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人生の岐路
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ただ一言なのに、それを言っただけで手足に力が入った。答えを聞きたいのに、聞きたくない。ぎゅ、と手を握る。お姉ちゃんは驚いた顔をしていた。
「どうしてそれ……」
「お姉ちゃん、本当?」
矢継ぎ早に聞いて返答を急かすと、お姉ちゃんは少し黙った後、短く答えた。
「………うん」
「…………っ!」
躊躇なく答えたお姉ちゃんに、言葉が詰まる。急に視界が不鮮明になり、熱をもつ。黙る私に、お姉ちゃんが「葉月」と心配するような、労わるような、優しい目を向けた。
「前から話にはなってたんだ。でもプロポーズされたのは今日」
「…………」
「もしかして見てた?」
少し照れくさそうな、気まずそうな顔をしてお姉ちゃんが言う。そんな顔は初めて見た。やっぱり、今のお姉ちゃんは知らない人のように見えた。
「恥ずかしいなぁ。葉月に見られてたか」
「お姉ちゃん…………行っちゃうの?」
それは、昔、私がお姉ちゃんに言いたかった言葉なのかもしれない。行かないで欲しい、という想いを隠して告げると、お姉ちゃんは「んーん」と言って私の頭を撫でた。
「葉月をひとりにはさせないよ。お父さんたちがああなる前は、新居の物件探してたんだけど、でも葉月ひとりを置いてはいけないから」
「お姉ちゃん………」
「だから、葉月。一緒に来るか、ここで一緒に暮らすか、選んでくれる?」
「え…………」
一緒に来るか、ということは、お姉ちゃんはこの家を出るということだ。一緒に暮らす、ということはお姉ちゃんと、その旦那になる人とこの家で暮らすということだ。………どっちも嫌だ。お姉ちゃんや旦那さんにとっては、考える間もなく私は邪魔者だ。私だって、お姉ちゃんの新婚生活を邪魔したくない。
どう考えても嫌すぎて、考える間もなく「ひとりでいい!この家で暮らす!」と言いそうになる。それを既で堪えて、フラフープの言葉を思い出した。
『今言わなきゃ、もう二度と言えないよ!絶対、一生後悔する!お姉さんに本音を言おう。隠しちゃだめだよ!家族、なんでしょう?』
家族、なんだから、本音で話してもいい、はずだ。私の気持ちを伝えても。嫌だって言っても、いい、はず。怖い。本音を言って、嫌われるのが怖い。めんどくさいと思われるのが怖い。厄介もの扱いされるのが怖くて、涙が出そうだ。邪魔者のようにされたくない。私を、要らない子扱いして欲しくない。
ーー怖い。
「やだ、やだよ。お姉ちゃん。私、邪魔者になるの、やだ。怖いよ、ひとりになりたくない」
「葉月?」
お姉ちゃんが驚いた声を出す。自分の感情を吐露すると、連動するように涙が込み上げた。もう今日は泣いてばっかりだ。部屋が暗いから、私が今日泣いたことには気づかれなかったものの、こんな至近距離で泣けば流石に気づかれる。お姉ちゃんは私が泣いて驚いたようだった。そのままぎゅ、と抱きしめられて、その温度に安心して、私はポロポロと自分の思いをこぼしていった。
「お姉ちゃんの邪魔になりたくない。でも、わたし、ひとりになりたくない…………!」
半ば叫ぶようにしてお姉ちゃんの肩にぐりぐりと目元を押し付ける。ひっきりなしに溢れてくる涙がじわじわとお姉ちゃんの服に染み込まれて行った。お姉ちゃんは僅かに黙ったが、しかしすぐに言った。
「ごめん!言ってなかったね、彼氏にも弟がいるの。年の離れた弟で、だから向こうもうちと一緒」
「え………」
思わぬ言葉に顔を上げる。
「柊成くんって言うんだって。十個離れてて、葉月と同い年」
お姉ちゃんはそう話しながら私の目元の涙を拭った。お姉ちゃんは困ったような、弱ったような、心配した目をしていた。
「彼氏と柊成くんね、十年以上前に親が離婚してるの。それで、父親と一緒に暮らしてたんだけど去年、お父さんが病気でなくなって………。彼氏と柊成くん、一緒に住んでるんだよ」
「…………」
「だから、向こうもうちと事情は一緒。あっちだって柊成くんが大事だし、私も葉月が大事だから、一緒に暮らそうってなったの」
「………そうなんだ」
「葉月、一緒に暮らそう。きっと楽しいよ。お姉ちゃんとふたりでいるより、きっと楽しい」
「………」
お姉ちゃんはそう言うが、本当はただ彼氏と早く結婚したいだけなんじゃないか。そう思ったけど、でも、そうだとしても同じくらい私を案じていることも伝わってきている。
