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ご理解いただきたく
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(彼女がどうして急に、こんなことを言い出してきたのかはわからないけど……)
ひとまず、今は。
私は、今さっき手を拭ったばかりの手巾を彼女に差し出した。
「使ったもので悪いけど……。どうぞ」
「え……」
ぽかん、と彼女が顔を上げる。
結構泣いていたように見えたけど、彼女の化粧はあまり落ちていないようだった。
それでも、泣き続けていれば目元は腫れるだろうし、化粧だって落ちてしまうに決まっている。私は、あまり化粧に興味のない質だけど、化粧が崩れることがどれほど恥ずかしいものか。それくらいは分かっているつもりだ。
私の差し出した手巾──飾り気のない、白の絹のそれを見て、私の顔を見る。交互に見るだけの彼女に、私はふたたび声をかけた。
「……失礼」
そっと、彼女の頬に触れる。
びく、と彼女の体が強ばった。怖がらせてしまっているだろうか。
ふと、お兄様の言葉を思い出す。
『お前には笑顔が足りない。笑え』
…………笑った方がいいかしら?
でも、今さら笑ったところで不気味に映るだけのような気がしてならない。
私は、笑みを作ることを諦めて彼女の頬を拭い、目元に軽く手巾を当てた。目元はまだ腫れていない……けど、目は赤い。
このままだと、あることないこと勘ぐられかねない。社交界は、そういう場だ。
誰も化粧室に近づいてくる気配がないことを確認すると、私はまた彼女に声をかけた。
「……少し待っていてください」
そのまま、手巾を水で濡らし、絞る。
彼女はそれまで呆気にとられていたが、ハッと我に返ったように私を見た。
「な、何してるんですか?何するんですか!?」
「見てわかりませんか?目元を冷やすんです」
狼狽える彼女に声をかけて、目元に濡れた手巾を軽く押し当てる。フローレンス様は動揺しているようだった。
「あ、あの。私……あなたに、許してもらいたくて、だから」
「何をですか?私は、あなたに何かされましたか?」
「い、いいえ。でも、私の存在が……」
と、フローレンス様はまごつきながらも言った。
確かに私の立場で言えば、フローレンス様には当然いい感情を抱かないものなのだろう。
だけどそれは、正妻と愛人という関係だからこそ。私と彼女の話には関与するものではない──と、思っている。
「あなたに何かされたのであれば、あなたの言葉に一考しますが──私は、あなたに何かされた覚えはないので。許しを乞おうなど思わずともよろしいです」
「──……」
彼女が、驚いたように息を呑んだ。
私はそのまま、ぽんぽん、と何度か彼女の目元を押さえた。
私には、フローレンス様とジェラルド様の関係がどのようなものかは分からない。
それでも、フローレンス様をエスコートすると決めたのはジェラルド様だ。
たとえ、フローレンス様がジェラルド様にエスコートを強請っていた──という背景があったとしても。それに応えたのはジェラルド様。
だから、私が注意すべきなのは彼なのだ。
とはいえ、ふと気になった。
私は彼女の目元を手巾で軽く抑えながらも、彼女に尋ねた。
「……ジェラルド様の賭博癖はいつからですか?」
「え……?」
「賭けポーカーに賭けルーレット、飲み比べなど……ジェラルド様は賭け事がお好きですよね?」
私の質問に、彼女は困惑した様子を見せた。
たけどすぐに、まつ毛を伏せて答える。
「わ、わかりません……。でも、ジェラルド様を怒らないであげてください。私にはわからないのですが、彼には彼なりの信念があるのです。貴族として、負けられないのだとか。品格を保つために必要なものなのです。ですから、ええと経費?で落とせばいいと思うのです!」
「──……」
私は、僅かに絶句した。
フローレンス様の言葉もその一因だが、それ以上に──。
(本気でそう思ってるの……?彼女も……もしかして、ジェラルド様も?)
私は、根っからの貴族ではない。
だから、彼の感性が分からないのだろうか。
(矜恃は大切だわ。貴族にとってはそれが存在意義にもなるのだから。でも……)
品格だけでは、食べていけないということを、彼は知らないのだろうか。
というか、あの賭け事が貴族であるために必要って、本気で思ってる??
確かに、多少は紳士の嗜みとして必要なものかもしれない。
だけど──あの金額はちょっと、規格外すぎないかしら??
