4 / 9
ご理解いただきたく
しおりを挟む
(彼女がどうして急に、こんなことを言い出してきたのかはわからないけど……)
ひとまず、今は。
私は、今さっき手を拭ったばかりの手巾を彼女に差し出した。
「使ったもので悪いけど……。どうぞ」
「え……」
ぽかん、と彼女が顔を上げる。
結構泣いていたように見えたけど、彼女の化粧はあまり落ちていないようだった。
それでも、泣き続けていれば目元は腫れるだろうし、化粧だって落ちてしまうに決まっている。私は、あまり化粧に興味のない質だけど、化粧が崩れることがどれほど恥ずかしいものか。それくらいは分かっているつもりだ。
私の差し出した手巾──飾り気のない、白の絹のそれを見て、私の顔を見る。交互に見るだけの彼女に、私はふたたび声をかけた。
「……失礼」
そっと、彼女の頬に触れる。
びく、と彼女の体が強ばった。怖がらせてしまっているだろうか。
ふと、お兄様の言葉を思い出す。
『お前には笑顔が足りない。笑え』
…………笑った方がいいかしら?
でも、今さら笑ったところで不気味に映るだけのような気がしてならない。
私は、笑みを作ることを諦めて彼女の頬を拭い、目元に軽く手巾を当てた。目元はまだ腫れていない……けど、目は赤い。
このままだと、あることないこと勘ぐられかねない。社交界は、そういう場だ。
誰も化粧室に近づいてくる気配がないことを確認すると、私はまた彼女に声をかけた。
「……少し待っていてください」
そのまま、手巾を水で濡らし、絞る。
彼女はそれまで呆気にとられていたが、ハッと我に返ったように私を見た。
「な、何してるんですか?何するんですか!?」
「見てわかりませんか?目元を冷やすんです」
狼狽える彼女に声をかけて、目元に濡れた手巾を軽く押し当てる。フローレンス様は動揺しているようだった。
「あ、あの。私……あなたに、許してもらいたくて、だから」
「何をですか?私は、あなたに何かされましたか?」
「い、いいえ。でも、私の存在が……」
と、フローレンス様はまごつきながらも言った。
確かに私の立場で言えば、フローレンス様には当然いい感情を抱かないものなのだろう。
だけどそれは、正妻と愛人という関係だからこそ。私と彼女の話には関与するものではない──と、思っている。
「あなたに何かされたのであれば、あなたの言葉に一考しますが──私は、あなたに何かされた覚えはないので。許しを乞おうなど思わずともよろしいです」
「──……」
彼女が、驚いたように息を呑んだ。
私はそのまま、ぽんぽん、と何度か彼女の目元を押さえた。
私には、フローレンス様とジェラルド様の関係がどのようなものかは分からない。
それでも、フローレンス様をエスコートすると決めたのはジェラルド様だ。
たとえ、フローレンス様がジェラルド様にエスコートを強請っていた──という背景があったとしても。それに応えたのはジェラルド様。
だから、私が注意すべきなのは彼なのだ。
とはいえ、ふと気になった。
私は彼女の目元を手巾で軽く抑えながらも、彼女に尋ねた。
「……ジェラルド様の賭博癖はいつからですか?」
「え……?」
「賭けポーカーに賭けルーレット、飲み比べなど……ジェラルド様は賭け事がお好きですよね?」
私の質問に、彼女は困惑した様子を見せた。
たけどすぐに、まつ毛を伏せて答える。
「わ、わかりません……。でも、ジェラルド様を怒らないであげてください。私にはわからないのですが、彼には彼なりの信念があるのです。貴族として、負けられないのだとか。品格を保つために必要なものなのです。ですから、ええと経費?で落とせばいいと思うのです!」
「──……」
私は、僅かに絶句した。
フローレンス様の言葉もその一因だが、それ以上に──。
(本気でそう思ってるの……?彼女も……もしかして、ジェラルド様も?)
私は、根っからの貴族ではない。
だから、彼の感性が分からないのだろうか。
(矜恃は大切だわ。貴族にとってはそれが存在意義にもなるのだから。でも……)
品格だけでは、食べていけないということを、彼は知らないのだろうか。
というか、あの賭け事が貴族であるために必要って、本気で思ってる??
確かに、多少は紳士の嗜みとして必要なものかもしれない。
だけど──あの金額はちょっと、規格外すぎないかしら??
