上 下
39 / 61

αとβの導く先 3

しおりを挟む

 
 夜空の下、彼から贈られた言葉がプロボーズだったと気がついたのはティナが入浴を済ませ、ベッドに入り込んでからだった。
 本来ならすごく喜ぶべきことなのに、彼女は素直に嬉しいと思うことは出来なかった。
 それはやはり、先程受けた言葉が尾を引いているのだろう。
 
 『いいじゃない!!βは、ひとりでも生きてけるんだから!どうしようもないヒートもなくて、首を噛まれても囚われることもない!自由な性のくせして、どうしてαを独り占めするの!』
 
 彼女の必死な言葉を思い出す。
 Ωの辛さを、彼女は知ることが出来ない。
 なぜなら彼女はβだから。
 βにはヒートも、首を噛まれてもαに囚われることはない。
 自由な身の上だ。
 フェロモンを感知することも出来ず、第二性別に振り回されることは無い。
 
 (……もし、私がΩだったら)
 
 何の憂いなく、後ろめたさも。
 罪悪感も感じることなく、彼の手を取れただろうか。ティナはそればかり、考えてしまった。
 
 次の日、休日だった彼女は起きてすぐ朝食を取ると、昼過ぎまでぼーっとして過ごした。
 家の掃除や、洗濯など休暇中にやっておきたいことは色々とあったが、何も手につかない。
 考えるのは昨日のことばかり。
 考え込んでいた彼女は、やがて埒が明かないと腰を上げた。
 
 向かう先は──友人の家だ。
 
 
 
 突然訪れたティナを、猫獣人のα、ロレリーナはとても驚いたようだったが、断ることなく彼女を家に招き入れてくれた。
 リビングには、彼女の恋人であるセルバロスがいて、彼女に軽く頭を下げてくれる。
 彼は黒髪にがっしりとした体躯の犬獣人だ。ロレリーナの恋人だが、ティナとは片手の数程度しか顔を合わせたことがない。
 
「紅茶でいいかしら?」
 
「ありがとう。急にごめんなさい」
 
 恋人の団欒を邪魔してしまったティナが申し訳なくなって言うと、ロレリーナは楽しげに笑った。
 
「気にしないで。あなたが訪ねてくるなんてめったにないもの。ちょうどいい時にきたわ。今朝焼いたスコーンがあるの。あなたも食べていって」
 
 ロレリーナは、彼女をダイニングルームへと招いた。彼女の家は、二人暮しなのもあり広々としている。
 ダイニングルームに、紅茶とスコーンを運ぶと、彼女はティナの対面に座り、にやにやとした顔をした。
 
「それで?そんな思い詰めた顔しちゃって。どうかしたの?」
 
「なんか、楽しそうじゃない?」
 
「そりゃあね。例の恋人と付き合っていた頃でさえ、あなたがそんなに深刻に悩むところは見たことないわ。それだけ、彼とは真剣ということでしょ?」
 
 そうなのだろうか。ティナには分からない。
 彼女は彼女なりに、元恋人とは真摯に交際していたつもりだが、ほんとうはそんなに愛していなかったのだろうか。
 そうなると、彼より先に不誠実を働いたのはティナの方ということになる。
 その考えに思い当たった彼女が自己嫌悪で落ち込むと、同時に彼女の兎耳もへにゃりと垂れた。
 それを見て、ロレリーナは困ったような、呆れたような顔になる。
 
「ちょっとちょっと。どうしちゃったの?珍しくネガティブね」
 
「ごめんなさい。……ちょっと、色々あって私も混乱しているの」
 
 ティナ自身、今の自分は悲観的に物事を考えすぎだと分かっていた。それでも、その思考から脱却することが出来ず、彼女は第三者の意見を求めて、ロレリーナを訪ねたのだった。
 
「実はね……」
 
 ティナは昨夜起きたことを話した。
 その上で、彼女自身の考えを口にする。
 
「βはひとりでも生きていけるでしょって言われて、私、その通りだと思った。私は、ロベートがいなくても生きていける」
 
「そうね」
 
 ロレリーナはただ頷くだけで、彼女の意見を述べることはしなかった。
 ティナの言葉を静かに聞いている。
 
「でも……でもね」
 
 ぽた、と彼女の手の甲に暖かな雫が零れた。
 ティナは静かに泣いていた。
 
「βにとって、αは必要ないのかもしれないけど……私は、彼が必要よ。きっと……彼がいなくても私は生きていけるわ。でも、心は死んでしまう。……私は、わたしはね。ロベートが欲しいの。だから……何を言われても、彼を手離したくない。そう、思ってしまったの」
 
「……うん」
 
「きっと、周りのひとはみんな私を強欲だと言うわ。βのくせに、って。でも、私はそれでも彼を失いたくない。………好きなの。好きだから、一緒にいたい……」
 
 涙ぐみ、ついにはすすり泣いてしまうティナに、ロレリーナはとても困った子を見る顔をした。彼女にとってティナは、まるで恋を知ったばかりの少女に見える。
 ため息を吐きながら、彼女はカップの持ち手に指をかけた。
 
「そうね。それでいいんじゃない?」
 
「ロレリーナ……」
 
「恋ってそういうものでしょ。運命の番は、本能で決まるものなのかもしれないけど、私やあなたは、感情で恋をしているんだもの。そういう葛藤もあって当然よ。それで……考えた上で、一緒にいたい、と思う感情も自然。私とセルバロスは、感情を頼りに選んだ恋に生きて、駆け落ちをしたのよ」
 
 彼女の言葉は真っ直ぐだった。
 ティナは、涙に濡れた瞳のまま彼女を見て、そしてくちびるを噛んだ。
 きっと、ティナはもう答えを決めていた。
 それでも、その答えを口にするには後ろめたさがあって、怖くなってロレリーナに会いに来たのだ。
 αとβでありながら、ロレリーナとセルバロスは愛を選んだ。
 運命の番という、獣人としての本能より、ひととしての恋を選び取ったのだ。
 ロレリーナは紅茶を一口飲むと、彼女にハンカチを差し出した。
 
「ありがとう」
 
 ティナはハンカチを目に押し当てる。
 気持ちは、定まった。
 
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた

狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた 当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

処理中です...