上 下
2 / 2
第1章:嫉妬(笑)とか言われましても

それは、恋ではない

しおりを挟む
にっこり笑う。ジェラルド様は、信じられないものを見る目を向けてきた。なぜ。

「ほ……本気で言ってるのか?この結婚が、どんな経緯で結ばれたものか知っているだろう?」

それ、あなたが言う??

この結婚は、好きだの嫌いだの、そういう感情論から結ばれたものではない。そもそも、貴族の結婚なんてそのほとんどが政略結婚だ。

「なんできみはそうなるんだ!!怒ってるのか?怒っているんだろう!きみと結婚しておきながら、ほかの女性ひとを愛する僕のことを!」

「いえ、それは別に。旦那様……ジェラルド様もご存知の通り、この結婚は政略結婚ですから。貴族が愛人を持つのはよくあることですし、そのことに関しては何も思っておりません」

正直なところ、私にはひとを愛するという気持ちがよく分からない。彼に愛を求められるより、外に愛を求めてもらった方が結果的には良かったのかもしれない。
それに、思うところはない。真実だ。

婚約中、彼の人となりを知り、少しでも彼という人間を理解しようと励んだものの、結婚式の夜に彼から恋人の存在を告げられた。結局、無意味だったのだ。

彼が、よそに恋人を作ったのは、きっと彼を好きになれなかった私のせいでもある。それを、恨んだことはない。
だけど──。

「私が申し上げているのは貴族として、最低限のマナーは守っていただきたい。この一点だけでした」

旦那様は、私を見ると困ったものを見るような顔になった。
そして、大仰にため息を吐いてみせる。駄々っ子を相手にするような仕草に、流石に腹が立った。
どうしてこのひとは、この期に及んで自分が悪い──もしくは、悪いかもしれない、という可能性に思い当たらないのだろう。

何が彼をここまで正当化させてしまっているの。

「今はきみも、頭に血が上っているんだろ。だいたい、そんなかんたんに離縁などできるはずがない。離縁したとして、きみはどうする?瑕疵のある女性が生きていけるほど、社交界ここは甘くない。それとも、僕を亡き者にして、未亡人にでもなるか?ははっ」

と、彼は笑い交じりに言った。

「──」

どんどん、感情が冷えていくのがわかる。
許されるなら、彼の胸ぐらを締め上げてやりたい。
だけどここは穏便になるべきだ。落ち着いて、冷静に。正規の手段に則って話を進めた方がいい。感情的になって良いことなどひとつもない。

それに、もしそんなことすればそれこそ「やっぱり嫉妬でカッとなってるんだろう」とか言われかねない。そんなこと言われたら、本気で彼をどうにかしてしまいそうだ。

でもこれで、よく分かった。
彼は、これっぽっちも私の話を信じていない。怒りに任せた戯言だと思っている。
私が、かんたんに、何の考えもなく口にしていると思っているのだ。
所詮、口先だろう、と。

これには──彼には恨みはないけれど。
腹は立つ。

(とことん馬鹿にしてくれるわね……)

いいでしょう。あなたがその気なら、もう何も相談などしない。あくまで私は、互いの幸せ、良き未来のための、前向きな手段のひとつとして離縁を提示したというのに。

彼は本気でそれに取り合わないどころか、笑って足蹴にした。

「……ジェラルド様」

「なに?あのさ、僕疲れてるんだよね。きみと違って、仕事ばかりしているし──」

きみと違って、ですって??
その言葉を少し詳しく聞きたかったが、これ以上の話し合いは無意味だ。分かっていたのに、彼がまともに対話してくれると思い込んでしまった私が悪い。
私は、その言葉を流して彼に言った。

「一週間、実家に帰らせていただきます」

「は?」

彼が狼狽えた。
当然だろう。妻が実家に帰る。それは即ち、夫婦の関係悪化を意味しているからだ。とはいえ、私は彼を脅すためにそう言っているわけではなく。

「お父様に助言を請います。私ひとりでは、少々心配ですし……。一週間後、正式な書類を揃えて参りますので、それまで失礼いたします」

「おい待て、ルナマリア!」

「これ以上、ジェラルド様とお話することはありません」

「本気で言ってるのか?そんなの、鼻で笑われるだけだぞ。お前も知ってるだろ。貴族の離縁など有り得ない。笑いものにされるだけだ!」

「それこそ、今更だと思いますわ。夜会の度にフローレンス様をエスコートするジェラルド様のお姿、社交界でとても噂になってますもの」

私の言葉に、彼はぐっと言葉に詰まった様子だった。それ以上、彼が何か言う様子はなさそうだったので、その隙に私はサロンを出た。

(……なんだか、ドッと疲れた)

自室に戻りがてら、私はちいさくため息を吐く。

ジェラルド様との婚約は、幼い頃から結ばれていた。幼少時の私は、彼を頼もしいお兄様のように思っていた。彼も、私に優しくしてくれたと思う。
だけどそれは、恋ではない。……恋では、ないのだ。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

