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第1章:嫉妬(笑)とか言われましても
それは、恋ではない
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にっこり笑う。ジェラルド様は、信じられないものを見る目を向けてきた。なぜ。
「ほ……本気で言ってるのか?この結婚が、どんな経緯で結ばれたものか知っているだろう?」
それ、あなたが言う??
この結婚は、好きだの嫌いだの、そういう感情論から結ばれたものではない。そもそも、貴族の結婚なんてそのほとんどが政略結婚だ。
「なんできみはそうなるんだ!!怒ってるのか?怒っているんだろう!きみと結婚しておきながら、ほかの女性を愛する僕のことを!」
「いえ、それは別に。旦那様……ジェラルド様もご存知の通り、この結婚は政略結婚ですから。貴族が愛人を持つのはよくあることですし、そのことに関しては何も思っておりません」
正直なところ、私にはひとを愛するという気持ちがよく分からない。彼に愛を求められるより、外に愛を求めてもらった方が結果的には良かったのかもしれない。
それに、思うところはない。真実だ。
婚約中、彼の人となりを知り、少しでも彼という人間を理解しようと励んだものの、結婚式の夜に彼から恋人の存在を告げられた。結局、無意味だったのだ。
彼が、よそに恋人を作ったのは、きっと彼を好きになれなかった私のせいでもある。それを、恨んだことはない。
だけど──。
「私が申し上げているのは貴族として、最低限のマナーは守っていただきたい。この一点だけでした」
旦那様は、私を見ると困ったものを見るような顔になった。
そして、大仰にため息を吐いてみせる。駄々っ子を相手にするような仕草に、流石に腹が立った。
どうしてこのひとは、この期に及んで自分が悪い──もしくは、悪いかもしれない、という可能性に思い当たらないのだろう。
何が彼をここまで正当化させてしまっているの。
「今はきみも、頭に血が上っているんだろ。だいたい、そんなかんたんに離縁などできるはずがない。離縁したとして、きみはどうする?瑕疵のある女性が生きていけるほど、社交界は甘くない。それとも、僕を亡き者にして、未亡人にでもなるか?ははっ」
と、彼は笑い交じりに言った。
「──」
どんどん、感情が冷えていくのがわかる。
許されるなら、彼の胸ぐらを締め上げてやりたい。
だけどここは穏便になるべきだ。落ち着いて、冷静に。正規の手段に則って話を進めた方がいい。感情的になって良いことなどひとつもない。
それに、もしそんなことすればそれこそ「やっぱり嫉妬でカッとなってるんだろう」とか言われかねない。そんなこと言われたら、本気で彼をどうにかしてしまいそうだ。
でもこれで、よく分かった。
彼は、これっぽっちも私の話を信じていない。怒りに任せた戯言だと思っている。
私が、かんたんに、何の考えもなく口にしていると思っているのだ。
所詮、口先だろう、と。
これには──彼には恨みはないけれど。
腹は立つ。
(とことん馬鹿にしてくれるわね……)
いいでしょう。あなたがその気なら、もう何も相談などしない。あくまで私は、互いの幸せ、良き未来のための、前向きな手段のひとつとして離縁を提示したというのに。
彼は本気でそれに取り合わないどころか、笑って足蹴にした。
「……ジェラルド様」
「なに?あのさ、僕疲れてるんだよね。きみと違って、仕事ばかりしているし──」
きみと違って、ですって??
その言葉を少し詳しく聞きたかったが、これ以上の話し合いは無意味だ。分かっていたのに、彼がまともに対話してくれると思い込んでしまった私が悪い。
私は、その言葉を流して彼に言った。
「一週間、実家に帰らせていただきます」
「は?」
彼が狼狽えた。
当然だろう。妻が実家に帰る。それは即ち、夫婦の関係悪化を意味しているからだ。とはいえ、私は彼を脅すためにそう言っているわけではなく。
「お父様に助言を請います。私ひとりでは、少々心配ですし……。一週間後、正式な書類を揃えて参りますので、それまで失礼いたします」
「おい待て、ルナマリア!」
「これ以上、ジェラルド様とお話することはありません」
「本気で言ってるのか?そんなの、鼻で笑われるだけだぞ。お前も知ってるだろ。貴族の離縁など有り得ない。笑いものにされるだけだ!」
「それこそ、今更だと思いますわ。夜会の度にフローレンス様をエスコートするジェラルド様のお姿、社交界でとても噂になってますもの」
私の言葉に、彼はぐっと言葉に詰まった様子だった。それ以上、彼が何か言う様子はなさそうだったので、その隙に私はサロンを出た。
(……なんだか、ドッと疲れた)
自室に戻りがてら、私はちいさくため息を吐く。
ジェラルド様との婚約は、幼い頃から結ばれていた。幼少時の私は、彼を頼もしいお兄様のように思っていた。彼も、私に優しくしてくれたと思う。
だけどそれは、恋ではない。……恋では、ないのだ。
「ほ……本気で言ってるのか?この結婚が、どんな経緯で結ばれたものか知っているだろう?」
それ、あなたが言う??
この結婚は、好きだの嫌いだの、そういう感情論から結ばれたものではない。そもそも、貴族の結婚なんてそのほとんどが政略結婚だ。
「なんできみはそうなるんだ!!怒ってるのか?怒っているんだろう!きみと結婚しておきながら、ほかの女性を愛する僕のことを!」
「いえ、それは別に。旦那様……ジェラルド様もご存知の通り、この結婚は政略結婚ですから。貴族が愛人を持つのはよくあることですし、そのことに関しては何も思っておりません」
正直なところ、私にはひとを愛するという気持ちがよく分からない。彼に愛を求められるより、外に愛を求めてもらった方が結果的には良かったのかもしれない。
それに、思うところはない。真実だ。
婚約中、彼の人となりを知り、少しでも彼という人間を理解しようと励んだものの、結婚式の夜に彼から恋人の存在を告げられた。結局、無意味だったのだ。
彼が、よそに恋人を作ったのは、きっと彼を好きになれなかった私のせいでもある。それを、恨んだことはない。
だけど──。
「私が申し上げているのは貴族として、最低限のマナーは守っていただきたい。この一点だけでした」
旦那様は、私を見ると困ったものを見るような顔になった。
そして、大仰にため息を吐いてみせる。駄々っ子を相手にするような仕草に、流石に腹が立った。
どうしてこのひとは、この期に及んで自分が悪い──もしくは、悪いかもしれない、という可能性に思い当たらないのだろう。
何が彼をここまで正当化させてしまっているの。
「今はきみも、頭に血が上っているんだろ。だいたい、そんなかんたんに離縁などできるはずがない。離縁したとして、きみはどうする?瑕疵のある女性が生きていけるほど、社交界は甘くない。それとも、僕を亡き者にして、未亡人にでもなるか?ははっ」
と、彼は笑い交じりに言った。
「──」
どんどん、感情が冷えていくのがわかる。
許されるなら、彼の胸ぐらを締め上げてやりたい。
だけどここは穏便になるべきだ。落ち着いて、冷静に。正規の手段に則って話を進めた方がいい。感情的になって良いことなどひとつもない。
それに、もしそんなことすればそれこそ「やっぱり嫉妬でカッとなってるんだろう」とか言われかねない。そんなこと言われたら、本気で彼をどうにかしてしまいそうだ。
でもこれで、よく分かった。
彼は、これっぽっちも私の話を信じていない。怒りに任せた戯言だと思っている。
私が、かんたんに、何の考えもなく口にしていると思っているのだ。
所詮、口先だろう、と。
これには──彼には恨みはないけれど。
腹は立つ。
(とことん馬鹿にしてくれるわね……)
いいでしょう。あなたがその気なら、もう何も相談などしない。あくまで私は、互いの幸せ、良き未来のための、前向きな手段のひとつとして離縁を提示したというのに。
彼は本気でそれに取り合わないどころか、笑って足蹴にした。
「……ジェラルド様」
「なに?あのさ、僕疲れてるんだよね。きみと違って、仕事ばかりしているし──」
きみと違って、ですって??
その言葉を少し詳しく聞きたかったが、これ以上の話し合いは無意味だ。分かっていたのに、彼がまともに対話してくれると思い込んでしまった私が悪い。
私は、その言葉を流して彼に言った。
「一週間、実家に帰らせていただきます」
「は?」
彼が狼狽えた。
当然だろう。妻が実家に帰る。それは即ち、夫婦の関係悪化を意味しているからだ。とはいえ、私は彼を脅すためにそう言っているわけではなく。
「お父様に助言を請います。私ひとりでは、少々心配ですし……。一週間後、正式な書類を揃えて参りますので、それまで失礼いたします」
「おい待て、ルナマリア!」
「これ以上、ジェラルド様とお話することはありません」
「本気で言ってるのか?そんなの、鼻で笑われるだけだぞ。お前も知ってるだろ。貴族の離縁など有り得ない。笑いものにされるだけだ!」
「それこそ、今更だと思いますわ。夜会の度にフローレンス様をエスコートするジェラルド様のお姿、社交界でとても噂になってますもの」
私の言葉に、彼はぐっと言葉に詰まった様子だった。それ以上、彼が何か言う様子はなさそうだったので、その隙に私はサロンを出た。
(……なんだか、ドッと疲れた)
自室に戻りがてら、私はちいさくため息を吐く。
ジェラルド様との婚約は、幼い頃から結ばれていた。幼少時の私は、彼を頼もしいお兄様のように思っていた。彼も、私に優しくしてくれたと思う。
だけどそれは、恋ではない。……恋では、ないのだ。
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