5 / 8
人生の岐路
しおりを挟む
ただ一言なのに、それを言っただけで手足に力が入った。答えを聞きたいのに、聞きたくない。ぎゅ、と手を握る。お姉ちゃんは驚いた顔をしていた。
「どうしてそれ……」
「お姉ちゃん、本当?」
矢継ぎ早に聞いて返答を急かすと、お姉ちゃんは少し黙った後、短く答えた。
「………うん」
「…………っ!」
躊躇なく答えたお姉ちゃんに、言葉が詰まる。急に視界が不鮮明になり、熱をもつ。黙る私に、お姉ちゃんが「葉月」と心配するような、労わるような、優しい目を向けた。
「前から話にはなってたんだ。でもプロポーズされたのは今日」
「…………」
「もしかして見てた?」
少し照れくさそうな、気まずそうな顔をしてお姉ちゃんが言う。そんな顔は初めて見た。やっぱり、今のお姉ちゃんは知らない人のように見えた。
「恥ずかしいなぁ。葉月に見られてたか」
「お姉ちゃん…………行っちゃうの?」
それは、昔、私がお姉ちゃんに言いたかった言葉なのかもしれない。行かないで欲しい、という想いを隠して告げると、お姉ちゃんは「んーん」と言って私の頭を撫でた。
「葉月をひとりにはさせないよ。お父さんたちがああなる前は、新居の物件探してたんだけど、でも葉月ひとりを置いてはいけないから」
「お姉ちゃん………」
「だから、葉月。一緒に来るか、ここで一緒に暮らすか、選んでくれる?」
「え…………」
一緒に来るか、ということは、お姉ちゃんはこの家を出るということだ。一緒に暮らす、ということはお姉ちゃんと、その旦那になる人とこの家で暮らすということだ。………どっちも嫌だ。お姉ちゃんや旦那さんにとっては、考える間もなく私は邪魔者だ。私だって、お姉ちゃんの新婚生活を邪魔したくない。
どう考えても嫌すぎて、考える間もなく「ひとりでいい!この家で暮らす!」と言いそうになる。それを既で堪えて、フラフープの言葉を思い出した。
『今言わなきゃ、もう二度と言えないよ!絶対、一生後悔する!お姉さんに本音を言おう。隠しちゃだめだよ!家族、なんでしょう?』
家族、なんだから、本音で話してもいい、はずだ。私の気持ちを伝えても。嫌だって言っても、いい、はず。怖い。本音を言って、嫌われるのが怖い。めんどくさいと思われるのが怖い。厄介もの扱いされるのが怖くて、涙が出そうだ。邪魔者のようにされたくない。私を、要らない子扱いして欲しくない。
ーー怖い。
「やだ、やだよ。お姉ちゃん。私、邪魔者になるの、やだ。怖いよ、ひとりになりたくない」
「葉月?」
お姉ちゃんが驚いた声を出す。自分の感情を吐露すると、連動するように涙が込み上げた。もう今日は泣いてばっかりだ。部屋が暗いから、私が今日泣いたことには気づかれなかったものの、こんな至近距離で泣けば流石に気づかれる。お姉ちゃんは私が泣いて驚いたようだった。そのままぎゅ、と抱きしめられて、その温度に安心して、私はポロポロと自分の思いをこぼしていった。
「お姉ちゃんの邪魔になりたくない。でも、わたし、ひとりになりたくない…………!」
半ば叫ぶようにしてお姉ちゃんの肩にぐりぐりと目元を押し付ける。ひっきりなしに溢れてくる涙がじわじわとお姉ちゃんの服に染み込まれて行った。お姉ちゃんは僅かに黙ったが、しかしすぐに言った。
「ごめん!言ってなかったね、彼氏にも弟がいるの。年の離れた弟で、だから向こうもうちと一緒」
「え………」
思わぬ言葉に顔を上げる。
「柊成くんって言うんだって。十個離れてて、葉月と同い年」
お姉ちゃんはそう話しながら私の目元の涙を拭った。お姉ちゃんは困ったような、弱ったような、心配した目をしていた。
「彼氏と柊成くんね、十年以上前に親が離婚してるの。それで、父親と一緒に暮らしてたんだけど去年、お父さんが病気でなくなって………。彼氏と柊成くん、一緒に住んでるんだよ」
「…………」
「だから、向こうもうちと事情は一緒。あっちだって柊成くんが大事だし、私も葉月が大事だから、一緒に暮らそうってなったの」
「………そうなんだ」
「葉月、一緒に暮らそう。きっと楽しいよ。お姉ちゃんとふたりでいるより、きっと楽しい」
「………」
お姉ちゃんはそう言うが、本当はただ彼氏と早く結婚したいだけなんじゃないか。そう思ったけど、でも、そうだとしても同じくらい私を案じていることも伝わってきている。
私一人なら、お姉ちゃんと彼氏の邪魔になるんじゃないかと思ったけど、同じ状況の彼氏の弟がいるなら………。
そう思って、私はこくりと首を振った。
