族が住まう、ヴィーリアでもっとも広大で美しく、華やかさを意識して造られた城。水上に建てられていることから、諸外国からは湖の城と呼ばれることが多い。
私が、夢の中でデビリニア城だと気が付いたのも、窓から見える景色が一面湖だったからだ。跳ね橋を下ろさなければ基本、デビリニア城から出ることも、入ることも叶わない。
美しさと防衛機能を兼ね揃えているのがデビリニア城の特徴だった。
ひとりの男性が窓辺に立っていた。
長い金の髪をひとつに束ね、彼は無心に窓の外を眺めているようだ。

予知夢の中では、私は幽霊のように誰にも存在を感知されなくなる。
足音もしなければ、気配も無いのだろう。
正しく、幽霊のようだ。

場面はまたすぐに変わった。
今度は、どこかの城か邸宅の廊下のようで、雑然としている。
恐らく、従僕やメイドが使用する通路だろう。
その脇で、メイド服に身を包んだ若い女性がふたり、声を潜めて何事か話している。

「すっかりおひとが変わってしまって……」

「ご婚約者の方が亡くなってもう十年が経つというのに、未だ新しい婚約者はいらっしゃらないし……」

「仕方ありませんわ。あの件に関して、いちばん心を痛めていらっしゃるのは陛下ですもの……」

あの、件?
夢はどんどん違う場面に展開していく。
こんなことは珍しくて、私は波に呑まれるようにして、その光景を見守った。

今度は、どこかの城のバルコニーのようだった。
時刻は夜のようで、場所は判然としなかったが、バルコニーの向こうに宵闇に溶ける湖が見えて、またデビリニア城だと悟った。
バルコニーの向こうでは、煌々とした灯りと賑やかなひとの話し声が聞こえてくる。どうやら、デビリニア城で夜会が開かれているようだ。バルコニーには、ひとりの女性が立っていた。その対面に、ひとりの青年が。

その青年は、三大公爵家の子息だった。
私も、面識がある。
彼は、女性を見てから星空に視線を向ける。
手に持ったグラスを軽く揺らすと、中に入った赤ワインが波立つ。

「……陛下は、あなたが嫌いなわけではありません」

彼は静かに言葉を紡いだ。

「ただ、未だ忘れられないのでしょう。……以前の婚約者である、シュネイリアを」

自分の名が出たことに、驚いた。
女性も、心細そうに私の名を繰り返す。

「シュネイリア……?」

彼女が僅かに首を傾げ、月光がその頬を照らす。
美しい女性ひとだった。
彼女は不安そうに青い瞳を彼に向けていた。
艶やかな黒髪は、宵闇に溶けて消えそうだ。
彼女の顔に、見覚えはなかった。恐らく、この国の貴族ではない。
向き合う彼は、頷いて答える。
その仕草に、彼が手に持ったグラスが少しゆれ、また中の赤ワインが波立つ。

「彼女は、今から十年前に亡くなりました」

「──」

息を呑んだのは、私か、彼女か。

「享年十六歳。……彼女の特性を考えるに、短命であったのは仕方の無い話だったのかもしれませんが……」

「特性……」

「ファラビア殿下。あなたは我が国の貴族に発露する特異体質をご存知ですね?貴国に祈術きじゅつという摩訶不思議な力があるように、ヴィーリア国にもまた、人智を超えた力があります」

「……ええ」

女性は、ファラビアと言うらしい。
敬称を考えるに、他国の王族なのだろう。
彼女と私の死に何の関係があるか測り損ねて、胸がざわざわと騒いだ。
嫌な予感がする。
そして、この嫌な予感、というのは大体にして当たるものなのだ。

「陛下は、今も尚、悔やんでおられます。シュネイリアのことを。……特に、陛下はシュネイリアに想いを返せないことを思い悩んでいたようですから。彼と彼女の関係は、男女のそれではなかった。友のように、兄妹のように仲が良かったが、そこに愛はなかったはずです」

「…………」

「ですから、王女殿下。あなたが、陛下の心を慰めてさしあげてください。過去のことは、過去のこと。それを割り切り、未来を見据えるよう……あなたが、教えてあげてください」

「でも、私はあの方に好かれておりません。歓迎、されていないのでしょう」

「陛下は、過去の闇に囚われて一歩も身動きが取れないのです。後悔、未練、蟠り、心残り、怒り、悔恨……様々な感情に囚われ、動けなくなっている。……シュネイリアは、確かに彼の婚約者でした。ですが、死んだ人間を思い続けるなど、無益な話。彼を、闇から救ってあげてください。……あなたは、リュアンダル陛下の、婚約者なのですから」

彼のその言葉に、私は絶句した。
様々な情報が頭を駆け抜けて、思考が追いつかない。理解ができない。
その中でも、私は死に、王女と呼ばれたこの娘が、リュアンダル殿下……陛下の婚約者である、ということだけは知った。
絶句する私を置いて、ふたりはさらに言葉を交わす。
だけど、それは私の耳には入らなかった。
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