彼には私とまともに話し合う気がない。
だから、彼が賭け事をそんなふうに見ていることを私は知らなかった。
(……このままでは、だめだわ)
このままでは、いくらフェリア男爵家が成金貴族といえど、両家ともに潰れることになるだろう。
ジェラルド様は、フェリア家の金銭は無限にあるとでも思っているのだろうか。
残念ながら、フェリア男爵家も湯水のように金が湧いてでるわけではない。それを彼には、まず理解してもらう必要がある。
私は、フローレンス様が完全に泣き止んだことを確認すると化粧室を出た。
ひとまず、今は。
私は、今さっき手を拭ったばかりの手巾を彼女に差し出した。
「使ったもので悪いけど……。どうぞ」
「え……」
ぽかん、と彼女が顔を上げる。
結構泣いていたように見えたけど、彼女の化粧はあまり落ちていないようだった。
それでも、泣き続けていれば目元は腫れるだろうし、化粧だって落ちてしまうに決まっている。私は、あまり化粧に興味のない質だけど、化粧が崩れることがどれほど恥ずかしいものか。それくらいは分かっているつもりだ。
私の差し出した手巾──飾り気のない、白の絹のそれを見て、私の顔を見る。交互に見るだけの彼女に、私はふたたび声をかけた。
「……失礼」
そっと、彼女の頬に触れる。
びく、と彼女の体が強ばった。怖がらせてしまっているだろうか。
ふと、お兄様の言葉を思い出す。
『お前には笑顔が足りない。笑え』
…………笑った方がいいかしら?
でも、今さら笑ったところで不気味に映るだけのような気がしてならない。
私は、笑みを作ることを諦めて彼女の頬を拭い、目元に軽く手巾を当てた。目元はまだ腫れていない……けど、目は赤い。
このままだと、あることないこと勘ぐられかねない。社交界は、そういう場だ。
誰も化粧室に近づいてくる気配がないことを確認すると、私はまた彼女に声をかけた。
「……少し待っていてください」
そのまま、手巾を水で濡らし、絞る。
彼女はそれまで呆気にとられていたが、ハッと我に返ったように私を見た。
「な、何してるんですか?何するんですか!?」
「見てわかりませんか?目元を冷やすんです」
狼狽える彼女に声をかけて、目元に濡れた手巾を軽く押し当てる。フローレンス様は動揺しているようだった。
「あ、あの。私……あなたに、許してもらいたくて、だから」
「何をですか?私は、あなたに何かされましたか?」
「い、いいえ。でも、私の存在が……」
と、フローレンス様はまごつきながらも言った。
確かに私の立場で言えば、フローレンス様には当然いい感情を抱かないものなのだろう。
だけどそれは、正妻と愛人という関係だからこそ。私と彼女の話には関与するものではない──と、思っている。
「あなたに何かされたのであれば、あなたの言葉に一考しますが──私は、あなたに何かされた覚えはないので。許しを乞おうなど思わずともよろしいです」
「──……」
彼女が、驚いたように息を呑んだ。
私はそのまま、ぽんぽん、と何度か彼女の目元を押さえた。
私には、フローレンス様とジェラルド様の関係がどのようなものかは分からない。
それでも、フローレンス様をエスコートすると決めたのはジェラルド様だ。
たとえ、フローレンス様がジェラルド様にエスコートを強請っていた──という背景があったとしても。それに応えたのはジェラルド様。
だから、私が注意すべきなのは彼なのだ。
とはいえ、ふと気になった。
私は彼女の目元を手巾で軽く抑えながらも、彼女に尋ねた。
「……ジェラルド様の賭博癖はいつからですか?」
「え……?」
「賭けポーカーに賭けルーレット、飲み比べなど……ジェラルド様は賭け事がお好きですよね?」
私の質問に、彼女は困惑した様子を見せた。
たけどすぐに、まつ毛を伏せて答える。
「わ、わかりません……。でも、ジェラルド様を怒らないであげてください。私にはわからないのですが、彼には彼なりの信念があるのです。貴族として、負けられないのだとか。品格を保つために必要なものなのです。ですから、ええと経費?で落とせばいいと思うのです!」
「──……」
私は、僅かに絶句した。
フローレンス様の言葉もその一因だが、それ以上に──。
(本気でそう思ってるの……?彼女も……もしかして、ジェラルド様も?)