実家に帰ったら平民の子供に家を乗っ取られていた!両親も言いなりで欲しい物を何でも買い与える。

window
恋愛
リディア・ウィナードは上品で気高い公爵令嬢。現在16歳で学園で寮生活している。 そんな中、学園が夏休みに入り、久しぶりに生まれ育った故郷に帰ることに。リディアは尊敬する大好きな両親に会うのを楽しみにしていた。 しかし実家に帰ると家の様子がおかしい……?いつものように使用人達の出迎えがない。家に入ると正面に飾ってあったはずの大切な家族の肖像画がなくなっている。 不安な顔でリビングに入って行くと、知らない少女が高級なお菓子を行儀悪くガツガツ食べていた。 「私が好んで食べているスイーツをあんなに下品に……」 リディアの大好物でよく召し上がっているケーキにシュークリームにチョコレート。 幼く見えるので、おそらく年齢はリディアよりも少し年下だろう。驚いて思わず目を丸くしているとメイドに名前を呼ばれる。 平民に好き放題に家を引っかき回されて、遂にはリディアが変わり果てた姿で花と散る。

【完結】7年待った婚約者に「年増とは結婚できない」と婚約破棄されましたが、結果的に若いツバメと縁が結ばれたので平気です

岡崎 剛柔
恋愛
「伯爵令嬢マリアンヌ・ランドルフ。今日この場にて、この僕――グルドン・シルフィードは君との婚約を破棄する。理由は君が25歳の年増になったからだ」  私は7年間も諸外国の旅行に行っていたグルドンにそう言われて婚約破棄された。  しかも貴族たちを大勢集めたパーティーの中で。  しかも私を年増呼ばわり。  はあ?  あなたが勝手に旅行に出て帰って来なかったから、私はこの年までずっと結婚できずにいたんですけど!  などと私の怒りが爆発しようだったとき、グルドンは新たな人間と婚約すると言い出した。  その新たな婚約者は何とタキシードを着た、6、7歳ぐらいの貴族子息で……。

妹の妊娠と未来への絆

アソビのココロ
恋愛
「私のお腹の中にはフレディ様の赤ちゃんがいるんです!」 オードリー・グリーンスパン侯爵令嬢は、美貌の貴公子として知られる侯爵令息フレディ・ヴァンデグリフトと婚約寸前だった。しかしオードリーの妹ビヴァリーがフレディと一夜をともにし、妊娠してしまう。よくできた令嬢と評価されているオードリーの下した裁定とは?

(完結)私より妹を優先する夫

青空一夏
恋愛
私はキャロル・トゥー。トゥー伯爵との間に3歳の娘がいる。私達は愛し合っていたし、子煩悩の夫とはずっと幸せが続く、そう思っていた。 ところが、夫の妹が離婚して同じく3歳の息子を連れて出戻ってきてから夫は変わってしまった。 ショートショートですが、途中タグの追加や変更がある場合があります。

婚約者の浮気現場に踏み込んでみたら、大変なことになった。

和泉鷹央
恋愛
 アイリスは国母候補として長年にわたる教育を受けてきた、王太子アズライルの許嫁。  自分を正室として考えてくれるなら、十歳年上の殿下の浮気にも目を瞑ろう。  だって、殿下にはすでに非公式ながら側妃ダイアナがいるのだし。  しかし、素知らぬふりをして見逃せるのも、結婚式前夜までだった。  結婚式前夜には互いに床を共にするという習慣があるのに――彼は深夜になっても戻ってこない。  炎の女神の司祭という側面を持つアイリスの怒りが、静かに爆発する‥‥‥  2021年9月2日。  完結しました。  応援、ありがとうございます。  他の投稿サイトにも掲載しています。

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

妻の死で思い知らされました。

あとさん♪
恋愛
外交先で妻の突然の訃報を聞いたジュリアン・カレイジャス公爵。 急ぎ帰国した彼が目にしたのは、淡々と葬儀の支度をし弔問客たちの対応をする子どもらの姿だった。 「おまえたちは母親の死を悲しいとは思わないのか⁈」 ジュリアンは知らなかった。 愛妻クリスティアナと子どもたちがどのように生活していたのか。 多忙のジュリアンは気がついていなかったし、見ようともしなかったのだ……。 そしてクリスティアナの本心は——。 ※全十二話。 ※作者独自のなんちゃってご都合主義異世界だとご了承ください ※時代考証とか野暮は言わないお約束 ※『愚かな夫とそれを見限る妻』というコンセプトで書いた第三弾。 第一弾『妻の死を人伝てに聞きました。』 第二弾『そういうとこだぞ』 それぞれ因果関係のない独立したお話です。合わせてお楽しみくださると一興かと。 ※この話は小説家になろうにも投稿しています。

【完結】契約妻の小さな復讐

恋愛
「余計な事をせず、ただ3年間だけ僕の妻でいればいい」 借金の肩代わりで伯爵家に嫁いだクロエは夫であるジュライアに結婚初日そう告げられる。彼には兼ねてから愛し合っていた娼婦がいて、彼女の奉公が終わるまでの3年間だけクロエを妻として迎えようとしていた。 身勝手でお馬鹿な旦那様、この3年分の恨みはちゃんと晴らさせて貰います。 ※誤字脱字はご了承下さい。 タイトルに※が付いているものは性描写があります。ご注意下さい。

処理中です...