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二章:
宝石姫の価値 ③
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ウィリアム・ベリアにとって、ルシア・ステアロンという少女は、【気がついたらそこにいる】。そんな存在だった。
物心ついた時には既にルシアは自身の婚約者だった。
自然、彼女を大切にしようと幼心に思っていた。
『私は、ウィルを支えるためにいるの。それが、私の宝石姫としての責務だから』
日向ぼっこをしながら散歩をしている時に彼女は、そうやってはにかんだ。笑う彼女に、こころが満たされた。
ひとりではない、と言われているような気がした。
『お姫様は、悪い魔女に魔法をかけられても……王子様が迎えに来てくれるのですって。ウィルも、来てくれる?』
『きみが悪い魔女に?そうだなぁ……そんなことになる前に、僕ならきっときみを閉じ込めちゃう』
『私を?……出来るの?』
『できるとも。僕は、きみの婚約者で、次の王なんだから』
そう言って笑いあったあの頃は、なにひとつ知らなかった。
王太子という立場が、いかにも無力であるか。
伝統を崩す──すなわち、歴史を変えるということが、どれほど難しいかを。
彼女の稀有な瞳は、宝石姫の象徴らしい。
彼女の瞳は特別だった。一度見れば、誰もが忘れることが出来ない。彼女の瞳に惹かれ、魅了される。
その絶対的な瞳は、まるで魔法でもかけられているかのように、彼女へ惹き付ける。
おかしい、と感じたのは十三を少し過ぎた頃。
立太子を控えたある、春の日。
彼女の瞳は、見れば見るほど美しい。
誰もが口を揃えて賞賛する。
宝石姫の瞳には、蝶が舞っている。
宝石姫は、その瞳に蝶を飼っている。
それは、言わずと知れた宝石姫の謳い文句。
まさにそれが真実だとは、実際宝石姫が現れるまで、誰もが知らなかった。
──そう。
彼女の瞳は危うすぎるのだ。
それは、本能的な直感に近かった。野生の勘、と言い換えても良い。彼女の瞳は、視線を奪い、吸い込むような、抗えない力がある。
それはほんの一瞬だが、その僅かな時間、ひとは無防備になる。宝石姫に目を奪われ、ほんの一瞬、思考が疎かになるのだ。宝石姫は、ふつうの人間ではない。それを感じ始めたのは、きっとこの頃だった。
そして、ウィリアムが【それ】に気がついたのも、同時期のこと。
ある日、彼女の顔色が悪かった。青を通り越して、紙のように白い。体調を心配した彼に、彼女はしばらく言い淀んでいたが、彼が根気よく尋ねるとようやく口を割った。
自分がなぜ、宝石姫と呼ばれるのか。
そして、宝石姫としての責務が一体、なんなのか──。
宝石姫としての責務。
すなわち、毎月規定量の宝石を生み出し、王家に献上すること。
それを聞いた時、彼の頭は真っ白になった。信じられない思いだったし、そんなことを父が命じているとは、思いたくもなかった。
彼は、今よりもずっと潔癖な少年だったのだ。
カッと頭に血が上った。
なぜ、そんなことをしてるんだ、と。
なぜ、今まで黙っていたんだ、と。
彼女を責めそうになった。
だけど、ルシアが今にも泣きそうに涙を瞳に溜めていたから。
だから感情的になるな、と必死に自身を律し、彼女の話を聞く。
彼女は涙声で、やがてぽろぽろと泣きながら告白した。
『毎月、規定量の宝石を献上しなければならない。
そして、そのためには自らを傷つけ、血を流す必要がある』──と。
宝石姫は、その名の通り特異体質の持ち主なので、汗ばめばそれはダイヤモンドの粒になり、唾液は彼女の体内を離れた途端、ムーンストーンの欠片になる。
生物の基本機能である排泄はない。
そのため、もっとも効率よく宝石が取れるのが、血液のみなのだ。
彼女が浮かない顔をしていたのは、その前の日に彼女が【責務】を果たしたからだと、彼は知った。
そして──彼女の【責務】の話を聞いて、彼は静かに、だけど強い意志で、それを決意した。
ルシアにはまだ言っていない。
成功するかどうかもわからない段階で、言うことなどできなかった。下手に期待させて失敗したら、落胆もその分酷いものになる。落ち込むのは、彼だけでよかった。
(宝石姫に依存し、彼女に強要して生き長らえるこの国は、気持ちが悪い)
だから──自分が変えるのだ。
いや、王太子にしかできないことでもあると、彼は考えた。
宝石姫を利用し、その体質を搾取するだけの国の在り方を、自分が変える。変えて、みせる。
そう思っていたのだが。
(……間に合わなかったのか、僕は)
謁見の間を出た彼は、城の回廊を歩いていた。
謹慎を言いつけられたので、自室に向かうのである。キャサリンとの逢瀬も禁じられた。
その間、自分に出来ることはなんだろうか。
そんなことを考えていると、背後から声が聞こえてきた。
