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足りないもの 3
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「──」
王太子から婚約破棄を申し付けられたのはつい先程だ。だけど父公爵が知っている、ということは先んじて破談の申し入れをしていたのだろう。
本気なのだ。本気で、王太子はわたしを彼の婚約者から外そうとしている。
唇を噛む。己の至らなさがひどく悔しく、悲しく、辛かった。
「相手はアロンド公爵だ。亡き王弟殿下のご子息だからな、王位継承権も持っている。上手くやれば次期国王にもなれるだろう」
ひゅ、と零れた息は父には聞かれなかっただろうか。父は、王太子をよく思っていなかった。
しかし、次期王妃を公爵家から輩出させることを念頭に置いたのだろうか。
我が公爵家は中立派で、公爵家と言っても代々権力とは離れた位置にいた。親王派ではなく中立派筆頭なのだからそれも当然だ。
きっと、それを父は変えたかったのだろう。
王太子との婚約はわたしが幼い頃に取りまとめられた。
父もまた、ほかの貴族同様に権力者によすがを求めていたのだ。
王太子から見切りをつけられたわたしを、再び王太子妃の位置に戻すために目もくらむようなことを言っている。
王弟殿下の子を王にする。それはすなわち、王太子を廃嫡にし、王弟の子を立太子させる必要がある。余程のことでもない限り王太子が廃嫡になるなどありえないだろう。
その【余程のこと】を父は起こせとーーわたしに言っているのだ。
「……国王陛下には王太子殿下以外にもお子がおふたりいらっしゃいます」
苦しい思いで口にした。
陛下には三人の王子がいる。
王位継承権を持つ王子が。
私の言葉に、父は呆れたようにいった。
「あの道楽息子共か」
「………」
「フリージア、お前もわかっているだろう。二番目も三番目も、王位を得ることは叶わない」
父は確信を持ったように話した。
わたしは最早何を言えばいいのか。何を口にするべきか分からなかった。ただ、頭がぐわんぐわんと揺れた。
ただ、そう。わたしは、国を変えるその手伝いがしたかった。頼りないわたしの手のひらでも受け取れる命があるのなら、それを取りこぼしたくない。わたしの手などを求める人間がいるのなら、その手を握り、生きる未来へと送り出したい。
ただ、それだけだったのだ。
王弟の子息、公爵子息は王太子の友人でもあった。
しかし、友人、といっても悪友の類のようだ。公爵子息──アウビュール・デュ・アーロンは女遊びが激しく、社交界の噂に事欠かない。次期公爵として、王族の血脈を持つものとして、その品位を問われているということは私もよく耳にしていた。
王太子──レーバルト様は、度々彼を下げる発言を繰り返していた。私との、婚約者として義務付けられたティータイムの時も、幾度となく彼は友人であるはずの彼を蔑んでいた。
あれが次期公爵とは、嘆かわしい、と。
もっとも、私から言わせてみれば次期国王を約束された王太子という人間が、公務から逃げ、女に耽溺していることのほうが嘆かわしく思ったが。
蔑みながらもなお、アウビュールをそばに置くレーバルト様は、彼を遥かに軽く見ていた、ように思う。
少なくとも、わたしの知る【友人同士の関係】ではないと思っていた。
その彼と、わたしが婚姻。
そして王太子の顔色を伺い、下手に出ることを常とした彼を王太子に押し上げろと。
父はわたしにそう言っているのか。
何もかもが泡沫だ。海の泡のようにもろく、儚いわたしの立場はあっさりと崩されてゆく。
「そしてもうひとつの報告が、フリージア。もう聞いたと思うが、王太子殿下とお前の婚約は破棄となる」
詳細決定のため、後日殿下がいらっしゃるから、お前も思うことを言えばいいーー。
父はそう言った。それからさほど日をおかず、王太子が我が公爵邸まで来訪された。
王太子から婚約破棄を申し付けられたのはつい先程だ。だけど父公爵が知っている、ということは先んじて破談の申し入れをしていたのだろう。
本気なのだ。本気で、王太子はわたしを彼の婚約者から外そうとしている。
唇を噛む。己の至らなさがひどく悔しく、悲しく、辛かった。
「相手はアロンド公爵だ。亡き王弟殿下のご子息だからな、王位継承権も持っている。上手くやれば次期国王にもなれるだろう」
ひゅ、と零れた息は父には聞かれなかっただろうか。父は、王太子をよく思っていなかった。
しかし、次期王妃を公爵家から輩出させることを念頭に置いたのだろうか。
我が公爵家は中立派で、公爵家と言っても代々権力とは離れた位置にいた。親王派ではなく中立派筆頭なのだからそれも当然だ。
きっと、それを父は変えたかったのだろう。
王太子との婚約はわたしが幼い頃に取りまとめられた。
父もまた、ほかの貴族同様に権力者によすがを求めていたのだ。
王太子から見切りをつけられたわたしを、再び王太子妃の位置に戻すために目もくらむようなことを言っている。
王弟殿下の子を王にする。それはすなわち、王太子を廃嫡にし、王弟の子を立太子させる必要がある。余程のことでもない限り王太子が廃嫡になるなどありえないだろう。
その【余程のこと】を父は起こせとーーわたしに言っているのだ。
「……国王陛下には王太子殿下以外にもお子がおふたりいらっしゃいます」
苦しい思いで口にした。
陛下には三人の王子がいる。
王位継承権を持つ王子が。
私の言葉に、父は呆れたようにいった。
「あの道楽息子共か」
「………」
「フリージア、お前もわかっているだろう。二番目も三番目も、王位を得ることは叶わない」
父は確信を持ったように話した。
わたしは最早何を言えばいいのか。何を口にするべきか分からなかった。ただ、頭がぐわんぐわんと揺れた。
ただ、そう。わたしは、国を変えるその手伝いがしたかった。頼りないわたしの手のひらでも受け取れる命があるのなら、それを取りこぼしたくない。わたしの手などを求める人間がいるのなら、その手を握り、生きる未来へと送り出したい。
ただ、それだけだったのだ。
王弟の子息、公爵子息は王太子の友人でもあった。
しかし、友人、といっても悪友の類のようだ。公爵子息──アウビュール・デュ・アーロンは女遊びが激しく、社交界の噂に事欠かない。次期公爵として、王族の血脈を持つものとして、その品位を問われているということは私もよく耳にしていた。
王太子──レーバルト様は、度々彼を下げる発言を繰り返していた。私との、婚約者として義務付けられたティータイムの時も、幾度となく彼は友人であるはずの彼を蔑んでいた。
あれが次期公爵とは、嘆かわしい、と。
もっとも、私から言わせてみれば次期国王を約束された王太子という人間が、公務から逃げ、女に耽溺していることのほうが嘆かわしく思ったが。
蔑みながらもなお、アウビュールをそばに置くレーバルト様は、彼を遥かに軽く見ていた、ように思う。
少なくとも、わたしの知る【友人同士の関係】ではないと思っていた。
その彼と、わたしが婚姻。
そして王太子の顔色を伺い、下手に出ることを常とした彼を王太子に押し上げろと。
父はわたしにそう言っているのか。
何もかもが泡沫だ。海の泡のようにもろく、儚いわたしの立場はあっさりと崩されてゆく。
「そしてもうひとつの報告が、フリージア。もう聞いたと思うが、王太子殿下とお前の婚約は破棄となる」
詳細決定のため、後日殿下がいらっしゃるから、お前も思うことを言えばいいーー。
父はそう言った。それからさほど日をおかず、王太子が我が公爵邸まで来訪された。
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