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大広間 (3)
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(ーーーあら)
意外にも大事になってしまったようだ。リーゼロッテが扇で口元を隠しながら驚きを飲んでいるとカイゼルはようやく金縛りが解けたように動き出した。
「しかし、父上!」
「しかしもかかしもない!いいか、婚約は続行だ。先程の会話は私も聞いていた。お前の婚約者の相手はリデル嬢にすげ替える。お前は責任を取るがいい」
「そんなことしたらキャサリンは………!」
カイゼルはなおも噛み付いて国王へと話しかけていた。状況が読めていないその能天気さは羨ましいがとてもではないが見習いたいものでは無いとリーゼロッテは考えた。リデルはちらちらとキャサリンを見ている。キャサリンの唇はわなわなと震えていた。
「第二王子を誑かした平民の女か…………よい。その女は国外追放で手を打とう。もとより養女。子爵も不服はないだろう」
「そんな…………!!」
キャサリンが悲鳴をあげる。
(あーあ…………思った以上の大惨事になってしまったわ………)
リーゼロッテが望んだのはただの婚約破棄なのに、なぜこうなってしまったのか。しかし取りなす気は無い。元はと言えば全て第二王子がまいた種なのである。自分がしたことは自分で始末をつけて欲しい。そんなことを考えているリーゼロッテにカイゼルの視線が向いた。状況が悪いことを悟ったのか、必死な形相でカイゼルはリーゼロッテを罵った。悪いどころか背水の陣もいいところなのだが。
「違うんです!!全てこいつが…………彼女が!すべて悪い!」
「………カイゼル」
国王の呆れ返ったような、怒りを押し殺したような深い声がする。キャサリンは場をハラハラと見守っていた。リーゼロッテはそっと足を踏み出すと、扇で自分の頬に触れた。冷たい感覚がする。
「わたくしのせい?わたくしのせいと、そうおっしゃるの」
リーゼロッテの冷たい声が大広間にひびく。興奮したカイゼルは気づかない。カイゼルはかおも叫ぶように言った。
「そうだ!!そもそもお前が………お前が、相手をしないから!」
「未婚の令嬢に婚前交渉を強要しようと、そう殿下は仰りたいのですね。やだわ、いつから王族はそんな野蛮になったの?恐ろしい」
「カイゼル、いい加減にしなさい」
リーゼロッテの言葉に続き、国王が諌めるように言う。カイゼルはそれでもなお言葉を続けた。
「それが普通だろう!こうなったのもお前のせいだ!お前がなんとかしろ!」
「なんとか………ね」
リーゼロッテは考えるようにつぅ、と扇を動かした。そしてぱっと扇を広げる。未だに事態が理解出来ていない王子に教えるにはこれが一番だろう。リーゼロッテは無表情のまま第二王子に近づくと、その手を振りあげた。そして、扇でぱしり、とその頬を叩いた。突然リーゼロッテに頬をはられた第二王子は呆然としている。だけどすぐにわなわなと震え出した。叩かれたせいで赤い頬が、更に赤くなる。
「お前!今何をしたのかーーー」
「落ち着いて、よーく周りをご覧なさいませ」
「はぁ…………!?」
声を荒らげるカイゼル。
だけどリーゼロッテの言葉に不信感を抱いたのか、確かに彼は周りを見た。初めて周りを意識したのである。そして、彼がみたものは周囲の人間が好奇心と嘲笑の交じった笑みで自分たちを見ている視線だった。思わぬことにカイゼルが言葉を詰まらせる。目は口ほどに物を言う。言葉はなくともその目が、周りに集まった紳士淑女がカイゼルの行いを非難していた。とんだ醜聞だ。それにもかかわらず今も尚駄々をこねる第二王子に、もう敬愛の視線はなかった。
「な、なんだ…………!なんだと言うんだ!見るな!!そんな目で俺を見るな!!俺を誰だと思っているんだ?王子だぞ!?王族なんだぞ…………!?」
「喚かない。……みっともない」
リーゼロッテが小さく言うとカイゼルが息を飲む。ようやく静かになったカイゼルにリーゼロッテは背を向け、国王を見た。国王は戸惑っているようだったが、しかしリーゼロッテと目が合うと申し訳なさそうな顔をした。
「申し訳ありません、王子殿下のお顔を叩いてしまいました」
「よい。それ以上のことをされても仕方の無いことをこいつはした。それで貴殿の気が晴れるなら全く問題は無い」
「父上…………!」
「あんまりですわ、国王陛下!!」
そこでようやく悲鳴混じりの声をキャサリンが上げた。リーゼロッテはちらりとそちらを見る。ぱちりと視線が合うと、キャサリンはあからさまに泣きそうな顔になった。
「愛し合う恋人同士を引き裂くなんて…………たとえ国王陛下となれど、していいことではありませんわ!」
ーーーこいつは何を言っている?