「どうしてそれ……」
「お姉ちゃん、本当?」
矢継ぎ早に聞いて返答を急かすと、お姉ちゃんは少し黙った後、短く答えた。
「………うん」
「…………っ!」
躊躇なく答えたお姉ちゃんに、言葉が詰まる。急に視界が不鮮明になり、熱をもつ。黙る私に、お姉ちゃんが「葉月」と心配するような、労わるような、優しい目を向けた。
「前から話にはなってたんだ。でもプロポーズされたのは今日」
「…………」
「もしかして見てた?」
少し照れくさそうな、気まずそうな顔をしてお姉ちゃんが言う。そんな顔は初めて見た。やっぱり、今のお姉ちゃんは知らない人のように見えた。
「恥ずかしいなぁ。葉月に見られてたか」
「お姉ちゃん…………行っちゃうの?」
それは、昔、私がお姉ちゃんに言いたかった言葉なのかもしれない。行かないで欲しい、という想いを隠して告げると、お姉ちゃんは「んーん」と言って私の頭を撫でた。
「葉月をひとりにはさせないよ。お父さんたちがああなる前は、新居の物件探してたんだけど、でも葉月ひとりを置いてはいけないから」
「お姉ちゃん………」
「だから、葉月。一緒に来るか、ここで一緒に暮らすか、選んでくれる?」
「え…………」
一緒に来るか、ということは、お姉ちゃんはこの家を出るということだ。一緒に暮らす、ということはお姉ちゃんと、その旦那になる人とこの家で暮らすということだ。………どっちも嫌だ。お姉ちゃんや旦那さんにとっては、考える間もなく私は邪魔者だ。私だって、お姉ちゃんの新婚生活を邪魔したくない。
どう考えても嫌すぎて、考える間もなく「ひとりでいい!この家で暮らす!」と言いそうになる。それを既で堪えて、フラフープの言葉を思い出した。
『今言わなきゃ、もう二度と言えないよ!絶対、一生後悔する!お姉さんに本音を言おう。隠しちゃだめだよ!家族、なんでしょう?』
家族、なんだから、本音で話してもいい、はずだ。私の気持ちを伝えても。嫌だって言っても、いい、はず。怖い。本音を言って、嫌われるのが怖い。めんどくさいと思われるのが怖い。厄介もの扱いされるのが怖くて、涙が出そうだ。邪魔者のようにされたくない。私を、要らない子扱いして欲しくない。
ーー怖い。
「やだ、やだよ。お姉ちゃん。私、邪魔者になるの、やだ。怖いよ、ひとりになりたくない」
「葉月?」
お姉ちゃんが驚いた声を出す。自分の感情を吐露すると、連動するように涙が込み上げた。もう今日は泣いてばっかりだ。部屋が暗いから、私が今日泣いたことには気づかれなかったものの、こんな至近距離で泣けば流石に気づかれる。お姉ちゃんは私が泣いて驚いたようだった。そのままぎゅ、と抱きしめられて、その温度に安心して、私はポロポロと自分の思いをこぼしていった。
「お姉ちゃんの邪魔になりたくない。でも、わたし、ひとりになりたくない…………!」
半ば叫ぶようにしてお姉ちゃんの肩にぐりぐりと目元を押し付ける。ひっきりなしに溢れてくる涙がじわじわとお姉ちゃんの服に染み込まれて行った。お姉ちゃんは僅かに黙ったが、しかしすぐに言った。
「ごめん!言ってなかったね、彼氏にも弟がいるの。年の離れた弟で、だから向こうもうちと一緒」
「え………」
思わぬ言葉に顔を上げる。
「柊成くんって言うんだって。十個離れてて、葉月と同い年」
お姉ちゃんはそう話しながら私の目元の涙を拭った。お姉ちゃんは困ったような、弱ったような、心配した目をしていた。
「彼氏と柊成くんね、十年以上前に親が離婚してるの。それで、父親と一緒に暮らしてたんだけど去年、お父さんが病気でなくなって………。彼氏と柊成くん、一緒に住んでるんだよ」
「…………」
「だから、向こうもうちと事情は一緒。あっちだって柊成くんが大事だし、私も葉月が大事だから、一緒に暮らそうってなったの」
「………そうなんだ」
「葉月、一緒に暮らそう。きっと楽しいよ。お姉ちゃんとふたりでいるより、きっと楽しい」
「………」
お姉ちゃんはそう言うが、本当はただ彼氏と早く結婚したいだけなんじゃないか。そう思ったけど、でも、そうだとしても同じくらい私を案じていることも伝わってきている。
私一人なら、お姉ちゃんと彼氏の邪魔になるんじゃないかと思ったけど、同じ状況の彼氏の弟がいるなら………。
そう思って、私はこくりと首を振った。
16
お気に入りに追加
84
あなたにおすすめの小説
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる