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一章:さようなら、私の初恋

あわや、毒殺

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次の日──驚いたことに、ウィリアム様がステアロン伯爵家を訪れた。
突然の訪問。先触れもない。それだけで、彼がどれほど私を嫌っているのかが、よくわかる。どうして、こんなに嫌われてしまったのだろう?
ふと、以前は気にならなかったことが、気になった。

きっと、もうお別れをすると決めているからだ。

サロンに案内されると、彼はあからさまに苛立った様子でソファに腰を下ろした。カティアがワゴンを押して、アフタヌーンティーの支度を整える。茶器がそれぞれの前に置かれると、ようやくウィリアム様が話し出した。

「体調は?」

ぶっきらぼうな言い方だったけど、私を気遣う言葉だったことに、驚いた。

「……今は、悪くありません」

少し考えてから答えると、彼がすっと目を細めた。紫根の瞳は冷たく、鋭く、いつからか、私はその瞳で見られることを恐れていたように思う。

今は、今は──どうだろう。
早く、この場を去りたい、とは思っているけれど。

「当て付けか?」

「…………は?」

驚いて、妙な声が出た。
ハッとして、口を手で覆う。
ウィリアム様は、悠然と足を組み、見下ろすように私を見た。

偉そう。王族だから、当たり前なのだけど。
でも、ティーパーティーを欠席しただけでこんなに責められる謂れはない。ウィリアム様の態度は、威圧的で、攻撃的だ。

「キャサリンへの、当て付けか?と聞いている」

「ば……」

危ない。咄嗟に、馬鹿なことを、と言いそうになってしまった。流石に、王族相手にそれはいけない。私は、意識して呼吸を整えた。

ここから、離れる。
あるいは、宝石姫としての責務を、投げ出す──放棄する、と。決めたからか。

いつもは、息の詰まるような時間なのに、今は、いつもより少しだけ、息がしやすい。彼の言葉を、百ではなく、六十くらいで、受け止められる。

「そんなつもりはありませんでしたが、ご不快な思いをさせてしまったようで、申し訳ありません」

淡々と謝罪すると、彼が眉を寄せる。
謝罪の言葉でありながら、険のある声に気がついたらしい。もう、今更だ。
これ以上彼に嫌われようと、私には関係がない。だから、取り繕うのも、彼の機嫌を見るのも、もう終わり。

「図星か?」

「なにを仰ってるのですか?」

「昨日の欠席は、キャサリンへの当てつけ、あるいは悪意だったんだろう?……彼女は、肩身の狭い思いをすることになった。彼女は、公爵令嬢なのにな」

その言い方が、さぞかし彼女を哀れだと思っているような。不憫に思っているような言い方なので、すこしカチンときた。

その言い分で言うなら、私は宝石姫なのだけど。
とはいえ、それを言ってしまえば収拾がつかなくなるだろう。ウィリアム様は、ほら見ろと言わんばかりに『お前が宝石姫だから、公爵家の令嬢である彼女は辛い思いをしているんだ』とでも言うだろう。

彼にとっては、宝石姫よりも、公爵家の娘、という立場の方が重要らしいので。

私は、カティアが用意したハーブティーに口をつけよう──とした時。異変が起きた。
ガチャン!と高い音が響く。驚いて見れば、ウィリアム様がカップを取り落としていた。

「ウィリアム様……!?」

「っ……ぐ、ぅ!うう……っ!」

彼は、突然苦しみ出した。
胸を押え、荒い息を吐いている。

(どうして……!?以前はこんなことなかったのに──)

そこまで考えて、ハッと気がついた。
いや、違う。そもそも、以前の私はティーパーティーに参加していた・・・・・・
だから、次の日ウィリアム様がステアロン伯爵家に訪れることもなかったのだ。

(私が、過去とは違う動きをしているから、未来も変わっている……?)

戸惑ったが、まずはひとを呼ぶべきだ。
万が一ウィリアム様が死ぬようなことがあれば、ステアロン伯爵家は責任を追求される。
場合によっては、ステアロン伯爵家は重罪人の烙印を押されることになるだろう。

(誰が……一体、何の目的で?)

ひとまず、カティアを呼ぶべきだ。
顔を上げて彼女の姿を探すが、しかし先程までいたはずなのに、姿が見えない。
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