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αとβの導く先 3
しおりを挟む夜空の下、彼から贈られた言葉がプロボーズだったと気がついたのはティナが入浴を済ませ、ベッドに入り込んでからだった。
本来ならすごく喜ぶべきことなのに、彼女は素直に嬉しいと思うことは出来なかった。
それはやはり、先程受けた言葉が尾を引いているのだろう。
『いいじゃない!!βは、ひとりでも生きてけるんだから!どうしようもないヒートもなくて、首を噛まれても囚われることもない!自由な性のくせして、どうしてαを独り占めするの!』
彼女の必死な言葉を思い出す。
Ωの辛さを、彼女は知ることが出来ない。
なぜなら彼女はβだから。
βにはヒートも、首を噛まれてもαに囚われることはない。
自由な身の上だ。
フェロモンを感知することも出来ず、第二性別に振り回されることは無い。
(……もし、私がΩだったら)
何の憂いなく、後ろめたさも。
罪悪感も感じることなく、彼の手を取れただろうか。ティナはそればかり、考えてしまった。
次の日、休日だった彼女は起きてすぐ朝食を取ると、昼過ぎまでぼーっとして過ごした。
家の掃除や、洗濯など休暇中にやっておきたいことは色々とあったが、何も手につかない。
考えるのは昨日のことばかり。
考え込んでいた彼女は、やがて埒が明かないと腰を上げた。
向かう先は──友人の家だ。
突然訪れたティナを、猫獣人のα、ロレリーナはとても驚いたようだったが、断ることなく彼女を家に招き入れてくれた。
リビングには、彼女の恋人であるセルバロスがいて、彼女に軽く頭を下げてくれる。
彼は黒髪にがっしりとした体躯の犬獣人だ。ロレリーナの恋人だが、ティナとは片手の数程度しか顔を合わせたことがない。
「紅茶でいいかしら?」
「ありがとう。急にごめんなさい」
恋人の団欒を邪魔してしまったティナが申し訳なくなって言うと、ロレリーナは楽しげに笑った。
「気にしないで。あなたが訪ねてくるなんてめったにないもの。ちょうどいい時にきたわ。今朝焼いたスコーンがあるの。あなたも食べていって」
ロレリーナは、彼女をダイニングルームへと招いた。彼女の家は、二人暮しなのもあり広々としている。
ダイニングルームに、紅茶とスコーンを運ぶと、彼女はティナの対面に座り、にやにやとした顔をした。
「それで?そんな思い詰めた顔しちゃって。どうかしたの?」
「なんか、楽しそうじゃない?」
「そりゃあね。例の恋人と付き合っていた頃でさえ、あなたがそんなに深刻に悩むところは見たことないわ。それだけ、彼とは真剣ということでしょ?」
そうなのだろうか。ティナには分からない。
彼女は彼女なりに、元恋人とは真摯に交際していたつもりだが、ほんとうはそんなに愛していなかったのだろうか。
そうなると、彼より先に不誠実を働いたのはティナの方ということになる。
その考えに思い当たった彼女が自己嫌悪で落ち込むと、同時に彼女の兎耳もへにゃりと垂れた。
それを見て、ロレリーナは困ったような、呆れたような顔になる。
「ちょっとちょっと。どうしちゃったの?珍しくネガティブね」
「ごめんなさい。……ちょっと、色々あって私も混乱しているの」
ティナ自身、今の自分は悲観的に物事を考えすぎだと分かっていた。それでも、その思考から脱却することが出来ず、彼女は第三者の意見を求めて、ロレリーナを訪ねたのだった。
「実はね……」
ティナは昨夜起きたことを話した。
その上で、彼女自身の考えを口にする。
「βはひとりでも生きていけるでしょって言われて、私、その通りだと思った。私は、ロベートがいなくても生きていける」
「そうね」
ロレリーナはただ頷くだけで、彼女の意見を述べることはしなかった。
ティナの言葉を静かに聞いている。
「でも……でもね」
ぽた、と彼女の手の甲に暖かな雫が零れた。
ティナは静かに泣いていた。
「βにとって、αは必要ないのかもしれないけど……私は、彼が必要よ。きっと……彼がいなくても私は生きていけるわ。でも、心は死んでしまう。……私は、わたしはね。ロベートが欲しいの。だから……何を言われても、彼を手離したくない。そう、思ってしまったの」
「……うん」
「きっと、周りのひとはみんな私を強欲だと言うわ。βのくせに、って。でも、私はそれでも彼を失いたくない。………好きなの。好きだから、一緒にいたい……」
涙ぐみ、ついにはすすり泣いてしまうティナに、ロレリーナはとても困った子を見る顔をした。彼女にとってティナは、まるで恋を知ったばかりの少女に見える。
ため息を吐きながら、彼女はカップの持ち手に指をかけた。
「そうね。それでいいんじゃない?」
「ロレリーナ……」
「恋ってそういうものでしょ。運命の番は、本能で決まるものなのかもしれないけど、私やあなたは、感情で恋をしているんだもの。そういう葛藤もあって当然よ。それで……考えた上で、一緒にいたい、と思う感情も自然。私とセルバロスは、感情を頼りに選んだ恋に生きて、駆け落ちをしたのよ」
彼女の言葉は真っ直ぐだった。
ティナは、涙に濡れた瞳のまま彼女を見て、そしてくちびるを噛んだ。
きっと、ティナはもう答えを決めていた。
それでも、その答えを口にするには後ろめたさがあって、怖くなってロレリーナに会いに来たのだ。
αとβでありながら、ロレリーナとセルバロスは愛を選んだ。
運命の番という、獣人としての本能より、ひととしての恋を選び取ったのだ。
ロレリーナは紅茶を一口飲むと、彼女にハンカチを差し出した。
「ありがとう」
ティナはハンカチを目に押し当てる。
気持ちは、定まった。
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