王妃の鑑

ごろごろみかん。

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時を戻す(4)

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「弟が死んだのは悲しいけど、それも、事実ですから。確かに過去に戻って弟を死なせない方法があるのなら………そうしたい。そう、するかもしれません。でも、それってただの自己満足だと思うんですよね。多分、ありえない話だからこういうことも言えるんでしょうけど……過去を変えるって、それってつまり死者への冒涜なのではないかしら?………そう思うんです」

ーーー死者への冒涜

その言葉が、ネアモネの胸を貫いた。

「…………リリアベル」

喉が異常にかわいた。
リリアベルのその言葉通りなら、私が今しようとしていることは彼女への冒涜?
リリアベルは、今私がしていることを望んでいない?私は知らない。リリアベルがどのように死んだのか、何があって死んだのか。知っているのは、侍女たちの会話だけ。

ーーーでもリリアベルも馬鹿な子ですよ、妃殿下に近づきすぎたらどうなるか分かっていたのに

ーーーじゃなきゃ首をはねられることもなかったのに

脳裏に蘇る、はっきりとした声。
リリアベルが過去を変えて欲しくない。そう思うなら、私は過去を………変えてはいけないのだろうか。

私が今行っていることは、いけないこと?やってはいけないこと?人智の範疇を超える?

ネアモネは分からなくなった。光を追い求めようとしていた矢先、その先に広がっていたのは絶望だと気づいたかのような、気持ちだった。砂の中で砂金を探すような、そんな気分だ。
ネアモネを見たリリアベルが、少し怪訝そうにする。

「なぜネアモネ様がそんな顔をされるのですか?大丈夫、過去に戻るなんて有り得ませんから」

その『ありえない』が有り得てしまった今、それは仮説はあてはまらない。ネアモネは今、確かに過去に戻っている。

「ほら、帰りましょう。他のものに気付かれますわ」

「…………私は」

幼い声が耳朶を打つ。それは、今にも消えそうな声だった。

「はい?」

「私は、どうしたらいいの………?」

しかし、折悪くその時、強風が吹いた。ネアモネの糸のような声は、かき消されてしまう。リリアベルがその強い風に「きゃ、」と悲鳴をあげた。砂埃がまう。ネアモネはもう、訳が分からなかった。何が正しいか、なんて。正解をくれる人はどこにもいない。

「………すごい風でしたねぇ。あれ、ネアモネ様?何かおっしゃいました……?」

「………ううん。大丈夫、なんでもないの。帰りましょう」

どうしたらいい。どうすればいい。未来を変えるのは、いけないこと?私が生き延びるのは、悪いこと?生きようと思うのは、悪?何が正しくて、何が間違いなのか。もうわからない。


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