【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。

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二章:

宝石姫の価値 ④

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「キャサリン……。聞いてないのか?今、僕たちは会ったら」

「謹慎のことでしょう?明日からって聞いてるもの。今日はまだ大丈夫よ!ねえ、それよりルシア様が行方不明って大丈夫なの?私、心配でここまで来たのよ……」

キャサリンは、胸の前で祈るように指を絡めた。
緩やかなカールを描く白金の髪に、冬の湖面を思わせる、水色の瞳。目元に涙を貯めて、彼女がウィリアムに尋ねた。
彼は、彼女の質問にわずかに沈黙したが、やがて短く答える。

「……ほんとうだ」

「どうして!どうしてルシア様がこんな目に遭わなければならないの……?私、確かにルシア様が苦手よ。以前、睨まれたことがあるの。でも、いいの。彼女の気持ちはわかるし……」

「キャサリン」

ウィリアムが彼女の名を呼ぶと、キャサリンはぱっと顔を上げた。その拍子に、目元に浮かんでいた涙が散る。

「それでも!死んで欲しいなんて思ってない……!」

「キャサリン!」

強く名を呼ばれて、彼女の細い肩がびくりと揺れる。それに、大声を出してしまったことに気がついたウィリアムが、短く息を吐き、額に手を当てた。

「……いや、すまない。だけどルシアは、まだ死んだと決まったわけじゃない」

「……でも。部屋が燃えたって……」

「遺体は見つかっていない。少なくとも、議会は行方不明の可能性に賭けて捜索隊を出すことにしたようだ」

「…………そう」

ぽつり、キャサリンか呟いた。
その声は驚くほど低く、いつもの彼女らしくない。
それに違和感を覚え、ウィリアムが彼女見たが、その時にはもう、彼女はいつもの沈鬱な表情に戻っていた。

彼女はいつも、どこか思い詰めたような──鬱屈とした顔をしている。それが、どことなくルシアに似ている。最初は、そう思ったのだ。

「ねえ、ウィル。私は……あなたの妃になるのよね?愛人なんかじゃなくて……正式な、妃に」

「……ああ。そうなるよう、僕も手を尽くしている」

「そう……よね。ルシア様とは、結婚されないのよね……?」

キャサリンの声は、だんだん心細そうなものになり、尻すぼみになった。その薄青の瞳に、不安や恐れといった色が見え隠れする。
それに、ウィリアムはぐっと拳を握る。

そうだ。自分は、何のためにルシアとの婚約を解消し、キャサリンを妃にしようとしていたのか。それを、思い出せ、と自己暗示のように心のうちで呟きながら。

「……うん。すまない。きみには、不安な思いばかりさせる」

「いいの。……ルシア様が私の存在自体をストレスに思うのは……私を嫌うのは、仕方の無いことですもの。でもこれも、ルシア様のためだもの……ね?」

一拍、間を開けて彼女が彼の名を呼んだ。

「……ねえ、ウィル」

彼を呼ぶ声に、甘さが混じる。
それで、彼女が何を求めているのか、ウィリアムも理解した。
しかし、ここは城内の回廊で、先程父王には謹慎を命じられたばかりだ。

流石に、こんなところを見咎められたら、言い逃れはできない。
ウィリアムの僅かな逡巡を見破ったのか、キャサリンが続けて言った。

「大丈夫。人払いをしているの」

「人払い……?城内で?何を考えてるんだよ、噂になったら」

「だから早く戻らなきゃいけないの……!お願い。これ以上、私を不安にさせないで。怖いの。恐ろしいの。だって私は、陛下に逆らうような真似をしているのよ?ねえ……ウィル」

彼女は流れるように言葉を吐きながら、彼の胸元に手を置いた。ほんの少し、踵を浮かせ、顔を近付ける。

「私のこと……少しでも想ってくれているのなら、大切だと思ってくれるなら……。ほんの、ほんの一瞬でいいの。……お願い」

「……そうすれば、きみは公爵邸に戻る?きみの愁いは取り除かれるのかい」

諦めたような彼の言葉に、キャサリンの顔がぱぁ、と明るくなる。そして、擦り寄るように彼の胸元に頬を押し付け、言った。

「ええ……!もちろんよ。私、ほんとうに怖いの。心配なの。いつか、罰を受けるんじゃないかって……ねえ、ウィル。あなたが少しでも私を哀れだと思うなら……少しでも、後悔している・・・・・・なら、ね。お願い」

「──」

彼女の言葉にほんの一瞬。
彼は目を細めたが──そのまま、何も言わずに首を傾けた。

たった一瞬。触れるだけの口付け。
それだけなのに、キャサリンは花開くように笑う。花が綻ぶような、そんな笑みだった。
たったこれだけのことでここまで喜ぶ彼女に罪悪感と、ここまで巻き込んでしまったことへの後ろめたさ。

そして──。

「……大丈夫だ。きみはいずれ、僕の妃になる」

(これは、咎だ)

焦って選択してしまったからこそ、この現実がある。もう、このまま進むしかない。

ルシアをこの国から解放するためには。
これ以上、彼女を利用させないために。

その手なら、何だってする。
幼い頃に、そう誓ったのだから。
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