彼には私とまともに話し合う気がない。
だから、彼が賭け事をそんなふうに見ていることを私は知らなかった。
(……このままでは、だめだわ)
このままでは、いくらフェリア男爵家が成金貴族といえど、両家ともに潰れることになるだろう。
ジェラルド様は、フェリア家の金銭は無限にあるとでも思っているのだろうか。
残念ながら、フェリア男爵家も湯水のように金が湧いてでるわけではない。それを彼には、まず理解してもらう必要がある。
私は、フローレンス様が完全に泣き止んだことを確認すると化粧室を出た。
ひとまず、今は。
私は、今さっき手を拭ったばかりの手巾を彼女に差し出した。
「使ったもので悪いけど……。どうぞ」
「え……」
ぽかん、と彼女が顔を上げる。
結構泣いていたように見えたけど、彼女の化粧はあまり落ちていないようだった。
それでも、泣き続けていれば目元は腫れるだろうし、化粧だって落ちてしまうに決まっている。私は、あまり化粧に興味のない質だけど、化粧が崩れることがどれほど恥ずかしいものか。それくらいは分かっているつもりだ。
私の差し出した手巾──飾り気のない、白の絹のそれを見て、私の顔を見る。交互に見るだけの彼女に、私はふたたび声をかけた。
「……失礼」
そっと、彼女の頬に触れる。
びく、と彼女の体が強ばった。怖がらせてしまっているだろうか。
ふと、お兄様の言葉を思い出す。
『お前には笑顔が足りない。笑え』
…………笑った方がいいかしら?
でも、今さら笑ったところで不気味に映るだけのような気がしてならない。
私は、笑みを作ることを諦めて彼女の頬を拭い、目元に軽く手巾を当てた。目元はまだ腫れていない……けど、目は赤い。
このままだと、あることないこと勘ぐられかねない。社交界は、そういう場だ。
誰も化粧室に近づいてくる気配がないことを確認すると、私はまた彼女に声をかけた。
「……少し待っていてください」
そのまま、手巾を水で濡らし、絞る。
彼女はそれまで呆気にとられていたが、ハッと我に返ったように私を見た。
「な、何してるんですか?何するんですか!?」
「見てわかりませんか?目元を冷やすんです」
狼狽える彼女に声をかけて、目元に濡れた手巾を軽く押し当てる。フローレンス様は動揺しているようだった。
「あ、あの。私……あなたに、許してもらいたくて、だから」
「何をですか?私は、あなたに何かされましたか?」
「い、いいえ。でも、私の存在が……」
と、フローレンス様はまごつきながらも言った。
確かに私の立場で言えば、フローレンス様には当然いい感情を抱かないものなのだろう。
だけどそれは、正妻と愛人という関係だからこそ。私と彼女の話には関与するものではない──と、思っている。
「あなたに何かされたのであれば、あなたの言葉に一考しますが──私は、あなたに何かされた覚えはないので。許しを乞おうなど思わずともよろしいです」
「──……」
彼女が、驚いたように息を呑んだ。
私はそのまま、ぽんぽん、と何度か彼女の目元を押さえた。
私には、フローレンス様とジェラルド様の関係がどのようなものかは分からない。
それでも、フローレンス様をエスコートすると決めたのはジェラルド様だ。
たとえ、フローレンス様がジェラルド様にエスコートを強請っていた──という背景があったとしても。それに応えたのはジェラルド様。
だから、私が注意すべきなのは彼なのだ。
とはいえ、ふと気になった。
私は彼女の目元を手巾で軽く抑えながらも、彼女に尋ねた。
「……ジェラルド様の賭博癖はいつからですか?」
「え……?」
「賭けポーカーに賭けルーレット、飲み比べなど……ジェラルド様は賭け事がお好きですよね?」
私の質問に、彼女は困惑した様子を見せた。
たけどすぐに、まつ毛を伏せて答える。
「わ、わかりません……。でも、ジェラルド様を怒らないであげてください。私にはわからないのですが、彼には彼なりの信念があるのです。貴族として、負けられないのだとか。品格を保つために必要なものなのです。ですから、ええと経費?で落とせばいいと思うのです!」
「──……」
私は、僅かに絶句した。
フローレンス様の言葉もその一因だが、それ以上に──。
(本気でそう思ってるの……?彼女も……もしかして、ジェラルド様も?)
私は、根っからの貴族ではない。
だから、彼の感性が分からないのだろうか。
(矜恃は大切だわ。貴族にとってはそれが存在意義にもなるのだから。でも……)
品格だけでは、食べていけないということを、彼は知らないのだろうか。
というか、あの賭け事が貴族であるために必要って、本気で思ってる??
確かに、多少は紳士の嗜みとして必要なものかもしれない。
だけど──あの金額はちょっと、規格外すぎないかしら??
彼には私とまともに話し合う気がない。
だから、彼が賭け事をそんなふうに見ていることを私は知らなかった。
(……このままでは、だめだわ)
このままでは、いくらフェリア男爵家が成金貴族といえど、両家ともに潰れることになるだろう。
ジェラルド様は、フェリア家の金銭は無限にあるとでも思っているのだろうか。
残念ながら、フェリア男爵家も湯水のように金が湧いてでるわけではない。それを彼には、まず理解してもらう必要がある。
私は、フローレンス様が完全に泣き止んだことを確認すると化粧室を出た。
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