52 / 61
約束の誓い
しおりを挟むアドオリオン・オーガスターについては書類上彼の手によって処分したことになっている。
書類上は。
しかし、実際のところは違っていた。
彼はアドリオンを手早く薬漬けにし、まともに思考できないようにさせると、小さなボートに乗せ、彼らの商談の地として恒常的に使用されていた岩礁にローブでくくりつけ放置してきた。
部下に近くに潜ませて様子を伺わせたところ、深夜遅くに海外船と見られる船がやってきて、ボートに転がされたアドリオンを引き上げていった、とのことだった。
アドリオンの頬には黒ペンキでメッセージを残しておいた。
『フワローから手をひけ』
言語は、海外で一般的に使用されるものを選んだ。
王家が所有する禁書には、海外の文字が記された本も残されている。
フワローは海外との交流を一切断っている島国だが、フワローは海外各地に自国のスパイを紛れ込ませている。
とはいえ、耳と尻尾は隠しようがないのでかなり危険であることに違いないのだが、中には海外で子を作り戻ってくる者もいる。
人間と獣人の子は、半獣人となり獣の耳がある代わりに尻尾が無かったり、尻尾がないかわりに獣の耳があったり、とそれぞれだ。
その半獣人をさらにスパイとして他国に潜らせて、結果、フワローは各地の情報を入手するのに成功しているのだった。
薬漬けにしておいたので、アドリオンが余計な情報を口にすることはないだろう。
今までさんざん、同じ性別であるということを理由にβの獣人の油断を誘い、αやΩと結託してβを売り飛ばしてきたのだ。
彼もまた、身をもって知るべきだろう。その罪を。
***
ティナの花嫁準備は着実に整いつつあった。
ロベートは半年という期間を設けたものの、正直ぎりぎりのラインだ。
ティナには覚えることが多すぎて、無理を押して半年……で間に合うかどうか。
彼は必要最低限で構わないと話すが、彼女の無知のせいで彼に恥をかかすことだけは避けたい。
半年も過ぎれば付け焼き刃とはいえ、令嬢然とした振る舞いを身につけることが出来た。
見られる程度にはその立ち居振る舞いは認められ、ロレリーナからの合格も貰うことが出来た。
知識──貴族の名前、さらには社会的地位だとか、その背景だとか、交友関係まではさすがに全て入り切らなかった。
彼女の頭の中は常にパニック状態で、アーロン伯爵とウェロン未亡人がごちゃごちゃになる始末だ。
夜、本日習った分の復習となかなか覚えきれないポイントを紙にまとめていた彼女は、ロベートに声をかけられた。
「ティナ、まだ寝ない?」
ティナは手を止めて振り返った。
いつの間に部屋に戻ってきていたのか、ロベートは入浴も終えているようで寝巻き姿だった。
「ごめんなさい。あと少しだから」
「……俺は、きみに無理をさせるために結婚したいんじゃない。無理はしないで」
彼が、寄り添うようにティナの隣に立った。
彼女の手元の紙は、黒のインクで一面が埋まりそうなほど様々な単語が記されている。
その文字も、最初に比べればじゅうぶん上達した。
今の彼女なら、手ずから招待状を書いて送っても問題ないだろう。
「無理……は」
「無理、してるでしょう」
彼の指が彼女の頬に触れた。
彼女はここ数ヶ月、寝る間も惜しんで机に向かっていたので寝不足だ。
目の下はうすらと黒くなっていた。
「……無理はしてるかもしれない。でも」
ティナは顔を上げた。
彼女は今、頑張りたかった。
自身が彼の妻となるには、足りてないものがあまりにも多すぎる。
ティナはそれを自覚していたからこそ、頑張りたいと思っていた。自分がどんなに頑張ったところで、こんな短期間では付け焼き刃にしかならない。分かっていても、じっとしていることは出来なかった。
「私は、あなたの奥さんになりたいの。だから、頑張るの。私、昔から根性はあるのよ」
村にいた頃、崖から突き落とされても、川に落とされても、ごみを投げつけられても、髪を無惨に切られても、八つ当たりに殴られ、蹴られても。
ティナはまっすぐ前を向いてきた。
くじけることはしなかった。
それでも泣いてしまうことはあったけど、泣いたら顔を上げて、頑張ろうと気合を入れてきたのだ。
頑張ることは、ティナの数少ない特技のひとつでもある。
彼女はぐっと拳を握って彼を見る。
15
お気に入りに追加
228
あなたにおすすめの小説
男友達を家に入れたら催眠術とおもちゃで責められ調教されちゃう話
mian
恋愛
気づいたら両手両足を固定されている。
クリトリスにはローター、膣には20センチ弱はある薄ピンクの鉤型が入っている。
友達だと思ってたのに、催眠術をかけられ体が敏感になって容赦なく何度もイかされる。気づけば彼なしではイけない体に作り変えられる。SM調教物語。
クソつよ性欲隠して結婚したら草食系旦那が巨根で絶倫だった
山吹花月
恋愛
『穢れを知らぬ清廉な乙女』と『王子系聖人君子』
色欲とは無縁と思われている夫婦は互いに欲望を隠していた。
◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【完結】王子妃になりたくないと願ったら純潔を散らされました
ユユ
恋愛
毎夜天使が私を犯す。
それは王家から婚約の打診があったときから
始まった。
体の弱い父を領地で支えながら暮らす母。
2人は私の異変に気付くこともない。
こんなこと誰にも言えない。
彼の支配から逃れなくてはならないのに
侯爵家のキングは私を放さない。
* 作り話です
【R18】助けてもらった虎獣人にマーキングされちゃう話
象の居る
恋愛
異世界転移したとたん、魔獣に狙われたユキを助けてくれたムキムキ虎獣人のアラン。襲われた恐怖でアランに縋り、家においてもらったあともズルズル関係している。このまま一緒にいたいけどアランはどう思ってる? セフレなのか悩みつつも関係が壊れるのが怖くて聞けない。飽きられたときのために一人暮らしの住宅事情を調べてたらアランの様子がおかしくなって……。
ベッドの上ではちょっと意地悪なのに肝心なとこはヘタレな虎獣人と、普段はハッキリ言うのに怖がりな人間がお互いの気持ちを確かめ合って結ばれる話です。
ムーンライトノベルズさんにも掲載しています。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
【R18】騎士たちの監視対象になりました
ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。
*R18は告知無しです。
*複数プレイ有り。
*逆ハー
*倫理感緩めです。
*作者の都合の良いように作っています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる