王妃の鑑

ごろごろみかん。

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「さーて、どうしよっか。もう、この世界でネアちゃんが知らなきゃいけないことはないと思うよ。戻るのは早い方がいい」

「…………いや、嫌よ、そんなの」

また、あの世界に戻る。起きたら、デルセンがいて、陛下がいる?そして、今度こそ私は殺されるの。殺されるためだけにあの世界に戻るの?なら、戻りたくない。デルセンはどうして私にこんな魔法をかけたのだろう。私に後悔させるため?私も愚かだったと、そう教えるために?

混乱した私の頭を、ノアが優しく撫でる。その暖かい手つきがじんわりと伝わる。このまま、ここにいたい。けれど、それは叶わないと言う。

「ーーーノア」

「ん?」

「私、あなたを恨むわ」

「うっわ、怖い」

「それで、ずっと忘れないんだから。ーーー次は、私からあなたを見つけ出す。ねえ、ノア。あなた、そろそろフルネームを教えてくれてもいいんじゃない?」

言うと、ノアは少し考えるようにしてから、答えた。楽しげに、目を細める。

「ノア。ノア・ディアルセイ。それが、俺の本名」

「ディアル………セイ………?」

ノアの言葉に、思わず息を飲んだ。ノアは私の頬を撫でると、笑う。

「そ。殿下とは兄弟ってところかな。俺の母親はガーネット妃だよ」

「ーーー」

ついさっきだ。ついさっき、私は殿下の口から元王妃の不貞を聞かされた。まさか、ノアがーーー。ノアが、その子供、だなんて。

「殿下は行動が早いねぇ。王妃の不貞を盾にとって強請ろうとした乳母は、連絡がつかなくなったよ」

「…………」

「んー………そうだな、ちなみに。もっと面白いことを教えてあげようか」

ノアは私から離れると、フードを被り直した。それを何となく見ていると、ノアがこちらを見る。紫の中に浮かぶ黄金の瞳と目が合った。

「俺の名前は、陛下から貰ってるんだよ」

「え……?」

その時、遠くから声が聞こえてきた。どうやら衛兵らしい。戻ってこない私とフィフを探しに来たのかもしれない。遠くから足音が聞こえると、ノアは問答無用に私の手を引っ張った。

「きゃあっ………」

「じゃ、ネアちゃん。また会おうね。違う世界で、僕を探しに来てよ」

「ちょっと、ノア………!?」

「恨むなら僕を恨んで!この世界できみがやり残したことは、もうない。おめでとう!」

そう言って、ノアは私の目を手でおおった。何も見えなくなる。ちょっと待って。もしかして、今?いま、私を元の世界に戻すつもり………!?待って、私まだ、リリアベルに話したいことが。ネイヴァーさんにも、挨拶がしたかった。そう言いたかったのに、声が出なかった。いや、声は出たのかもしれない。だけどその時には既に水の中にいるような感覚だった。

ーーーだめだよ、挨拶なんてしたら、世界の調和が乱れるから

それだけが、最後に頭の中に響いた。
とぷん、と水の中に溶け込むように。私の意識は落ちていって、落ちていって。全てが暗闇に塗りつぶされていった。



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