王妃の鑑

ごろごろみかん。

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時めぐる(2)

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殿下は執務机に向かいながら、執務を進めている。私を部屋によんで起きながら執務をする殿下は、やはりおかしい。いつもならちゃんと同じ席につくのに。
私は視線をさまよわせて、思考をめぐらせる。

「…………今日の殿下は、いつもより様子が変です」

「そうかな。初めて言われた」

え、まさか自覚ないのかしら………?
驚いて見ると、殿下はペンを握ったまま背もたれにもたれた。そして書きかけであろう紙をぐしゃりとおもむろに握りつぶす。そしてそのまま紙を宙に放った。投げられた紙がひらひらと床に落ちる。

「ちょっ………何なさってるんですか」

さすがに様子がおかしすぎる。慌てて声をかけた。こんな投げやりな殿下は初めて見た。彼は海のような瞳をこちらにむける。その温度のない、無機質な瞳には見覚えがある。どくり、と心臓が嫌な音を立てた。手の先が冷たくなる。私は、未だに殿下を恐ろしく思っている。焼き付いた記憶は消えないし、私は未だに恐怖に囚われたままだ。
そして、殿下がぽつりと呟いた。

「………母がね、不貞を働いていたんだ」

つまらなそうで、それでいてどこか悲しそう。彼のこんな声を聞いたのは、初めてだった。
母が、不貞を働いていたーーー。その言葉が脳内を巡る。母、ということは殿下のお母様で間違いないはず。そうなればそれは、王妃様で違いない。
王妃様が、えっ………?待って。不貞を働いていた………?思わず固まる私を見て、殿下が口端に笑みを浮かべた。自嘲げな笑みだった。

「そうだよね。それが普通の反応だ。あんなに取りすまして、清廉さを醸し出していた人が、不貞を働いていたなんて。信じられないだろう?」

僕もだ。殿下はそう告げると、背もたれにもたれた。顔を上に向け、こちらからは表情が見えない。

「ネアは、不貞についてどう思う?」

どきりとした。それを、誰よりも。あなたに言われるとは思っていなかった。手が冷たくなる。冷や汗がじわりと背中に流れた。私に姦通罪の容疑をかけ、そして自分はほかの女と通じていた。彼が、それを言うのか。
じわじわと混み上がる恨みのような、悲しみのような。苦しさと、悔しさがごちゃごちゃになって、言葉を失う。
あれから数週間が経った。もうアデライードとは出会っているはず。ちょっとずつ、時間が動いている。私ははくはくと口を動かしながら、重たい声で答えた。

「………人を裏切る、酷い行為です」

それを、あなたは私にした。
私が呟くと、殿下は目を細める。そしてゆるりと足を組んだ。
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