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二章:

悪魔憑きの魔女

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時は、少し遡る──。 


室内に火がつき、炎が揺れる。赤が揺れる。
私はそれを見届けてから、部屋を出た。

まだ、異変には誰も気付いていないようだった。

そのまま、私は邸内の鐘楼へと駆けた。
ステアロン伯爵家には、緊急時のための鐘楼が設置されている。鍵はかかっているが、裏手側は老朽化が進み、ひとが入れることを私は知っていた。
抜け穴を使って中に侵入すると、私は鐘の前に立った。撞木に触れると、ひんやりとした感触。

静かに、深呼吸を三回、繰り返す。

一度、私は死んだ。
その時、きっと宝石姫のルシアわたしは死んだのだ。今の私は、新しい私。
新しい人生を、歩むことの出来る、私──。
そうだと、思いたい。

この鐘は、決意表明のようなものだった。
私の、二度目の人生においての、覚悟。

「──」

ぐっと、頭上の鐘を見て。

私は、鐘を鳴らした。
非常時を知らせる、ステアロン伯爵家の鐘を。

その後は、混乱に乗じてステアロン邸宅を出ただけ。金銭の心配はなかった。
私は宝石姫だ。いくらでも、宝石を生み出せる。

質で安く買い叩かれたとして、金銭が手に入るなら痛手ではないのだ。





「あのーごめんくださーい、誰かいらっしゃいませんか?」

ベルア、最北端の森。
イネーヴァの森。そこに、魔女がいるという。その魔女の正体は不明で、彼女は自分の興味が向くことなら、何にだって手を貸す、という噂だ。
ただし、彼女が興味を抱くのはごく稀であり、たいていの人間は彼女に会うことなく、森を去るらしい。
その噂を聞いた私は、ひとつの可能性に賭けて彼女に会いに来た。

痛いのは嫌いだ。
それでも、必要に駆られて、私は肌にナイフを入れて、その血液を赤の石に変えた。ガーネット、レッドスピネル、コーラル、レッドダイヤモンド、ルビー、レッドタイガーアイ……。予想通り、その大半が買い叩かれたが、それでもじゅうぶんな金銭は手に入った。
その金を元手に、私は北上を続け、ここまで来たのだ。

(魔女なら……私の体質のことも、なにか知ってるかもしれない)

私の賭けとは、これだ。
私は、宝石姫であるから、ウィリアム様の婚約者をやめられなかった。
宝石姫だから、責務から逃れられなかった。

では──そもそも、宝石姫とは一体、何なのか。
宝石姫は、ひとではないのか。

宝石姫が、ひとになる方法はあるのだろうか──?

それを、聞きたかった。
逃亡生活を続けるには、私のこの瞳は目立ちすぎる。ふつうじゃないし、明らかに異質なのだ。瞳の中に、蝶が舞っている、なんて。

北上の森、イネーヴァに住む【悪魔憑きの魔女】。

そう。巻き戻り前の私が死ぬことになった一因。
ワインに混ぜられたあの・・毒を作った、張本人。私を間接的に殺した相手に会いに行くのは勇気が伴ったけど、まだ彼女は私を殺すための毒は作っていないはずだ。
それなら、話してみる価値はある……はず。

そうして、森に入った私は獣と遭遇しては逃げ、道に迷っては途方に暮れる、なんてことを何度も繰り返し、ようやくひとの家らしき建物の前に辿り着いたのだった。

そこで、ドアノッカーを鳴らす。
ゴンゴンゴン、と簡素な木の扉に何度か打ち付けるが、応えはない。
それで、恐る恐る呼びかけていたのだ。

「誰かいませんかーー?私、あなたに用があってきたんです!いるなら返事をください!」

…………。

中にひとがいないのか、それとも無視をされているのか……どちらだろう。
いっそ、勝手に入ってしまう?
そんな考えが浮かんだが、許しをもらっていないのに他人の家に勝手に入るのはさすがに気が咎める。

(……じゃあ、ここで待つ?)

しばらく待っていれば、誰か出てくるかもしれない。そう思った私は、長期戦を覚悟した、のだけど。

それまでまったくの無音だった扉の向こうから、急に騒がしい音が聞こえてきた。ダンダンダン、という荒いひとの足音。続いて、なにか言っているようだ。

「残念!今回もあたしの気を惹くものはなかったわね、はいお帰りください!今回も異国からはるばるお疲れ様でしたっ!」

という、声と同時に、扉が開く。
と、同時。誰かが突き飛ばされ──いや蹴飛ばされてきた。結構な勢いで、そのひとは頭から後ろの木々に突っ込んでいった。

「はー、まったくご苦労なことね。半月もかかるっていうのに毎回毎回凝りもせず……。…………おや?」

そこで、私は彼女と目が合った。
黒のローブに身を包み、黒の帽子を深く被った女性。その顔は、口元だけしか見えないが、彼女のくちびるは赤い紅が艶やかに塗られていた。
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