2 / 71
十年後の膠着
しおりを挟む
予知夢かそうでないかの違いは、目覚めてからの頭痛でわかる。
起き上がるのも苦労するほど、吐き気をもたらす頭痛は、間違いなく予知夢だ。
加えて、予知の特性の時は、必ず明晰夢を見る。夢の中でも自我があり、思考することが可能だった。
ある日、社交デビューを目前にした私が見たのは、私の未来に纏わるものだった。
夢の中で、私はとん、と足をついた。
手を開いたり閉じたりを繰り返し、自覚があることを知る。
つまりこれは、予知夢だ。
私はそっと、周りを見渡した。
ここは、ヴィーリア王国の首都ネガッサのデビリニア城のようだ。
デビリニア城は、王族が住まう、ヴィーリアでもっとも広大で美しく、華やかさを意識して造られた城。水上に建てられていることから、諸外国からは湖の城と呼ばれることが多い。
私が、夢の中でデビリニア城だと気が付いたのも、窓から見える景色が一面湖だったからだ。跳ね橋を下ろさなければ基本、デビリニア城から出ることも、入ることも叶わない。
美しさと防衛機能を兼ね揃えているのがデビリニア城の特徴だった。
ひとりの男性が窓辺に立っていた。
長い金の髪をひとつに束ね、彼は無心に窓の外を眺めているようだ。
予知夢の中では、私は幽霊のように誰にも存在を感知されなくなる。
足音もしなければ、気配も無いのだろう。
正しく、幽霊のようだ。
場面はまたすぐに変わった。
今度は、どこかの城か邸宅の廊下のようで、雑然としている。
恐らく、従僕やメイドが使用する通路だろう。
その脇で、メイド服に身を包んだ若い女性がふたり、声を潜めて何事か話している。
「すっかりおひとが変わってしまって……」
「ご婚約者の方が亡くなってもう十年が経つというのに、未だ新しい婚約者はいらっしゃらないし……」
「仕方ありませんわ。あの件に関して、いちばん心を痛めていらっしゃるのは陛下ですもの……」
あの、件?
夢はどんどん違う場面に展開していく。
こんなことは珍しくて、私は波に呑まれるようにして、その光景を見守った。
今度は、どこかの城のバルコニーのようだった。
時刻は夜のようで、場所は判然としなかったが、バルコニーの向こうに宵闇に溶ける湖が見えて、またデビリニア城だと悟った。
バルコニーの向こうでは、煌々とした灯りと賑やかなひとの話し声が聞こえてくる。どうやら、デビリニア城で夜会が開かれているようだ。バルコニーには、ひとりの女性が立っていた。その対面に、ひとりの青年が。
その青年は、三大公爵家の子息だった。
私も、面識がある。
彼は、女性を見てから星空に視線を向ける。
手に持ったグラスを軽く揺らすと、中に入った赤ワインが波立つ。
「……陛下は、あなたが嫌いなわけではありません」
彼は静かに言葉を紡いだ。
「ただ、未だ忘れられないのでしょう。……以前の婚約者である、シュネイリアを」
自分の名が出たことに、驚いた。
女性も、心細そうに私の名を繰り返す。
「シュネイリア……?」
彼女が僅かに首を傾げ、月光がその頬を照らす。
美しい女性だった。
彼女は不安そうに青い瞳を彼に向けていた。
艶やかな黒髪は、宵闇に溶けて消えそうだ。
彼女の顔に、見覚えはなかった。恐らく、この国の貴族ではない。
向き合う彼は、頷いて答える。
その仕草に、彼が手に持ったグラスが少しゆれ、また中の赤ワインが波立つ。
「彼女は、今から十年前に亡くなりました」
「──」
息を呑んだのは、私か、彼女か。
「享年十六歳。……彼女の特性を考えるに、短命であったのは仕方の無い話だったのかもしれませんが……」
「特性……」
「ファラビア殿下。あなたは我が国の貴族に発露する特異体質をご存知ですね?貴国に祈術という摩訶不思議な力があるように、ヴィーリア国にもまた、人智を超えた力があります」
「……ええ」
女性は、ファラビアと言うらしい。
敬称を考えるに、他国の王族なのだろう。
彼女と私の死に何の関係があるか測り損ねて、胸がざわざわと騒いだ。
嫌な予感がする。
そして、この嫌な予感、というのは大体にして当たるものなのだ。
「陛下は、今も尚、悔やんでおられます。シュネイリアのことを。……特に、陛下はシュネイリアに想いを返せないことを思い悩んでいたようですから。彼と彼女の関係は、男女のそれではなかった。友のように、兄妹のように仲が良かったが、そこに愛はなかったはずです」
「…………」
「ですから、王女殿下。あなたが、陛下の心を慰めてさしあげてください。過去のことは、過去のこと。それを割り切り、未来を見据えるよう……あなたが、教えてあげてください」
「でも、私はあの方に好かれておりません。歓迎、されていないのでしょう」
「陛下は、過去の闇に囚われて一歩も身動きが取れないのです。後悔、未練、蟠り、心残り、怒り、悔恨……様々な感情に囚われ、動けなくなっている。……シュネイリアは、確かに彼の婚約者でした。ですが、死んだ人間を思い続けるなど、無益な話。彼を、闇から救ってあげてください。……あなたは、リュアンダル陛下の、婚約者なのですから」