それが広間にいる貴族の総意だった。リーゼロッテもそれにはたがわずうんざりとした顔を笑みの下に隠した。国王が呆れたように言葉をなくす。まさかこんなにキャサリンが学のない娘だと思わなかったのだ。子爵は貰い事故をしたのだろう。将来を見込んで養女にしたのにそれのせいで身の破滅を呼ぶとは。見る目がなかったのだろう。
「キャサリンさん。ひとつ提案があるのだけど」
意外にも大事になってしまったようだ。リーゼロッテが扇で口元を隠しながら驚きを飲んでいるとカイゼルはようやく金縛りが解けたように動き出した。
「しかし、父上!」
「しかしもかかしもない!いいか、婚約は続行だ。先程の会話は私も聞いていた。お前の婚約者の相手はリデル嬢にすげ替える。お前は責任を取るがいい」
「そんなことしたらキャサリンは………!」
カイゼルはなおも噛み付いて国王へと話しかけていた。状況が読めていないその能天気さは羨ましいがとてもではないが見習いたいものでは無いとリーゼロッテは考えた。リデルはちらちらとキャサリンを見ている。キャサリンの唇はわなわなと震えていた。
「第二王子を誑かした平民の女か…………よい。その女は国外追放で手を打とう。もとより養女。子爵も不服はないだろう」
「そんな…………!!」
キャサリンが悲鳴をあげる。
(あーあ…………思った以上の大惨事になってしまったわ………)
リーゼロッテが望んだのはただの婚約破棄なのに、なぜこうなってしまったのか。しかし取りなす気は無い。元はと言えば全て第二王子がまいた種なのである。自分がしたことは自分で始末をつけて欲しい。そんなことを考えているリーゼロッテにカイゼルの視線が向いた。状況が悪いことを悟ったのか、必死な形相でカイゼルはリーゼロッテを罵った。悪いどころか背水の陣もいいところなのだが。
「違うんです!!全てこいつが…………彼女が!すべて悪い!」
「………カイゼル」
国王の呆れ返ったような、怒りを押し殺したような深い声がする。キャサリンは場をハラハラと見守っていた。リーゼロッテはそっと足を踏み出すと、扇で自分の頬に触れた。冷たい感覚がする。
「わたくしのせい?わたくしのせいと、そうおっしゃるの」
リーゼロッテの冷たい声が大広間にひびく。興奮したカイゼルは気づかない。カイゼルはかおも叫ぶように言った。
「そうだ!!そもそもお前が………お前が、相手をしないから!」
「未婚の令嬢に婚前交渉を強要しようと、そう殿下は仰りたいのですね。やだわ、いつから王族はそんな野蛮になったの?恐ろしい」
「カイゼル、いい加減にしなさい」
リーゼロッテの言葉に続き、国王が諌めるように言う。カイゼルはそれでもなお言葉を続けた。
「それが普通だろう!こうなったのもお前のせいだ!お前がなんとかしろ!」
「なんとか………ね」
リーゼロッテは考えるようにつぅ、と扇を動かした。そしてぱっと扇を広げる。未だに事態が理解出来ていない王子に教えるにはこれが一番だろう。リーゼロッテは無表情のまま第二王子に近づくと、その手を振りあげた。そして、扇でぱしり、とその頬を叩いた。突然リーゼロッテに頬をはられた第二王子は呆然としている。だけどすぐにわなわなと震え出した。叩かれたせいで赤い頬が、更に赤くなる。
「お前!今何をしたのかーーー」
「落ち着いて、よーく周りをご覧なさいませ」
「はぁ…………!?」
声を荒らげるカイゼル。
だけどリーゼロッテの言葉に不信感を抱いたのか、確かに彼は周りを見た。初めて周りを意識したのである。そして、彼がみたものは周囲の人間が好奇心と嘲笑の交じった笑みで自分たちを見ている視線だった。思わぬことにカイゼルが言葉を詰まらせる。目は口ほどに物を言う。言葉はなくともその目が、周りに集まった紳士淑女がカイゼルの行いを非難していた。とんだ醜聞だ。それにもかかわらず今も尚駄々をこねる第二王子に、もう敬愛の視線はなかった。
「な、なんだ…………!なんだと言うんだ!見るな!!そんな目で俺を見るな!!俺を誰だと思っているんだ?王子だぞ!?王族なんだぞ…………!?」
「喚かない。……みっともない」
リーゼロッテが小さく言うとカイゼルが息を飲む。ようやく静かになったカイゼルにリーゼロッテは背を向け、国王を見た。国王は戸惑っているようだったが、しかしリーゼロッテと目が合うと申し訳なさそうな顔をした。
「申し訳ありません、王子殿下のお顔を叩いてしまいました」
「よい。それ以上のことをされても仕方の無いことをこいつはした。それで貴殿の気が晴れるなら全く問題は無い」
「父上…………!」
「あんまりですわ、国王陛下!!」
そこでようやく悲鳴混じりの声をキャサリンが上げた。リーゼロッテはちらりとそちらを見る。ぱちりと視線が合うと、キャサリンはあからさまに泣きそうな顔になった。
「愛し合う恋人同士を引き裂くなんて…………たとえ国王陛下となれど、していいことではありませんわ!」
ーーーこいつは何を言っている?
それが広間にいる貴族の総意だった。リーゼロッテもそれにはたがわずうんざりとした顔を笑みの下に隠した。国王が呆れたように言葉をなくす。まさかこんなにキャサリンが学のない娘だと思わなかったのだ。子爵は貰い事故をしたのだろう。将来を見込んで養女にしたのにそれのせいで身の破滅を呼ぶとは。見る目がなかったのだろう。
「キャサリンさん。ひとつ提案があるのだけど」
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