王妃の鑑

ごろごろみかん。

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お茶会(2)

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「緊張しないで、って言っても、すぐにはできないか。じゃあ、少しずつでいいから慣れていって?それで………当日、ネアには迎えを送るから、その馬車に乗って城に来てほしい」

「は、はい。分かりました」

視線を落として不敬にならない程度に紅茶を眺める。落ち着いた声は、まだ高い。まだ変声期を迎えていないのだろう。今の殿下はあどけなくて、幼くて、可愛らしいという印象を覚える。彼が変わってしまうのが、怖い。それとももう既に私のことなど嫌いなのだろうか。

「うーん………硬いな。何か楽しい話をしようか。ネアは何が好き?」

「わ、わたくしは………」

好きな、もの。その時ふと思い浮かんだ。ただ思い浮かんだだけで、深い意味はなかった。私は紅茶に映る自分の顔を見ながら呟いた。

「ラベンダー…………が……好きです」

殿下がどんな反応を示すか気になって思わず顔を上げる。彼は私の言葉にさほど驚いた様子はなかった。彼の水晶のような瞳と視線が交わる。

「ラベンダーか。香りが好きなのかな」

「はい……。殿下は、お好きですか?」

何とか声を振り絞って尋ねてみる。今の彼に聞いたって仕方ない。本当の意味など、実際の彼に………陛下に聞いてみるほか、ない。だけどどうしてか声が零れてしまった。もしかしたら、悪い意味で香水をつけていたのではない、と心理下では思いたいからかもしれない。
殿下は少し悩んでから、答えた。彼が首を傾げる度にさらさらと絹糸のような髪が揺れる。ステンドガラスから零れた光を受けて、殿下の髪が淡く透ける。悔しいほどに、殿下は見目が整っている。

「うーん、どうかな。ただ、可愛らしい花だとは思うよ」

「可愛らしい………ですか?」

「あまりこういうことを言うとフィフに怒られるんだけど……ネアにはいいかな」

「………?」

思わず不思議に思って首を傾げると、殿下が淡く微笑んだ。変わらない、微笑み。私が好きだった表情。香り、仕草、言葉選び。全てが胸を締付ける。好きだから、辛い。好きで、たまらなかったからこそ、苦しくて、悲しくて、胸が痛い。私の人生と言っても過言ではなかった恋は、苛烈な終わりを迎えた。
それとまた対峙するには、あまりにも時間が少なかった。苦しくて、苦しくて、たまらないのに。それを凌駕する恋心。嫌いになれるのならいっそなりたい。憎めるのなら、いっそ憎みたい。
でもそれが出来ないから、苦しい。逃げたい。逃げ出したい。全ての事柄から。弱いと糾弾されても構わないから。
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