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花嫁になる前に 2

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 先日、ティナの家庭教師を依頼してきた時もそうだ。彼はひとりで、突然ロレリーナの自宅を訪れた。
 久しぶりに見る王子はやはりまぶしくて、そして、彼女が社交界で見た時と全く変わらない、一切の表情を消し去った冷たい顔をしていた。
 
 (そう、そうよね。これがロベート・ロラン王子殿下だわ)
 
 彼の顔はあまりにも美しい。
 そんな美貌の青年が表情を失うと、とたん、重苦しい沈黙が鉛のように感じてしまう。
 威圧感があるのだ。
 たじろぐ彼女を、彼は瞳を細めてどこか探るような視線を向けてきたが──やがて口を開いた。
 
 『あなたは子爵家のロレリーナ・ロドリアン嬢ですね』
 
 『……私になにか』
 
 『ティナのことで話があります。明後日の昼、この店まで来ていただけますか?……ああ、ご不安なら、奥の彼も一緒で構いません』
 
 ロレリーナが振り返ると、異常を感じ取ったのか彼女の恋人が心配そうにこちらを見ていた。
 セルバロスはロベートを見たことがないはずだが、その立ち居振る舞いと、なにより彼の圧倒的な上級貴族──王族の雰囲気を感じ取ったのだろう。
 ロレリーナとセルバロスは駆け落ちをしている。
 子爵家から追っ手は向けられていないが、逃げている立場だ。
 警戒するセルバロスに、ロレリーナは苦笑した。
 
 『ありがとうございます。お言葉に甘えます』
 
 そして、迎えた二日後の昼。
 ロレリーナは、セルバロスを伴って彼に提示された店へと向かった。その店は、個室が常備された高級レストランで、王侯貴族がお忍びでよく使う店だった。
 彼らを目にすると、ロベートは薄く笑みを浮かべた。
 
 『彼も連れてきてくれて助かりました。元子爵家の娘と密会デート、なんて記事を書かれては困りますから』 
 
 そこで、ロレリーナは彼がわざと彼女の家まで足を運んだのだと知った。見知らぬ人間が尋ねたら、彼女を大切にするセルバロスが心配して様子を見に来るに決まっている。
 ロベートは彼が顔を出すことを見越して、彼も来るように言ったのだと知った。
 セルバロスの性格上、この国の王族とロレリーナをふたりきりにするはずがない。
 
 それを、ロベートは知っていたのだ。
 
 やはり、この男は食えない。
 ロレリーナが苦手とするタイプの男だ。
 食前酒、スープ、前菜、メインディッシュが運ばれてくる。
 そこまできて、ようやく彼は口を開いた。
 王子様らしく、カトラリーの扱い方、食事の作法は完璧で美しい。
 
 『私の話についてなのですが……単刀直入にお伝えします。あなたにティナの教育係をお願いしたい』
 
 『教育係?……ティナの?』
 
 『ティナは私の妻になります。私の妻になる以上、必要最低限の教養が必要になります。私は社交マナーを教えることの出来る貴族女性を探していました。あなたは適任だ』
 
 『……そう。お言葉ですが、断ったらどうします?』
 
 ロレリーナが挑戦的に彼を見た。
 彼女の力強い瞳に見られ、ロベートは少し悩むような素振りを見せたが──
 
 『……ロドリアン子爵は、出奔したご令嬢にまだ心を残されているようですね』
 
 その言葉にロレリーナ以上にセルバロスがあからさまに警戒して彼を見た。
 ロレリーナはそんな彼を手で制し、ロベートを見つめて静かに尋ねる。
 
 『脅しているのですか』
 
 『まさか。あなたはティナの友人と聞いています。私も、彼女の大切なひとに進んで手を出したいとは思いません』
 
 それはつまり、必要があれば彼は慈悲もなく動くということだ。
 ロレリーナはため息をついた。
 ティナから聞く彼と、今彼女の目の前にいる彼はほんとうに同一人物なのだろうか。
 彼女にはわからなかった。
 
 『……ひとつ、訂正があります』
 
 『……』
 
 ロベートは沈黙を守ったまま、彼女の言葉を待った。
 
 『ロレリーナ・ロドリアンという娘は死にました。死んだ娘を、生き返らせることは殿下といえどできないでしょう。……私は、ティナの友人です。最初から、めんどうな言葉遊びなどしなくても彼女のためなら手伝ってさしあげるわ』
 
 丁寧な言葉遣いを捨てて、まるで親しい友人同士のように話す彼女に、ロベートは面食らったようだった。
 ロレリーナは、白ワインの注がれたグラスを手に取るとぐっと煽った。
 ワインを口にするのは久しぶりだ。
 口に含んだ途端、焼けるような熱を感じた。
 
 『ティナの恋人なら、私の身内も同然です。堅苦しい態度はここまでとさせていただいて良いかしら?』
 
 その時のロベートの顔は見ものだった。
 驚きに目を見開く彼を見て、ロレリーナは初めて、この王子の表情を崩すことが出来て、してやったりと思ったのだ。
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