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約束の誓い 3
しおりを挟むサムシングボローには、ロレリーナから彼女がいつも身につけているリボンを借り受けた。
サムシングニューは、新郎から新婦に渡すネックレスと相場は決まっている。
結婚式で、新郎が新婦にネックレスを首に下げることで、ふたりの婚姻は認められるのだ。
結婚式の朝は、ティナは目が回りそうになるくらい忙しかった。
ロベートと顔を合わす機会などあるはずがなく、彼の家に移り住んでから世話になっているメイドの手によって体を磨かれた。
朝起きて直ぐに入浴。
そして、マッサージを施されたあとは、コルセットを締められる。
ティナはこのコルセットに慣れることは無かった。毎回骨が折れるのではないとヒヤヒヤする。
ロレリーナに相談すると、彼女はとても痛ましい顔をしていた。
「わかるわ。それ、多くの令嬢が通る道よ」
ロレリーナは同情的な発言をした。
ティナのふわふわとした茶金色はサイドは編み込まれ、残りの髪は三つ編みにされてくるりとひとつにまとめられる。
パールがふんだんについたレースを差し込まれ、頭の上でリボン結びにされる。
彼の瞳の色に近いグリーンエメラルドの髪飾りを複数差し込んで、最後に王妃に贈られたブレスレットを身につける。
あっという間に、ティナは町娘から煌びやかな令嬢のように様変わりした。
ティナの薄い胸をカバーするように、ドレスの肩口にはフリルとレースの返しがつけられている。ドレスをまとうと、それはとてもティナに似合っていた。
バージンロードは、彼女が王都に来てからずっとお世話になっている薬屋のおばあさん、オアールが付き添ってくれる。
村を出てすぐに王都に向かったティナは、しかし金も知識もないためにすぐに行き倒れてしまったのだ。
それを拾ったのがオアールばあさんで、彼女の紹介でティナは雑貨屋で働くことになったのだ。
(そういえば……村を出て、どこに行こうか悩んだ時)
迷わず王都に向かおうと決めたのは、ロベートとの記憶を失いながらも無意識下に覚えていたのかもしれない。その単語を。
『俺は王都からきた』
『おうと?』
あの時のティナは王都がなんなのか分からなかった。
ただ、漠然と『おうと』という場所があるのだろうと思ったのだ。
村を出た彼女は、無謀にも近くを通った幌馬車の前に飛び出して王都まで運んでもらえないか頼み込んだのだ。
高級そうな馬車は、できるだけ避けた。
偉い人は村人の命など容易く奪えてしまう、ということは村で迫害されていたティナにはよく分かっていた。
とつぜん目の前に飛び込んできた少女に、幌馬車を走らせていた御者は冷や汗をかいたようだったが、ティナの話を聞くと同情し、彼女を王都まで運んでくれた。
食べ物も飲み物もないティナが王都までの馬車旅で干上がらずに済んだのは、ひとえにあの時の御者が食べ物を分けてくれたからだろう。
彼女はあの時のことをとても感謝している。
控え室の扉がノックされる。
入ってきたのは、十三の時から彼女を見てきたオアールだ。
ティナと同じくβの老婆は、彼女を見てまぶしそうに笑った。
「綺麗ね、ティナ」
「ありがとう、オアールおばあさん」
恥ずかしそうにはにかむ彼女を見て、オアールが目を細める。
ティナのその手を取り、会場へと連れていった。
さすがに、第二王子の結婚式だからか会場は広く、人も多い。
ティナが会場に足を踏み入れた途端、たくさんの視線が彼女に向くのがわかった。
止まりそうな足を叱咤し、何とかロベートの元まで足を進めた。
なるべく、招待客の顔は見ないようにする。
最前列にいるのは、王族についで地位の高い貴族だ。きっと、ティナのことをよく思っていないに違いない。
雑貨屋のオーナーや、ロレリーナは、平民なので最後尾でティナを見ているはずだった。
ロベートの前まで進むと、彼はオアールから彼女の手を受け取り、静かに神父のもとへと向かう。
神父の前まで来ると、彼は十字架を掲げた。
結婚式が始まる。
王族の結婚式は、さすがに長い。
平民同士の結婚とは訳が違う。
この日のために何度も何度も練習し、イメージトレーニングにも励んだのだが、やはり練習と本番では全く感覚が違う。
ただひたすら無作法を働かないようにとティナが気を張っていれば、あっという間に宣誓の時となった。
「ロベート・ロラン。あなたは病める時も健やかなる時もティナディア・アメリアを愛し、一生を捧げると誓いますか?」
「はい」
彼が静かに答える。
次は、ティナの番だ。
「ティナディア・アメリア」
「……!」
緊張しすぎて、かちこちの石のようになったティナに、手を繋いでいるロベートは気がついたのだろう。ほんの僅かに苦笑するのが見えて、触れているだけの手にそっと力が込められる。
てのひらに伝わる温かな熱に、少しだけ緊張が解けた気がした。
「あなたは病める時も健やかなる時もロベート・ロランを愛し、一生を捧げると誓いますか?」
「……はい!」
かすれて、震えた、いびつな声だったけど神父は満足したように頷いた。
そして神父が手を上げ、サムシングニューの受け渡しに移る。
「では、新郎は新婦に、ネックレスを捧げてください」
彼の部下が静かに歩みよってきて、赤いビロード生地の小箱を差し出す。ロベートは頷いてその箱を受け取ると、中から銀のチェーンが美しいネックレスを取り出した。
ネックレスにかかるのは、純金のリングだ。
ティナが膝をつき、頭を軽く下げる。
花嫁のベールはまだ下げられたまま。
「これをきみに」
彼がいい、しゃらん、と彼女の首にネックレスがかけられた。
「誓いのキスを」
神父の声がけで、ティナはロベートの手を取り立ち上がると、そっと彼を見た。
彼は、ティナを見てどこか懐かしそうな、そして面映ゆそうな顔をしていた。
だけど彼女と目が合うとくすりとちいさく笑う。
「目を瞑って」
吐息のような声で言われ、ティナはその声に従って目を閉じる。
彼女がまつ毛を伏せてすぐ、ベールはあげられ、くちびるに触れる感覚があった。
「これをもって、ふたりを夫婦と認めます」
神父が宣言し、会場には一斉に拍手が響いた。
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