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神話の話
しおりを挟む「は…………」
「愛されるのは嬉しいのですけど、こうも愛が重いと溺れてしまいそうで…………。息苦しいんですの」
「…………」
当てつけ、なのだろうか。
愛されなくて嘆く私に、愛されすぎて苦しいと悩む彼女。アデライード様は少し困ったように笑った。やはりその表情は幼さを含んでいるものの、つややかだった。ふとその胸元に目がいく。
「ーーー」
赤い、あと。きっとそれは情事の名残を示すもの。それを目にして、私はそっと視線をそらした。
「それで、妃殿下にお願いがあるんです。第三妃を見繕ってくださいませんか?陛下の好みを取り入れた女性を召し上げれば、きっと陛下もお気に召すはず。何より、わたくしの負担が減ります」
愛されることを“負担”と呼ぶ彼女。アデライード様は流れるように言葉を吐くと、そっと紅茶に口をつけた。
私はもう何を言っていいのかわからかった。ただ、味のわからない紅茶を前にして、ぼんやりと思考を濁すだけだ。
「それは、そうと」
不意にアデライード様が言葉を切った。彼女は黄金色の瞳を私に向けた。神秘的な色が私を見て、楽しそうに光る。
何を言うか分からなかったけれど、嫌な予感がした。
「ネアモネ様のお名前の由来はアネモネの花だとか」
「…………ええ、そうです」
何を言う気なのだろうか。居心地が悪くて、いたたまれなくて紅茶を口にする。やはり味はわからない。ただ、ぬるくなったそれで唇を湿らせた。
「ふふっ、面白い話を聞いたのです。ネアモネ様はその名にふさわしいとお呼ばれしてるのをお聞きしました。ネアモネ様はご存知?」
「……………いえ」
知ってはいたが、言えなかった。それと同時に、アデライード様が何を言いたいのか何となくわかった気がした。きっと彼女は私にいい思いを抱いていない。それを薄らと感じた。薄皮越しに触れる悪意をはっきりと感じ取る。
「アネモネの花の由来はご存知?」
「…………何のことでしょう?」
知識不足だと、不勉強だと言われても構わなかった。だけど両親から唯一与えられたこの名を馬鹿にされるのはやはり、避けたかった。私に興味のない両親が唯一私にくれた名前。それを彼女は貶めようとしている。
「あら、意外ですわ。ご存知ないのね………」
言うと、アデライード様は紅茶を置いて唇に人先を当てた。まるで秘密ごとでも話すかのように、そしてその動作ひとつひとつが匂い立つように艶やかだ。
目を細めて、黄金の瞳で彼女は私を見つめる。
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