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王妃の鑑(2)
しおりを挟む「デルセン、フィフ、下がれ」
「かしこまりました」
中性的な声の持ち主はフィフ近衛騎士だ。彼女は女でありながら陛下の補佐をするほどに有能だと言う。真っ赤な髪をひとつに縛り、なおその琥珀色の瞳は気高く見えて美しい。フィフの後ろにデルセンと呼ばれた男が続く。彼は宮廷魔術師の一人で、陛下の思し召しで側近に取り立てられたと言う。灰色の色素の薄い髪にこれまた色素の薄い蒼灰色の瞳をしている。全体的に影が薄く、いつもダボッとしたローブを着ている。
「さて、僕が呼んだのはこれからのことを話すためだがその前に」
「………はい」
「父上が死んだ」
「………!」
陛下の言葉に思わず顔を上げる。だけど陛下はそんなこと気にもとめずペンを紙に走らせる。まるで瑣末事を話すように必要事項だけをわたくしに伝えていく。
「まだ公にはしない。半年後に公表予定だ」
「…………そう、なのですか………」
「そして半年後。父の死を公表する前にアデライードを第二妃に召し上げる」
「………」
「ネアモネ、僕が君を愛すことは無いだろう。だけど君は令嬢の鏡であり、王妃の鏡だ。これからもそうであり続けてくれるね?」
その言葉に息を飲む。ついで、目眩がした。陛下の言う『令嬢の鏡』とは、淑女らしく何があっても大人しく、人形のように微笑んでいる女性のことを言っていたのだ。ていのいい、人形のことを。その意味に気づいた途端、物凄い衝撃に襲われた。苦しかった。わたくしに愛を、優しさを教えてくれた人はわたくしに深い悲しみと絶望を共に教えてくれた。
「話は終わりだ。ネアモネ、アデライードに下手なことをしてみろ。僕は絶対きみを許さない………必要とあらば、首を切る。それを忘れないように」
「…………は、」
小さく呟いた。顔を俯かせてやっとのことで陛下に口を聞く。顔をあげれば涙がこぼれてしまいそうだった。苦しい、悲しい。しんどくて、絶望に体が落ちていってしまいそう。体が沼に引きずり込まれてしまいそう。
「陛下、は、アデライードのことを………」
「敬称をつけろ。彼女を見下すのは許さない」
か細く、今にも途切れそうな声で聞こうとすれば鋭い声で突きつけられた。
元は商家の娘で、踊り子だった彼女。まさか、彼女が陛下の愛しい人だとは………思わなかった。
わたくしはこの日、初めて諦観という感情を思い知った。
こんなになっても陛下はわたくしに初めての感情を教えるのね。思わず笑ってしまいそうになった。
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