彼のその言葉に、私は絶句した。
様々な情報が頭を駆け抜けて、思考が追いつかない。理解ができない。
その中でも、私は死に、王女と呼ばれたこの娘が、リュアンダル殿下……陛下の婚約者である、ということだけは知った。
絶句する私を置いて、ふたりはさらに言葉を交わす。
だけど、それは私の耳には入らなかった。
起き上がるのも苦労するほど、吐き気をもたらす頭痛は、間違いなく予知夢だ。
加えて、予知の特性の時は、必ず明晰夢を見る。夢の中でも自我があり、思考することが可能だった。
ある日、社交デビューを目前にした私が見たのは、私の未来に纏わるものだった。
夢の中で、私はとん、と足をついた。
手を開いたり閉じたりを繰り返し、自覚があることを知る。
つまりこれは、予知夢だ。
私はそっと、周りを見渡した。
ここは、ヴィーリア王国の首都ネガッサのデビリニア城のようだ。
デビリニア城は、王族が住まう、ヴィーリアでもっとも広大で美しく、華やかさを意識して造られた城。水上に建てられていることから、諸外国からは湖の城と呼ばれることが多い。
私が、夢の中でデビリニア城だと気が付いたのも、窓から見える景色が一面湖だったからだ。跳ね橋を下ろさなければ基本、デビリニア城から出ることも、入ることも叶わない。
美しさと防衛機能を兼ね揃えているのがデビリニア城の特徴だった。
ひとりの男性が窓辺に立っていた。
長い金の髪をひとつに束ね、彼は無心に窓の外を眺めているようだ。
予知夢の中では、私は幽霊のように誰にも存在を感知されなくなる。
足音もしなければ、気配も無いのだろう。
正しく、幽霊のようだ。
場面はまたすぐに変わった。
今度は、どこかの城か邸宅の廊下のようで、雑然としている。
恐らく、従僕やメイドが使用する通路だろう。
その脇で、メイド服に身を包んだ若い女性がふたり、声を潜めて何事か話している。
「すっかりおひとが変わってしまって……」
「ご婚約者の方が亡くなってもう十年が経つというのに、未だ新しい婚約者はいらっしゃらないし……」
「仕方ありませんわ。あの件に関して、いちばん心を痛めていらっしゃるのは陛下ですもの……」
あの、件?
夢はどんどん違う場面に展開していく。
こんなことは珍しくて、私は波に呑まれるようにして、その光景を見守った。
今度は、どこかの城のバルコニーのようだった。
時刻は夜のようで、場所は判然としなかったが、バルコニーの向こうに宵闇に溶ける湖が見えて、またデビリニア城だと悟った。
バルコニーの向こうでは、煌々とした灯りと賑やかなひとの話し声が聞こえてくる。どうやら、デビリニア城で夜会が開かれているようだ。バルコニーには、ひとりの女性が立っていた。その対面に、ひとりの青年が。
その青年は、三大公爵家の子息だった。
私も、面識がある。
彼は、女性を見てから星空に視線を向ける。
手に持ったグラスを軽く揺らすと、中に入った赤ワインが波立つ。
「……陛下は、あなたが嫌いなわけではありません」
彼は静かに言葉を紡いだ。
「ただ、未だ忘れられないのでしょう。……以前の婚約者である、シュネイリアを」
自分の名が出たことに、驚いた。
女性も、心細そうに私の名を繰り返す。
「シュネイリア……?」
彼女が僅かに首を傾げ、月光がその頬を照らす。
美しい女性だった。
彼女は不安そうに青い瞳を彼に向けていた。
艶やかな黒髪は、宵闇に溶けて消えそうだ。
彼女の顔に、見覚えはなかった。恐らく、この国の貴族ではない。
向き合う彼は、頷いて答える。
その仕草に、彼が手に持ったグラスが少しゆれ、また中の赤ワインが波立つ。
「彼女は、今から十年前に亡くなりました」
「──」
息を呑んだのは、私か、彼女か。
「享年十六歳。……彼女の特性を考えるに、短命であったのは仕方の無い話だったのかもしれませんが……」
「特性……」
「ファラビア殿下。あなたは我が国の貴族に発露する特異体質をご存知ですね?貴国に祈術という摩訶不思議な力があるように、ヴィーリア国にもまた、人智を超えた力があります」
「……ええ」
女性は、ファラビアと言うらしい。
敬称を考えるに、他国の王族なのだろう。
彼女と私の死に何の関係があるか測り損ねて、胸がざわざわと騒いだ。
嫌な予感がする。
そして、この嫌な予感、というのは大体にして当たるものなのだ。
「陛下は、今も尚、悔やんでおられます。シュネイリアのことを。……特に、陛下はシュネイリアに想いを返せないことを思い悩んでいたようですから。彼と彼女の関係は、男女のそれではなかった。友のように、兄妹のように仲が良かったが、そこに愛はなかったはずです」
「…………」
「ですから、王女殿下。あなたが、陛下の心を慰めてさしあげてください。過去のことは、過去のこと。それを割り切り、未来を見据えるよう……あなたが、教えてあげてください」
「でも、私はあの方に好かれておりません。歓迎、されていないのでしょう」
