上 下
49 / 61

花嫁になる前に

しおりを挟む

 社交については、ロレリーナが邸宅まで足を運び、教えてくれた。
 ティナは家庭教師がロレリーナであることに喜んだ。
 
「淑女の礼は……そう。いや、違うわ!俯かない。顎は引く!」
 
 ロレリーナのレッスンはスパルタだった。
 ロベートのぬるま湯のような優しい授業ばかりだったティナはそうそうに彼女の叱責を買い、あちこち指摘される。
 淑女の礼ひとつ取っても、ぎこちなさは拭いようがなく、まるで古い人形みたいな動きになる。
 度々ロレリーナに「そこで止まる!」と指示を受け、苦しい体勢のままポーズを取る彼女の手足を、ロレリーナがひとつずつ直していく。
 朝から始めて、昼前にしてようやく、ティナはロレリーナに注意されることなく淑女の礼の形をとることができるようになった。
 
「うん、その形よ。誰が見たって文句のつけようがないわ。ティナ、いいこと?ちゃんとこの形を覚えるのよ。特にあなたは腰を突き出しすぎる、腰が低い、形を取ることに意識が取られて、表情が固くなる!この三点さえ注意して練習を繰り返せば、すぐに様になるわ」
 
「ありがとう……」
 
 その時には、ティナは普段使わない筋肉を駆使しためか、肩で息をする始末だった。
 
 (も、もっと優雅なのかと思ったけど……すごいたいへん)
 
 貴族令嬢はこれを完璧な形になるまで練習し、日常的に行っているのだ。
 太ももの筋肉が震えて、小鹿のような立ち方をする彼女を見て、ロレリーナが困ったものを見るような、苦笑をこぼした。
 
「次は座学にしましょうか。ティナ、あなたには覚えることがたっ……くさんあるわよ!」
 
 彼女の言うとおり、ティナが学ぶべきことは多数あった。まずは、結婚式に招待されるであろう有力貴族のリスト。
 フルネームから、彼ら各個人の政治的背景はもちろんのこと。出来れば交友関係も把握させたいとロレリーナは思っていた。
 彼女は、ティナの教育係を引き受けるにあたり、ロベートから最低限の教養で構わないと聞いていたが、彼女はできる限り彼女に知識をつけさせたいと思っていた。
 間違ってもティナが初の社交界で、知識不足によってばかにされることがないよう、ロレリーナはその対策を細かく考えていたのだった。
 
「あら……?」
 
 結構に招待されるであろう有力貴族のリストを確認していると、ふと、見慣れない文字が目に入った。
 
 ディズアード公爵家の次女、エレネディア・ディズアード。
 社交界でも第二王子に執心していると有名な令嬢だ。彼女のことだからきっと、間違いなく結婚式に参加するだろうし、ティナにとっての鬼門になるだろうと彼女は踏んでいたのだが──
 
 (エレネディア・ローラリー?)
 
 彼女の姓が変わっていた。
 養子に出された、という話は耳にしていない。
 であれば………
 
 (結婚?あのわがまま姫が?)
 
 ロベートは、彼女が彼の身分しか求めていない女だと切り捨てていたようだが、社交界で少し見ただけのロレリーナにすらわかる。
 彼女はきっと、真剣に恋をしていた。
 ロベートの見目麗しさに心を奪われたのか、それとも別の理由があるのかは分からないが、彼女の彼を見る目は恋をする女の目、そのものだ。
 肩書きだけであそこまで熱っぽい目をする女はいない。
 もっとも、彼女だけでなく多くの令嬢をはじめとした夫人が、そのような目をしていたのだが。
 
 (言いよる女性をのきなみばっさり切り捨てるって言うからてっきり、女嫌いかと思ってたけど……)
 
 ロレリーナは、未だに彼がロベートだと信じられない。彼女の知っている第二王子と、差がありすぎるのだ。
 ティナの前で、砂糖がどろどろに溶けた甘ったるい表情と、見ている方があてられてしまいそうなほどの優しい声は、あの氷の王子のものだと思えないのだ。
 
 (二重人格?……なんてね)
 
 ロベートは意図的にティナの前で本性……かはわからないが、性格を使い分けているのだろう。器用なことだと思う。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

男友達を家に入れたら催眠術とおもちゃで責められ調教されちゃう話

mian
恋愛
気づいたら両手両足を固定されている。 クリトリスにはローター、膣には20センチ弱はある薄ピンクの鉤型が入っている。 友達だと思ってたのに、催眠術をかけられ体が敏感になって容赦なく何度もイかされる。気づけば彼なしではイけない体に作り変えられる。SM調教物語。

クソつよ性欲隠して結婚したら草食系旦那が巨根で絶倫だった

山吹花月
恋愛
『穢れを知らぬ清廉な乙女』と『王子系聖人君子』 色欲とは無縁と思われている夫婦は互いに欲望を隠していた。 ◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

【R18】助けてもらった虎獣人にマーキングされちゃう話

象の居る
恋愛
異世界転移したとたん、魔獣に狙われたユキを助けてくれたムキムキ虎獣人のアラン。襲われた恐怖でアランに縋り、家においてもらったあともズルズル関係している。このまま一緒にいたいけどアランはどう思ってる? セフレなのか悩みつつも関係が壊れるのが怖くて聞けない。飽きられたときのために一人暮らしの住宅事情を調べてたらアランの様子がおかしくなって……。 ベッドの上ではちょっと意地悪なのに肝心なとこはヘタレな虎獣人と、普段はハッキリ言うのに怖がりな人間がお互いの気持ちを確かめ合って結ばれる話です。 ムーンライトノベルズさんにも掲載しています。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

【完結】王子妃になりたくないと願ったら純潔を散らされました

ユユ
恋愛
毎夜天使が私を犯す。 それは王家から婚約の打診があったときから 始まった。 体の弱い父を領地で支えながら暮らす母。 2人は私の異変に気付くこともない。 こんなこと誰にも言えない。 彼の支配から逃れなくてはならないのに 侯爵家のキングは私を放さない。 * 作り話です

【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!

臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。 そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。 ※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています ※表紙はニジジャーニーで生成しました

処理中です...