私一人なら、お姉ちゃんと彼氏の邪魔になるんじゃないかと思ったけど、同じ状況の彼氏の弟がいるなら………。
そう思って、私はこくりと首を振った。
「どうしてそれ……」
「お姉ちゃん、本当?」
矢継ぎ早に聞いて返答を急かすと、お姉ちゃんは少し黙った後、短く答えた。
「………うん」
「…………っ!」
躊躇なく答えたお姉ちゃんに、言葉が詰まる。急に視界が不鮮明になり、熱をもつ。黙る私に、お姉ちゃんが「葉月」と心配するような、労わるような、優しい目を向けた。
「前から話にはなってたんだ。でもプロポーズされたのは今日」
「…………」
「もしかして見てた?」
少し照れくさそうな、気まずそうな顔をしてお姉ちゃんが言う。そんな顔は初めて見た。やっぱり、今のお姉ちゃんは知らない人のように見えた。
「恥ずかしいなぁ。葉月に見られてたか」
「お姉ちゃん…………行っちゃうの?」
それは、昔、私がお姉ちゃんに言いたかった言葉なのかもしれない。行かないで欲しい、という想いを隠して告げると、お姉ちゃんは「んーん」と言って私の頭を撫でた。
「葉月をひとりにはさせないよ。お父さんたちがああなる前は、新居の物件探してたんだけど、でも葉月ひとりを置いてはいけないから」
「お姉ちゃん………」
「だから、葉月。一緒に来るか、ここで一緒に暮らすか、選んでくれる?」
「え…………」
一緒に来るか、ということは、お姉ちゃんはこの家を出るということだ。一緒に暮らす、ということはお姉ちゃんと、その旦那になる人とこの家で暮らすということだ。………どっちも嫌だ。お姉ちゃんや旦那さんにとっては、考える間もなく私は邪魔者だ。私だって、お姉ちゃんの新婚生活を邪魔したくない。
どう考えても嫌すぎて、考える間もなく「ひとりでいい!この家で暮らす!」と言いそうになる。それを既で堪えて、フラフープの言葉を思い出した。
『今言わなきゃ、もう二度と言えないよ!絶対、一生後悔する!お姉さんに本音を言おう。隠しちゃだめだよ!家族、なんでしょう?』
家族、なんだから、本音で話してもいい、はずだ。私の気持ちを伝えても。嫌だって言っても、いい、はず。怖い。本音を言って、嫌われるのが怖い。めんどくさいと思われるのが怖い。厄介もの扱いされるのが怖くて、涙が出そうだ。邪魔者のようにされたくない。私を、要らない子扱いして欲しくない。
ーー怖い。
「やだ、やだよ。お姉ちゃん。私、邪魔者になるの、やだ。怖いよ、ひとりになりたくない」
「葉月?」
お姉ちゃんが驚いた声を出す。自分の感情を吐露すると、連動するように涙が込み上げた。もう今日は泣いてばっかりだ。部屋が暗いから、私が今日泣いたことには気づかれなかったものの、こんな至近距離で泣けば流石に気づかれる。お姉ちゃんは私が泣いて驚いたようだった。そのままぎゅ、と抱きしめられて、その温度に安心して、私はポロポロと自分の思いをこぼしていった。
「お姉ちゃんの邪魔になりたくない。でも、わたし、ひとりになりたくない…………!」
半ば叫ぶようにしてお姉ちゃんの肩にぐりぐりと目元を押し付ける。ひっきりなしに溢れてくる涙がじわじわとお姉ちゃんの服に染み込まれて行った。お姉ちゃんは僅かに黙ったが、しかしすぐに言った。
「ごめん!言ってなかったね、彼氏にも弟がいるの。年の離れた弟で、だから向こうもうちと一緒」
「え………」
思わぬ言葉に顔を上げる。
「柊成くんって言うんだって。十個離れてて、葉月と同い年」
お姉ちゃんはそう話しながら私の目元の涙を拭った。お姉ちゃんは困ったような、弱ったような、心配した目をしていた。
「彼氏と柊成くんね、十年以上前に親が離婚してるの。それで、父親と一緒に暮らしてたんだけど去年、お父さんが病気でなくなって………。彼氏と柊成くん、一緒に住んでるんだよ」
「…………」
「だから、向こうもうちと事情は一緒。あっちだって柊成くんが大事だし、私も葉月が大事だから、一緒に暮らそうってなったの」
「………そうなんだ」
「葉月、一緒に暮らそう。きっと楽しいよ。お姉ちゃんとふたりでいるより、きっと楽しい」
「………」
お姉ちゃんはそう言うが、本当はただ彼氏と早く結婚したいだけなんじゃないか。そう思ったけど、でも、そうだとしても同じくらい私を案じていることも伝わってきている。
私一人なら、お姉ちゃんと彼氏の邪魔になるんじゃないかと思ったけど、同じ状況の彼氏の弟がいるなら………。
そう思って、私はこくりと首を振った。
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