王妃の鑑

ごろごろみかん。

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王妃の鑑

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陛下の愛がわたくしにないと知って、感じたのは空虚だった。わたくしには何も無いのだと今になって気づいた。わたくしは陛下以外に何も無い。今になって気づいたが、今更気づいてももう遅い。わたくしを形作るのは彼しかなかったのだ。依存とも言う。盲信とも言う。

ーーーわたくしには何も無いのだわ。

陛下の鋭い目付き。睨むような、冷たい眼差し。まるで親の仇でも見るかのようだった。その瞳を思い出して思わず自嘲する。………今頃、陛下はアデライードと夜を過ごしているのかしら。そう思うと、なんとも情けなくなった。冷たい窓のそばまで歩き、窓に手を当てる。ひんやりとしたその冷たさがわたくしの意識をしっかりさせる。………死んでしまいたい。いっその事、死んでしまいたい。わたくしは思わずそう思ったが、緩く首を振る。………ダメだわ、自分から命を絶つなんて。神に背く教えだもの………。だけど、もう全てがどうでも良くなってしまった。

「かみさま………」

ぽつりと呟いた言葉は誰に聞かれることなく空気に溶けていく。神様なんて、本当にいるのかしら………?
その夜は何事も無く、過ぎていった。次の日。わたくしは日が高いうちに陛下に呼ばれた。きっと今後のことについてだろう。陛下への愛はまう消え失せていた。わたくしの心を占めるのは深い絶望。これから今までよりも長い人生をこの方と………ここで歩まなければならないのかと思うと、心臓がボロボロと崩れていく思いだった。
扉をノックして部屋の入室許可をうかがう。聞こえてきたのは相変わらず耳に優しい、陛下の声だった。こうなってしまった今でも、その声を聞くと胸がざわつく。その事に自分自身が恨めしかった。悔しい。
どうして忘れられないの。どうして憎めないの。苦しい。悲しい。…………やはり、死んでしまいたい、と。強く思ってしまう。

「入れ」

「………失礼いたします」

「遅かったね、座って?」

「はい」

八歳の誕生日に訪れた部屋と、何ら変わらない執務室。変わったのはわたくしと陛下だけ。ソファに座ると、陛下は執務椅子に腰掛けたまま口を動かした。わたくしのことを見ようともしない。その仕草に、本当にわたくしのことを好きではないのだと知った。今までであればわたくしに優しく笑いかけてくれたのに。あれはなぜ………?
なぜわたくしに優しくしたの。答えは聞かなくてもわかる。わたくしと結婚するためだ。わたくしは仮初の王妃として必要なのだろう。そのために、ご機嫌うかがいをする必要があった。だけど結婚した以上、もうその必要は無い………そういったとこかしら。
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