「陛下は、過去の闇に囚われて一歩も身動きが取れないのです。後悔、未練、蟠り、心残り、怒り、悔恨……様々な感情に囚われ、動けなくなっている。……シュネイリアは、確かに彼の婚約者でした。ですが、死んだ人間を思い続けるなど、無益な話。彼を、闇から救ってあげてください。……あなたは、リュアンダル陛下の、婚約者なのですから」
彼のその言葉に、私は絶句した。
様々な情報が頭を駆け抜けて、思考が追いつかない。理解ができない。
その中でも、私は死に、王女と呼ばれたこの娘が、リュアンダル殿下……陛下の婚約者である、ということだけは知った。
絶句する私を置いて、ふたりはさらに言葉を交わす。
だけど、それは私の耳には入らなかった。
679
お気に入りに追加
1,388
あなたにおすすめの小説
婚約者を想うのをやめました
かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。
「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」
最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。
*書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

【完結】さよならのかわりに
たろ
恋愛
大好きな婚約者に最後のプレゼントを用意した。それは婚約解消すること。
だからわたしは悪女になります。
彼を自由にさせてあげたかった。
彼には愛する人と幸せになって欲しかった。
わたくしのことなど忘れて欲しかった。
だってわたくしはもうすぐ死ぬのだから。
さよならのかわりに……
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定

あなたへの恋心を消し去りました
鍋
恋愛
私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。
私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。
だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。
今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。
彼は心は自由でいたい言っていた。
その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。
友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。
だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。
※このお話はハッピーエンドではありません。
※短いお話でサクサクと進めたいと思います。


【完結】彼の瞳に映るのは
たろ
恋愛
今夜も彼はわたしをエスコートして夜会へと参加する。
優しく見つめる彼の瞳にはわたしが映っているのに、何故かわたしの心は何も感じない。
そしてファーストダンスを踊ると彼はそっとわたしのそばからいなくなる。
わたしはまた一人で佇む。彼は守るべき存在の元へと行ってしまう。
★ 短編から長編へ変更しました。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
出世のために結婚した夫から「好きな人ができたから別れてほしい」と言われたのですが~その好きな人って変装したわたしでは?
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
古代魔法を専門とする魔法研究者のアンヌッカは、家族と研究所を守るために軍人のライオネルと結婚をする。
ライオネルもまた昇進のために結婚をしなければならず、国王からの命令ということもあり結婚を渋々と引き受ける。
しかし、愛のない結婚をした二人は結婚式当日すら顔を合わせることなく、そのまま離れて暮らすこととなった。
ある日、アンヌッカの父が所長を務める魔法研究所に軍から古代文字で書かれた魔導書の解読依頼が届く。
それは禁帯本で持ち出し不可のため、軍施設に研究者を派遣してほしいという依頼だ。
この依頼に対応できるのは研究所のなかでもアンヌッカしかいない。
しかし軍人の妻が軍に派遣されて働くというのは体裁が悪いし何よりも会ったことのない夫が反対するかもしれない。
そう思ったアンヌッカたちは、アンヌッカを親戚の娘のカタリーナとして軍に送り込んだ――。
素性を隠したまま働く妻に、知らぬ間に惹かれていく(恋愛にはぽんこつ)夫とのラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる