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二章◆リアム・レース・アルカーナ
あなたに出会うまでの物語 ②
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植物に興味を抱いたのは、母がきっかけだった。
思い悩む彼女を少しでも励ましたくて、庭園の花々を見て回っているうちに、侍女のひとりが教えてくれたのだ。
『そちらは、リラックス効果のあるハーブですので妃殿下もお喜びになると思いますよ』
きっかけは、そんな一言だった。
それから俺は、植物がそれぞれ持つ、美しさだけではない性質に目を向けるようになったのだ。
城に研究室を持ち、研究に没頭する、変人王子。
社交界ではそんなふうに呼ばれているのは知っていたが、それすらもどうでも良かった。
どうせそのうち、臣籍降下し王族の身ではなくなるのだ。
そう思うと幾分か気も晴れ、鬱々とした思いも薄れていく。
☆
陛下から研究室から与えられ、半年ほど経過した頃。
俺は麦の品種改良の研究をしていた。極寒の地でも芽吹く性質を持つ麦だ。
成功すれば北方の地で大いに役立つことだろう。
もっとも芽吹くだけではなく、品質維持、あるいはその向上もまた、必要になってくるが、まずは発芽させなければなにも始まらない。
麦の研究を始めたには理由があった。
研究室に篭もりきりの変人王子と噂されるのは構わない。ひとの噂など大して気にしていないからだ。
しかし、だからといって『趣味に没頭し、王子としての義務を疎かにしている』と悪口を叩かれるのは我慢ならなかった。
そういった理由から、俺はまず国が抱える懸念事項を洗い出し、そこから麦の品種改良に目をつけた。
ほかにも研究しているやつはいるはずだ。すぐに成功するとは限らないが、長い期間を費やす覚悟で私費を投じ、研究に没頭した。
それに自分自身、気付かなかったが植物の世話をするのは嫌いではなかった。
むしろ、向いていたのだろう。
几帳面の性格は、日々の観察記録をつけるのに最適だった。
自分自身、社交よりも研究室にこもってあれこれ試す方が向いていた。
朝から晩まで、飽きもせず植物の生態を調べては、次の実験に備え、準備する。
そのうち、父につけられた側近も研究に参加するようになり、少しづつ、牛歩の歩みではあるが成果が出始めた。
そんなある日。
俺はいつものように研究室へと向かっていた。
そこで、彼女と出会ったのだ。
回廊を抜ければ、研究室はすぐそこ……といったところでふと、白い塊が見えた。
一瞬、城に野兎でも迷い込んだのかと思ったが、すぐに誤解だと知れた。
自分よりいくつか年下であろう少女が、壁にくっついている。
俺に気がついた様子はなく、あたりを慎重に伺っているようだ。
このあたりは王族専用区域であり、許可を得た人間しか立ち入ることが許されない。
おおかた、親の登城に連れてこられ、はぐれてしまったのだろう。
めんどうだ、と思った。
貴族の令嬢はめんどくさい。気位ばかりが高くて、話していると億劫になるのだ。
そもそも、あの少女たちの会話に意味などない。
実のない話を延々とされるのは苦痛であり、感情的なところは母を彷彿とさせ、彼は苦手としていた。
ここは、従僕を呼んで回収させるか。
そう、思った時。
厄介なことに、その少女がこちらを振り向いた。
真っ白な髪に、色味の薄い青色の瞳。
ぱちくりと目を開けている彼女は、俺に気がつくとにっこりと笑った。
満足そうに。
面食らった。
迷子ではないのか。
てっきりはぐれて涙ぐんでいるのでは、と思っていたので、この時点で俺の予想からは外れていた。
思い悩む彼女を少しでも励ましたくて、庭園の花々を見て回っているうちに、侍女のひとりが教えてくれたのだ。
『そちらは、リラックス効果のあるハーブですので妃殿下もお喜びになると思いますよ』
きっかけは、そんな一言だった。
それから俺は、植物がそれぞれ持つ、美しさだけではない性質に目を向けるようになったのだ。
城に研究室を持ち、研究に没頭する、変人王子。
社交界ではそんなふうに呼ばれているのは知っていたが、それすらもどうでも良かった。
どうせそのうち、臣籍降下し王族の身ではなくなるのだ。
そう思うと幾分か気も晴れ、鬱々とした思いも薄れていく。
☆
陛下から研究室から与えられ、半年ほど経過した頃。
俺は麦の品種改良の研究をしていた。極寒の地でも芽吹く性質を持つ麦だ。
成功すれば北方の地で大いに役立つことだろう。
もっとも芽吹くだけではなく、品質維持、あるいはその向上もまた、必要になってくるが、まずは発芽させなければなにも始まらない。
麦の研究を始めたには理由があった。
研究室に篭もりきりの変人王子と噂されるのは構わない。ひとの噂など大して気にしていないからだ。
しかし、だからといって『趣味に没頭し、王子としての義務を疎かにしている』と悪口を叩かれるのは我慢ならなかった。
そういった理由から、俺はまず国が抱える懸念事項を洗い出し、そこから麦の品種改良に目をつけた。
ほかにも研究しているやつはいるはずだ。すぐに成功するとは限らないが、長い期間を費やす覚悟で私費を投じ、研究に没頭した。
それに自分自身、気付かなかったが植物の世話をするのは嫌いではなかった。
むしろ、向いていたのだろう。
几帳面の性格は、日々の観察記録をつけるのに最適だった。
自分自身、社交よりも研究室にこもってあれこれ試す方が向いていた。
朝から晩まで、飽きもせず植物の生態を調べては、次の実験に備え、準備する。
そのうち、父につけられた側近も研究に参加するようになり、少しづつ、牛歩の歩みではあるが成果が出始めた。
そんなある日。
俺はいつものように研究室へと向かっていた。
そこで、彼女と出会ったのだ。
回廊を抜ければ、研究室はすぐそこ……といったところでふと、白い塊が見えた。
一瞬、城に野兎でも迷い込んだのかと思ったが、すぐに誤解だと知れた。
自分よりいくつか年下であろう少女が、壁にくっついている。
俺に気がついた様子はなく、あたりを慎重に伺っているようだ。
このあたりは王族専用区域であり、許可を得た人間しか立ち入ることが許されない。
おおかた、親の登城に連れてこられ、はぐれてしまったのだろう。
めんどうだ、と思った。
貴族の令嬢はめんどくさい。気位ばかりが高くて、話していると億劫になるのだ。
そもそも、あの少女たちの会話に意味などない。
実のない話を延々とされるのは苦痛であり、感情的なところは母を彷彿とさせ、彼は苦手としていた。
ここは、従僕を呼んで回収させるか。
そう、思った時。
厄介なことに、その少女がこちらを振り向いた。
真っ白な髪に、色味の薄い青色の瞳。
ぱちくりと目を開けている彼女は、俺に気がつくとにっこりと笑った。
満足そうに。
面食らった。
迷子ではないのか。
てっきりはぐれて涙ぐんでいるのでは、と思っていたので、この時点で俺の予想からは外れていた。
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