「……ウィル!良かった、会えて……!」
ウィリアムが振り向くと、そこには今しがた頭をよぎった彼の恋人──キャサリン・ステファニーがいた。
物心ついた時には既にルシアは自身の婚約者だった。
自然、彼女を大切にしようと幼心に思っていた。
『私は、ウィルを支えるためにいるの。それが、私の宝石姫としての責務だから』
日向ぼっこをしながら散歩をしている時に彼女は、そうやってはにかんだ。笑う彼女に、こころが満たされた。
ひとりではない、と言われているような気がした。
『お姫様は、悪い魔女に魔法をかけられても……王子様が迎えに来てくれるのですって。ウィルも、来てくれる?』
『きみが悪い魔女に?そうだなぁ……そんなことになる前に、僕ならきっときみを閉じ込めちゃう』
『私を?……出来るの?』
『できるとも。僕は、きみの婚約者で、次の王なんだから』
そう言って笑いあったあの頃は、なにひとつ知らなかった。
王太子という立場が、いかにも無力であるか。
伝統を崩す──すなわち、歴史を変えるということが、どれほど難しいかを。
彼女の稀有な瞳は、宝石姫の象徴らしい。
彼女の瞳は特別だった。一度見れば、誰もが忘れることが出来ない。彼女の瞳に惹かれ、魅了される。
その絶対的な瞳は、まるで魔法でもかけられているかのように、彼女へ惹き付ける。
おかしい、と感じたのは十三を少し過ぎた頃。
立太子を控えたある、春の日。
彼女の瞳は、見れば見るほど美しい。
誰もが口を揃えて賞賛する。
宝石姫の瞳には、蝶が舞っている。
宝石姫は、その瞳に蝶を飼っている。
それは、言わずと知れた宝石姫の謳い文句。
まさにそれが真実だとは、実際宝石姫が現れるまで、誰もが知らなかった。
──そう。
彼女の瞳は危うすぎるのだ。
それは、本能的な直感に近かった。野生の勘、と言い換えても良い。彼女の瞳は、視線を奪い、吸い込むような、抗えない力がある。
それはほんの一瞬だが、その僅かな時間、ひとは無防備になる。宝石姫に目を奪われ、ほんの一瞬、思考が疎かになるのだ。宝石姫は、ふつうの人間ではない。それを感じ始めたのは、きっとこの頃だった。
そして、ウィリアムが【それ】に気がついたのも、同時期のこと。
ある日、彼女の顔色が悪かった。青を通り越して、紙のように白い。体調を心配した彼に、彼女はしばらく言い淀んでいたが、彼が根気よく尋ねるとようやく口を割った。
自分がなぜ、宝石姫と呼ばれるのか。
そして、宝石姫としての責務が一体、なんなのか──。
宝石姫としての責務。
すなわち、毎月規定量の宝石を生み出し、王家に献上すること。
それを聞いた時、彼の頭は真っ白になった。信じられない思いだったし、そんなことを父が命じているとは、思いたくもなかった。
彼は、今よりもずっと潔癖な少年だったのだ。
カッと頭に血が上った。
なぜ、そんなことをしてるんだ、と。
なぜ、今まで黙っていたんだ、と。
彼女を責めそうになった。
だけど、ルシアが今にも泣きそうに涙を瞳に溜めていたから。
だから感情的になるな、と必死に自身を律し、彼女の話を聞く。
彼女は涙声で、やがてぽろぽろと泣きながら告白した。
『毎月、規定量の宝石を献上しなければならない。
そして、そのためには自らを傷つけ、血を流す必要がある』──と。
宝石姫は、その名の通り特異体質の持ち主なので、汗ばめばそれはダイヤモンドの粒になり、唾液は彼女の体内を離れた途端、ムーンストーンの欠片になる。
生物の基本機能である排泄はない。
そのため、もっとも効率よく宝石が取れるのが、血液のみなのだ。
彼女が浮かない顔をしていたのは、その前の日に彼女が【責務】を果たしたからだと、彼は知った。
そして──彼女の【責務】の話を聞いて、彼は静かに、だけど強い意志で、それを決意した。
ルシアにはまだ言っていない。
成功するかどうかもわからない段階で、言うことなどできなかった。下手に期待させて失敗したら、落胆もその分酷いものになる。落ち込むのは、彼だけでよかった。
(宝石姫に依存し、彼女に強要して生き長らえるこの国は、気持ちが悪い)
だから──自分が変えるのだ。
いや、王太子にしかできないことでもあると、彼は考えた。
宝石姫を利用し、その体質を搾取するだけの国の在り方を、自分が変える。変えて、みせる。
そう思っていたのだが。
(……間に合わなかったのか、僕は)
謁見の間を出た彼は、城の回廊を歩いていた。
謹慎を言いつけられたので、自室に向かうのである。キャサリンとの逢瀬も禁じられた。
その間、自分に出来ることはなんだろうか。
そんなことを考えていると、背後から声が聞こえてきた。
「……ウィル!良かった、会えて……!」
ウィリアムが振り向くと、そこには今しがた頭をよぎった彼の恋人──キャサリン・ステファニーがいた。
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