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花嫁の望みはなんでも叶えたい 2
しおりを挟むロベートは、幼い時から自身がかなり利己的な考えをする人間だと知っている。
だからこそ、彼は政に関わることを避けたし、良心的で常識的。柔軟な思考ができる兄こそが王になるべきだと思ったのだ。
ロベートはティナをひどく傷つけたふたりの獣人のことをしばらく考えていたが、やがて思考を切りかえた。
もう終わった話だ。
二度とティナには会わせないし、彼女にも会いたいと思わせない。
そのために彼は、わざわざあの男をティナに会いに行くよう誘導し、彼女自ら元恋人の評価を下げさせ、想いが二度と再び芽生えないように手を打ったのだから。
ティナが過去、男と付き合っていた、という過去は忌々しい出来事だし、出来ることなら過去に遡り、その事実そのものを消しさりたいと思う。
だけどそれが叶わないなら、彼女に二度と、あの男に関して幸せな記憶を辿ることができないようにふたりの関係に完璧な終止符を打つべきだと彼は考えていた。
間違えても、あの男を思い出した時に幸せな思い出などに浸らせてはならない。
そのために彼は仕組んだのだ。
男は、優秀な遺伝子を持つαとして生まれたくせに、あまりにも行動が見えやすい、愚かな人間だった。
もっとも、ロベートはαだから優秀、などという世迷言をまるきり信じているわけではないが。
これから、ティナは彼の妻として王子妃教育を進める必要があるだろう。
必要な知識をつけるにあたり、最低でも半年……数ヶ月程度はかかるだろうか。
教養全般は彼が教えるとして、社交マナーはどうしようか、彼は考えた。
彼が教えることも、不可能ではないが、やはり男である彼が淑女の礼儀を教えるのは難しいところがある。
家庭教師を手配するべきか──。
彼が思考を巡らせた時、ふと適任者がいたことを思い出した。
彼女の友人で、元子爵家の娘が近くにいる。
彼女なら、社交マナーも完璧だ。
彼はティナに、社交界に必要以上に参加させるつもりはなかった。
彼らは──貴族というものは、彼を『狐の獣人だ』と内心見下しているくせに、第二王子という有利な手札は手元に持っておきたいと思っている。
そんな見え透いた欲を持つ人間が有象無象にいる場になど、彼の兎を放てるはずがない。
野生を知らない兎は、瞬く間に獣の牙にかけられ、絶命してしまうだろう。
彼は大切な恋人を、籠から手放すつもりはなかった。
結婚式でお披露目するだけでじゅうぶんだ。
礼儀作法も、必要最低限でいい。
そういう意味もあって、彼女の社交マナーの家庭教師は、彼女の友人が適任だ。
必要な部分だけ抑えて教えて欲しいと頼めば、元子爵家の娘は意図を理解するだろう。
先日彼の家に押しかけてきた公爵家の娘については、その日のうちに公爵に抗議の親書を送り付けた。
野心の強い公爵令嬢はあきらめ悪く、彼をふたたび狙うかもしれないが、不穏な動きがあれば彼女に想いを寄せる男に焚き付けて既成事実でも作らせてしまえばいい。
そうなる前に、彼は結婚式さえあげたらさっさとこの煩わしい王都ユールンから離れるつもりだが。
辺境の地は、未だにβへの差別が根強いから除外する。貴族の避暑地として有名な場所にでも向かい、彼女と引きこもって暮らそうか。
それはとてもいい案のように思えて、彼は薄く笑みを浮かべた。
結局彼は、周りの環境がどうであろうと、何を差し置いても彼の愛する兎が傷つけられずに共に暮らせれば、それで良かったのである。
***
ティナは、起きてすぐロベートに彼の家に移り住むよう伝えられた。
もう結婚することを約束した仲なのだから、王子の婚約者が護衛もいない家にひとりで住むのは良くない、という理由からだった。
それに彼女も頷き、必要最低限の荷物を運び出すと、彼の家に住処を移した。
王子妃教育が始まる以上、今までのように雑貨屋で働くことは叶わない。
彼女がオーナーに時間を見つけて退職の意志を伝えると、彼女を十三歳の頃から知っているオーナーはとても惜しんでくれた。
人員が見つかり次第ティナは退職することが決まり、それまで彼女は王子妃教育を受けながら雑貨屋で働くこととなった。
知識や教養は、ロベートが彼手ずから教えてくれるが、まともな教育を受けることすら初めてのティナには全てが新鮮で、慣れない。
文字の読み書きは、雑貨屋で働いていたので可能だが、字にも美しさというものがあるらしい。
その日、ティナのために誂られた私室の隣、書斎室で彼女とロベートは、椅子を隣同士並べながら字の練習を行っていた。
「この線は、もう少し膨らみを持って、最後は跳ねさせると良くなるかな。俺はこのままのきみの文字でも、とても可愛いと思うけど」
ロベートの授業はとても甘い。
彼は決してティナを叱ることはなかったし、彼女の知識がとんでもなく足りずに、話が噛み合わない時ですら彼は呆れたりすることなく、「じゃあ、もう少しだけ簡略化しちゃおうか」と複雑な文章は全て大雑把にまとめ、彼女の理解を優先させてくれる。
ロベートの優しさに触れる度に、ティナは泣きたくなるような、胸が温かくなるような、苦しくなるような。
そんな不思議な気持ちになった。
まともな教師だったら、あまりのティナの教養の無さに、呆れて閉口していたことだろう。
ティナの知識は、幼い貴族令嬢以下だ。
村娘とならそれでも構わないし、むしろ教養に長けたものがいる方が不自然だ。
だけど、王子の妻になるにはあまりにもティナは全てが欠けて、劣っていた。
ロベートは決して彼女を責めないし、何度間違えても根気強く、あの手この手で説明の表現を変えて彼女に教えてくれる。
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