私は、根っからの貴族ではない。
だから、彼の感性が分からないのだろうか。
(矜恃は大切だわ。貴族にとってはそれが存在意義にもなるのだから。でも……)
品格だけでは、食べていけないということを、彼は知らないのだろうか。
というか、あの賭け事が貴族であるために必要って、本気で思ってる??
確かに、多少は紳士の嗜みとして必要なものかもしれない。
だけど──あの金額はちょっと、規格外すぎないかしら??
彼には私とまともに話し合う気がない。
だから、彼が賭け事をそんなふうに見ていることを私は知らなかった。
(……このままでは、だめだわ)
このままでは、いくらフェリア男爵家が成金貴族といえど、両家ともに潰れることになるだろう。
ジェラルド様は、フェリア家の金銭は無限にあるとでも思っているのだろうか。
残念ながら、フェリア男爵家も湯水のように金が湧いてでるわけではない。それを彼には、まず理解してもらう必要がある。
私は、フローレンス様が完全に泣き止んだことを確認すると化粧室を出た。
310
お気に入りに追加
971
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
年に一度の旦那様
五十嵐
恋愛
愛人が二人もいるノアへ嫁いだレイチェルは、領地の外れにある小さな邸に追いやられるも幸せな毎日を過ごしていた。ところが、それがそろそろ夫であるノアの思惑で潰えようとして…
しかし、ぞんざいな扱いをしてきたノアと夫婦になることを避けたいレイチェルは執事であるロイの力を借りてそれを回避しようと…
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【片思いの5年間】婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。
五月ふう
恋愛
「君を愛するつもりも婚約者として扱うつもりもないーー。」
婚約者であるアレックス王子が婚約初日に私にいった言葉だ。
愛されず、婚約者として扱われない。つまり自由ってことですかーー?
それって最高じゃないですか。
ずっとそう思っていた私が、王子様に溺愛されるまでの物語。
この作品は
「婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。」のスピンオフ作品となっています。
どちらの作品から読んでも楽しめるようになっています。気になる方は是非上記の作品も手にとってみてください。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】元妃は多くを望まない
つくも茄子
恋愛
シャーロット・カールストン侯爵令嬢は、元上級妃。
このたび、めでたく(?)国王陛下の信頼厚い側近に下賜された。
花嫁は下賜された翌日に一人の侍女を伴って郵便局に赴いたのだ。理由はお世話になった人達にある書類を郵送するために。
その足で実家に出戻ったシャーロット。
実はこの下賜、王命でのものだった。
それもシャーロットを公の場で断罪したうえでの下賜。
断罪理由は「寵妃の悪質な嫌がらせ」だった。
シャーロットには全く覚えのないモノ。当然、これは冤罪。
私は、あなたたちに「誠意」を求めます。
誠意ある対応。
彼女が求めるのは微々たるもの。
果たしてその結果は如何に!?
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
婚約者が病弱な妹に恋をしたので、私は家を出ます。どうか、探さないでください。
待鳥園子
恋愛
婚約者が病弱な妹を見掛けて一目惚れし、私と婚約者を交換できないかと両親に聞いたらしい。
妹は清楚で可愛くて、しかも性格も良くて素直で可愛い。私が男でも、私よりもあの子が良いと、きっと思ってしまうはず。
……これは、二人は悪くない。仕方ないこと。
けど、二人の邪魔者になるくらいなら、私が家出します!
自覚のない純粋培養貴族令嬢が腹黒策士な護衛騎士に囚われて何があっても抜け出せないほどに溺愛される話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
王妃の鑑
ごろごろみかん。
恋愛
王妃ネアモネは婚姻した夜に夫からお前のことは愛していないと告げられ、失意のうちに命を失った。そして気づけば時間は巻きもどる。
これはネアモネが幸せをつかもうと必死に生きる話
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?
つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。
彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。
次の婚約者は恋人であるアリス。
アリスはキャサリンの義妹。
愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。
同じ高位貴族。
少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。
八番目の教育係も辞めていく。
王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。
だが、エドワードは知らなかった事がある。
彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。
他サイトにも公開中。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【本編完結】婚約を解消したいんじゃないの?!
as
恋愛
伯爵令嬢アーシアは公爵子息カルゼの婚約者。
しかし学園の食堂でカルゼが「アーシアのような性格悪い女とは結婚したくない。」と言っているのを聞き、その場に乗り込んで婚約を解消したつもりだったけどーーー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる