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βの兎獣人はαの王子に食べられる * 3

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「これからきみは、どうしたい?」
 
「どうしたい、って」
 
「俺はね、もうユールンにはいたくない。でも、ここにはきみの大切な友達が、お世話になった人たちがたくさんいるでしょう?だから俺は、むりやりきみをここから離すようなことはできない」
 
 ティナは黙って彼の話を聞いていた。
 ロベートは彼女の茶金色の髪先を持ち上げると、口付けを落とした。
 彼は口付けが好きだ。
 
「だけど俺も、きみをひとりじめにしたい。煩わしいものに邪魔されることなく、ただふたりだけの時間を持ちたいんだ」
 
「ロベート……」
 
「だからね、ティナ。提案なんだけど──」
 
 
 
 ***
 
 
 
 
 春を前にした王都は、すこしだけあたたかな雰囲気がある。
 寒い冬を過ぎた後は、雪に耐え忍び、花咲く春を待ち遠しく思っていた人々の喧騒が印象的だ。
 荷造りをしたティナが友人のもとに挨拶に行くと、彼女は呆れた顔をしていた。
 
「それで?半年は王都で、半年は別荘地で過ごすことになったの?」
 
「うん。これから向かうのは避暑地として有名な場所らしいの。夏でも涼しいんだって」
 
 彼は、ティナと相談して一年の半分は王都の邸宅で暮らし、もう半分は自身が所有する別荘地に滞在することを決めた。
 彼が持つ別荘地はいくつかあるので、毎年違う場所に行くことになるだろう。
 微笑む彼女に、ロレリーナが呆れたような顔をする。
 ロレリーナが呆れているのは、ロベートの独占欲の強さと、その強さにまったく気がついた様子のない、警戒心が薄い兎に対してだった。
 
「一年の半分って……まるで、|冥府の王に好かれた娘(ペルセポネー)みたいね」
 
「次、王都に戻る時にはもう秋も近くなっているわね。お土産買ってくるわ。なにがいい?」
 
 ティナの言葉に、ロレリーナが苦笑する。
 
「別に要らないわ……と言いたいことなんだけど、せっかくだもの。その地で有名なご当地ショコラでもお願いしたいわ。それより、ティナ」
 
「どうしたの?」
 
 ロレリーナは、彼女の前に立つティナをじっくり見つめた。


 彼女たちが初めて出会ったのは、今から三年前のこと。
 ロレリーナとセルバロスは駆け落ちしてすぐに王都に隠れ住むことにしたが、元々平民出のセルバロスはともかく、貴族令嬢のロレリーナは平民の暮らしに慣れるのにとても苦労した。
 食事の支度をしようにも、買い物に行けば世間に疎い彼女は通常値より高い価格で品物を売られても気が付かない。
 そういうものだと思っていたのだ。
 そのせいで生活も苦しく、元々箱入り娘で何も出来ないロレリーナに、世間は冷たかった。

 その中で、唯一声をかけてくれたのがティナだった。
 彼女は、ロレリーナの買い物が不当に高いことに気がつくと、すぐに店主に抗議した。
 
 『どうして、小麦粉と塩を買っただけにこんな値段になるの?おかしいわ』
 
 と。
 店主は、まさか指摘されるとは思わなかったのだろう。ティナの言葉に、彼女と顔見知りの住人が次々に、『確かにその値段はおかしい』『ひどいじゃないか』と声が上がった。
 
 王都に来たばかりで、知り合いが誰もいないロレリーナと違い、雑貨屋に務めているティナは顔が広い。
 あっという間にロレリーナの買い物は正当値に下がった。
 店主には『ごめんよ、お嬢さん』と気まずげに謝られた。貴族嫌いの店主は、明らかに箱入り娘であるロレリーナにいい感情を持っていなかったのだ。
 そのせいで、ロレリーナは嫌がらせされていたのだった。
 きっと、ティナからしたらなんてことのない一言だったのだろう。
 だけど、ロレリーナはティナに声をかけてもらったことで、彼女に助けられた。

 それからもロレリーナは、度々ティナに色んなことを教えてもらった。
 それは、月水金のパン屋の当番は店主の妻となり、気がいいので時々おまけをつけてもらえることだったり、ロレリーナが行っている肉屋は質が悪く、相場も高いので王都に住む人はあまり使わないことだったり。

 新参者のロレリーナは、彼女の言葉にとても助けられてきたのだ。
 
 ロレリーナは過去の思い出を思い出していたが、目の前の彼女が不思議そうな顔をしていたので、記憶を辿ることをやめた。
 
「結婚おめでとう、ティナ。幸せになるのよ」
 
 ロレリーナが彼女を抱きしめると、ティナもまた抱きしめ返す。
 
「ありがとう。ロレリーナの結婚式が楽しみだわ」
 
「……それなんだけどね?」
 
 ロレリーナがすこし言いにくそうに、だけど面映ゆそうにしながら顔をあげた。
 
「どうかしたの?」
 
「実は──」
 
 
 
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